会議①

 城に戻るなりカオスは会議室に足を運んでいた。

 人間が魔大陸に侵攻した後に行われる恒例行事らしいが、昔から会議の場が苦手なこともあり足取りは重い。

 会議と言うものは大抵予定通りには進まず長引くことが多い。同じ議論を数回繰り返し出した結論が、結局は最初と同じということもしばしばだ。

 優柔不断な日本人特有の思考なのだろうが、「これは皆で決めましたね」と何度も確認をしたいのだろう。

 皆で話し合い皆で決めた。失敗したときの布石、責任の分散、そんなやり取りをカオスは見飽きていた。

 古めかしい木の扉が開け放たれているのを見て、カオスの足取りは更に重くなる。


(帰宅して直ぐに会議とは面倒なことだ……)


 ハデスとジークハルトが一礼をして招き入れた部屋の中央には、見るからに厚みのある木製の円卓が鎮座していた。

 部屋に足を踏み入れると、円卓を囲む六人の男女が恭しく頭を下げるのが視界に入る。カオスはそこで思わず足を止めた。


(まじか、骨が動いているだと……)


 初めて見る魔族――骸骨が頭を下げているのを見てカオスの目は釘付けになった。

 体は黒いローブで覆われているため見えないが、首から上は肉のない白い骨が剥き出しになっている。

 顔を上げた目の部分には赤い光が宿り、じっとこちらを見つめていた。


「カオス様どうされました?」


 足を止めたカオスにハデスが呼びかけた。


「――いや、見慣れない魔族がいるのでな」


 女は見知った顔だが男と骸骨は初めて見る顔だ。

 ハデスはニコリと笑いカオスを先導する。

 

「後ほどご紹介いたします。先ずは席にお着きください」


 カオスは円卓の上座――扉から一番遠い場所に案内されると、椅子に敷かれた嵩増かさましのクッションにちょこんと座った。

 立っていた六人もカオスが着席すると同時に椅子へ腰を落とす。

 右側に視線を移すと、順にヒルデモート、アニエス、カサンドラの笑みが見えるが、左側の男二人と最後の骸骨は初めて見る顔だ。

 横を振り向けば隣にはハデスが佇み、後方にはアグニスとジークハルトが控えていた。


「カオス様が初めてお目にする方々もいらっしゃいます。先ずは簡単に私がご紹介いたしましょう」


 ハデスは左に視線を向けると手前の男を手の平で差した。

 銀色の髪に尖った耳、微かに開いた口から見える牙は吸血鬼ヴァンパイアの証だ。

 短い髪をオールバックに纏めた男はジークハルトによく似ている。顔立ちがそっくりで兄弟と言われても違和感がない。

 黒いマントの間からは、貴族が身に着けるフリルの付いたシャツを覗かせ、襟からはマントの内側の赤い生地が見える。


「こちらは吸血鬼ヴァンパイアの王、ノーザラント・ヴァン・シュタインヘルム様です」


 紹介を受けたノーザラントは洗練された動きで再度頭を下げた。


「お久し振りでございますカオス様」

「久し振り? 初めて会うと思うが……」

「私がお会いしたのはカオス様がお生まれなられて直ぐのことです。お目覚めにならる前のこと、覚えていないのも無理はございません」


 カオスは生まれた当初のことを思い出す。

 確かに昔は寝てばかりだ。生まれてから一週間も目覚めなかったと聞かされたときには驚いたものだ。


「それなら私が覚えていないのも当然だ。それにしても魔族で家名があるのは珍しいな。もしかして全ての吸血鬼ヴァンパイアが家名を持っているのか?」

「仰る通りでございます。我が種族は数も少なく血の繋がりを何よりも大切にしております。誰がどの家系か直ぐに分かるように、家名を持つことをサタン様に許されました」


 同じく数が少ない悪魔デーモンとは大違いだ。

 片や血の繋がりに重きを置き、片や個の主張を優先する放任主義。こうも違うものかとカオスは呆れて眉尻を下げた。 


「ではジークにも家名があるのか?」

「ジークは私の息子。ジークハルト・ヴァン・シュタインヘルムが正式な名称でございます」

「息子か、どうりで顔が似ているはずだ」


 ノーザラントが挨拶を終えるとカオスは隣の男に視線を移した。

 燃えるような赤い髪に逞しい体、外見が少し老けて見えるのは、それだけ他の魔族よりも長く生きていることを意味していた。

 スーツのような黒い衣服の上からは、襟にファーの付いたマントを羽織り、ぶすっとした不遜な態度で腕組みをしている。

 目線まで伸びた髪の間からは鋭い眼光が見え隠れしていた。

 紹介されなくても一目瞭然だ。


(これがハデスの息子、アグニスの父親、そして俺を殺そうとする男か……)


 カオスは困ったように小さなため息を漏らす。


「では続きまして、こちらは悪魔デーモンの王、ベルセウス様でございます」


 一斉に冷ややかな視線がベルセウスに注がれた。

 カオスとハデス、表情の分からない骸骨を除けば、他の全員が鋭い視線を叩きつけている。

 しかしベルセウスはそんな視線もどこ吹く風だ。結局は会釈をしただけで一言も発することはなかった。

 ハデスは仕方ないかと最後尾の骸骨に視線を移す。


「では最後に、屍人使いネクロマンサーの王、メフィスト様でございます」


 紹介されたされた骸骨は軽く頭を下げた。


「カオス様にお目にかかれて恐悦至極に存じます。このメフィスト言葉もございません」


 赤いつぶらな点が揺れ動いた。

 感動しているのかも知れないがカオスの興味は他にある。


(あれはどういう原理で動いているんだ? 何故か話も出来るし目も見えているようだ。分からん……)


「まぁ何にせよ、これからはよろしく頼む」


 全ての紹介が終わるとハデスは円卓を見渡し、早速議題を提示した。


「ではこれより議題に入らせていただきます。皆様も知っての通り、人間が魔大陸に侵攻いたしました。カサンドラ様が始末いたしましたが、恒例に従い人間を亡ぼすか否かを決めたいと思います」


 寝耳に水とはまさにこのことだ。

 カオスは口をぽかんと開けて隣のハデスを見上げた。


(まじか爺! いきなり議題がヘビーなんだが!)


 当然カオスの心の声が届くことはなく話はとんとん拍子に進められる。


「では人間を亡ぼすことに賛成の方は挙手を」


 円卓についた六人の王が一斉に手を挙げた。

 カオスとシュナイダーのやり取りを聞いていたカサンドラでさえも、さも当たり前のように手を挙げている。

 多勢に無勢、目の前の光景にカオスは泣きたくなる。


(何故だ……。どうしてカサンドラも手を上げるんだ。俺とシュナイダーの話を聞いていたはずだぞ。俺に恨みでもあるのか?)


 ハデスは一通り円卓を見渡し、納得をしたように頷くと判決を告げた。


「カオス様の判断は人間の存続を是とするものです。これによりカオス様の許可なく人間を攻め滅ぼすことは固く禁止いたします」


 カオスは「え?」とハデスを見上げる。それに気付いたハデスが自分の発言に不備があったのではと首を傾げた。


「どうされましたカオス様? もしや手を挙げるのが遅れたのでしょうか、やはり人間は滅ぼした方がよいと」

「いや、絶対に滅ぼしたりしないが――これは私の意見が採用されるのか?」

「当然でございます」

「――だが、それでは挙手を取る意味がないのではないか?」

「そんなことはございません。カオス様は今のやり取りで他の方々の意見を知ったはずです。同時に会議とはカオス様のお考えを伝える場でもあります」

「そうか、会議とはこんな感じなのか――」


 議論さえも許されない。

 完全な独裁政権だ。


「では会議はこれで終了とさせていただきます」


 ハデスが頭を下げるのを見て、カオスは思わず「終わるのはやっ!」と口ずさんでいた。




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