魔装
(ようは魔力をそのまま放出して操ればいいだけの話だよな? そんなに難しいことなのか? 魔力の流れは分かるし魔法を使う時も魔力はちゃんと制御できている。むしろ魔力を制御するだけなら魔法を使うより簡単だと思うんだけどな。少し試してみるか……)
カオスの体から魔力が漏れ始めると、カサンドラは目をぱちくりさせた。
「カオス様、まさか――」
次の瞬間には言葉を遮るように膨大な魔力がカオスの体から溢れ出す。
カサンドラ、ジークハルト、アグニスが目を見開き唖然とする中で、カオスは至って冷静に魔力の流れを感じ取っていた。
(なるほど、魔力を出すのは簡単だな。後はこの魔力をどう制御するかだ。このままだと魔力の範囲が広すぎる……)
カオスから溢れる魔力は直径百メートルにも達している。
既に魔力の放出は止めて体に纏っているが、魔力の範囲が広すぎて分厚い壁になっていた。
(カサンドラは魔力を体の表面に纏わせていた。つまり広がった魔力を今度は集めなくてはならない。それに伴い魔力の濃度が増していたことを考えると――魔力の圧縮だな)
幸い収束魔法で圧縮は慣れている。
カオスの魔力が収束するのを見て三人は言葉もなかった。
才能ある魔族であってもここまで習得するには数年の鍛錬が必要だ。にも関わらず見ただけで再現できるのだから才能の一言では片付けられない。まさしく血の成せる業だ。
カオスはどす黒い魔力が体を覆うのを見て満足げに頷いた。
「うむ、案外簡単に出来るものだな。普段よりも体が軽い、覆っている魔力が身体能力の補佐をしているのか。それにしてもこれ――ずるいな!」
カオスはカサンドラを見て不満げに頬を膨らませた。
「こんなに強くなれるなら初めから教えて欲しかったぞ。何で教えないのだ。もしかしてアグニスとジークも使えるのか?」
振り向いてアグニスとジークに尋ねると、二人は互いの顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
「確かに使用できますが――」
「落ち着いてくださいカオス様――」
カオスがむっとしているとカサンドラが優しく抱きしめた。
「先ほども言った通り魔装は制御を誤ると危険です。カオス様の御身を案じてのことなんですよ?」
「分かっているが、どういうものか教えてくれても良かったではないか……」
「そうですね。私たちもカオス様の力を過小評価していたようです。お許しください」
カサンドラはカオスを抱きしめ、背中をポンポン叩きながら優しく話しかけた。
小さな子を宥める様に――もちろんカオスは小さな子であるため不自然なことではないが、前世の記憶もあるため恥ずかしくなってくる。
「わ、分かった。カサンドラは私の身を案じてくれたのだろ? もう分かったから離してくれ。アグニスとジークも見ているではないか――私はもう四歳だぞ?」
「――仕方ないですね」
カオスはカサンドラから解放されると、「ふぅ」と一息ついて纏っていた魔力を体の中に収めた。
「改めて教えて欲しい。魔装はこれだけではないはずだ。カサンドラが行った最後の攻撃はどうやるのだ?」
「それは……」
カサンドラが口ごもっていると代わりにジークハルトが口を開いた。
「カオス様、魔装とは魔力を武具の様に身に纏う力でございます。ですがカサンドラ様の真似をしてはいけません」
「何故だ? カサンドラが先ほど放った一撃は恐らく私の収束魔法より上だぞ。あれを覚えたらもっと強くなれるではないか」
しかしジークハルトは首を横に振る。
「カサンドラ様の草薙の
「そう――なのか?」
カオスがカサンドラに視線を移すと、カサンドラは口元をひくつかせて愛想笑いを浮かべていた。
(ああ、これ怒ってるな……。可哀そうに――ジークは後でお仕置きされるな)
更にアグニスが畳みかける。
「そもそもカサンドラ様は魔力の制御が出来ておりません。感情のままに魔力が反応するため手が付けられないのです。使ったスキルが
カサンドラの瞳が大きく見開き、真紅の瞳孔がぎょろりとアグニスを捉えた。
(あ! 完全に怒らせた。アグニスが殺されませんように……)
カオスは心の中で呟くが、アグニスが本当に殺されるとは微塵も思っていなかった。
カサンドラは二人が思うほど馬鹿でもなければ愚かでもない。感情を制御できることを長年一緒に暮らしたカオスはよく知っている。
気になるのは二人の身の安全より聞き覚えのある言葉だ。
(それにしても
「カサンドラ、一つ聞いてもいいか?」
血走った眼でアグニスを凝視していたカサンドラは、直ぐにニコッと微笑みかけた。
「どうされました?」
「先ほどアグニスが
カサンドラは何故そんなことを聞くのか首を傾げるが、カオスの問いに即答した。
「サタン様が名付けたのですよ」
「父が?」
「はい、サタン様は自分の気に入ったものや大事なものによく名前を付けていました」
「では私の名前もか?」
「もちろんです」
「ハデスもか?」
カサンドラは顎に手を当てると、何かを思い出す様に斜め下に視線を逸らした。
「あの糞爺いですか……。私が生まれる前のことなので詳しくは分かりませんが、確かサタン様が名前をつけたと聞いたことがございます」
「そ、そうか――」
カオスは空笑いでやり過ごした。
(相変わらず爺は嫌われているなぁ。それはさておき父が名前を付けたか……、自分と同じく神話に伝わる神の名前を付けた。だが何故だ、どうして父は地球の神の名を知っている?)
思考を巡らすカオスであったが既に答えは出ていた。
(地球のことを知る者は地球で暮らした者だけだ。つまり俺の父も転生者か――)
自分が異世界に転生できたということは、他にも転生した地球人がいるということだ。中には同じように記憶が残っている地球人がいても可笑しくない。
自分だけが特別と考える方がどうかしている。
(この世界では俺と父の間に百万年の時間差がある。父が地球でいつ死んだのか調べようがないが、神話を覚えていると言うことは、少なくとも俺が死んだ時間と数千年しか離れていないはずだ。つまり死んでから直ぐに転生するわけではないということか……。もしこの仮説が正しければ、俺は地球で死んでから百万年放置されたとになるな)
カオスは必ずしも自分が立てた推測が正しいとは思っていない。
もしかしたら時間を超えて転生することもあり得るからだ。だが確信を持って言えることが一つだけあった。
自分の父が地球からの転生者であるということ。
そうでなければ話の辻褄が合わないからだ。前世が人間であればこそ、人間を滅ぼすさずに管理するに留めていたとも考えられる。
地球での名残は他にもある。
日本で見慣れたアラビア数字が使われていることや、距離や重さ、時間を表す単位がまったく同じことだ。
地球から転生した先人たちが広めたと考えると全てが繋がって見えた。
カオスが腕を組み「う~ん」と考え込んでいると、カサンドラが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「カオス様?」
「ん? ああ、そろそろ帰るか」
普段の様子に戻るカオスを見てカサンドラは安堵する。そのままカオスの体を抱きかかえると、カサンドラはゆっくりと立ち上がった。
「遠くには生きている兵士がいるかもしれません。全て始末してから帰りましょう」
カオスは視線を落とす。
「必要ない。シュナイダーとも約束を交わしたからな」
未だに気を失っているシュナイダーを見下ろし、カオスはやれやれと肩をすくめた。カサンドラもそれ以上は何も言わず、帰還するためアグニスに目配せをする。
アグニスが人差し指を曲げて口元に当てると、「ピー」と甲高い指笛が遠くまで鳴り響いた。その笛の音を合図に、崖の上で待機していたベヒモスが大地を揺らしながら駆け寄り、カサンドラの目の前で地面に伏せた。
目と鼻の先にベヒモスの顔が来ると、カオスはカサンドラに抱かれたままベヒモスの顎を優しく撫でる。
「この人数では転移魔法を使うのはきついからな。帰りも頼んだぞ」
ベヒモスも自分の役割を分かっているのだろう。カオスの言葉に呼応して大きな遠吠えを一つ上げた。
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