転生②
数日が過ぎる頃にはある程度の言葉を覚え始めていた。
この体が優秀なのか、それともこれが普通なのかは分からない。何はともあれ、懸念していた語学に関して問題がないことは喜ばしいことだ。
見聞きして分かったことは、自分の名前がカオスで男だということ。そして母親だと思っていた女性は乳母であることも判明した。
しかも乳母は三人もいて日替わりで母乳を与えてくれる。常に複数の使用人が俺の世話を行い裕福な家庭であることが覗えた。
何より驚いたのが、この世界は地球ではないということだ。
それは天窓から見える、二つの月が如実に物語っていた――。
「カオス様は本当によく母乳を飲まれますね」
名前を呼ばれたカオスは乳房を口に含みながら、母乳を与えている乳母の顔を見上げていた。
筋肉質の体に深紅の瞳。髪は色鮮やかで、金、銀、赤、紫、四色の長髪を後ろに流している。肌の色も特徴的で、褐色と言うよりも灰色に近いだろう。
髪は染めているのかもしれないが、この肌の色はどう考えても普通の人間とは思えない。
彼女は三人いる乳母の一人、カサンドラだ。
カオスはカサンドラの体を小さな手でペタペタと触れた。弾力のない岩のような硬い感触が、小さな手のひらに伝わって来る。
無駄な脂肪が削ぎ落とされた引き締まった体。筋肉は隆起し、腹筋は幾重にも割れて見るからに鍛え上げられている。
かと言って胸がないかというとそうではない。胸は大きく、それなりに弾力もある。
カオスが不思議そうに、カサンドラの腹筋と胸に交互に触れていると、彼女は面白そうに笑みを浮かべた。
「カオス様は私の体がお気に召したのですか? 大きくなったら私を抱かれてもよろしいのですよ」
それを聞いたカオスはピタリと手を止めた。
やましい意味で触れていたわけではないが、どうやら誤解されたらしい。確かにカサンドラは若く魅力的な女性である。
だが、乳母ということは十中八九人妻で間違いないだろう。人の妻に手を出すほどカオスは愚かではない。そんなことをしてカサンドラの家庭を壊したいとは思わないからだ。
そもそも、今のカオスは生まれたばかりの赤ん坊である。女性を抱ける年齢まで何年かかることか――。
手を止めたカオスの頬を、カサンドラは面白そうに指先で突いてくる。別に痛くはないが、からかわれている様で何とも釈然としない。
カオスも「あーう―」と、声を出しながら手を伸ばして応戦する。その反応が面白いのか、カサンドラは満面の笑みで頬を突くのを止めようとしない。
だが、そんなやり取りも長くは続かなかった。次第に重くなる瞼に抗うことはできないからだ。
お腹が満たされると眠くなるのはどうなのだろうか――。
(相変わらず直ぐに眠くなるのは変わらないな。起きると母乳を飲みたくなるし、母乳を飲むと眠くなる。いくらなんでも可笑しくないか――)
起きている時間が短すぎる気がしていた。
それが当たり前の世界であるなら問題はないが、何かしらの病気ではと不安に思うこともある。
微笑むカサンドラに見送られながら、カオスは深い眠りへと落ちていった。
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