冒険者ギルド

 冒険者ギルドの扉を開けると綺麗な鐘の音が響いた。

 扉の上部に付けられた鐘は、前世の佐藤航が喫茶店で見かけたドアベルと酷似している。

 カオスは部屋の中を見渡し「ほう」と意外そうに声を漏らす。

 木造四階建てのギルドは奥行きがあることから外見以上に中は広い。カオスのイメージではもっとむさ苦しい場所かと思いきや、中は小奇麗ですっきりしていた。

 昼の時間帯も相まって冒険者は疎らだ。

 入口正面には依頼が張り出された掲示板が並び、左の奥には受け付けカウンターがある。その他にも個室につながる通路や二階に上る階段も見えた。

 居合わせた冒険者がそれとなく観察しているのが視線で分かる。


(シュナイダーの言った通りだな。新顔の冒険者がどの程度のレベルか探りを入れてるのか。確かに他の冒険者から見れば俺たちは商売敵だ。相手の実力を知っておきたいのは当然か――)


 居合わせた冒険者が知りたいのは駆け出しか否かだ。

 戦い方も碌に分からない駆け出しの冒険者であれば問題はない。だが河岸を変えたベテランの冒険者であれば、それは商売敵になり得る。

 注目が集まる中、シュナイダーがカウンターに向かい手続きを行い、その間カオスは掲示板に張り出された依頼書に目を通した。


(流石は貿易都市と言うだけのことはある。依頼は商隊の護衛が多い。だが――)


 カオスの目に留まったのは最も多くある依頼だ。


(荷揚げや荷下ろしだと? しかも一日毎の支払で依頼料も安い、まるで日雇いのバイトじゃないか。こんな依頼を受ける奴がいるのか?)


 よく見ればジークが起こした商会の名前もある。

 訝し気に依頼書を睨むカオスであったが背後の声に遮られた。


「その様子だと良い依頼はなさそうですね」


 振り返ると手続きを終えたシュナイダーが依頼書を覗き込んでいる。


「シュナイダーか、随分と手続きが早かったな」

「この通り人が殆どいませんからね。それにジーク様が用意した身分証は確かな物です。手続きは滞りなく終わりましたよ。それより俺は本名を使って良かったんですか? もし知ってる奴に会ったら面倒なことになりますよ」

「普段の習慣とは馬鹿に出来ないものだ。仮に偽名を使ったとしても、私たちが気付かぬ内に本当の名で呼び合うことがあるかもしれない。もしそれを誰かに聞かれたら追及されるのは間違いない。それこそ面倒なことになると思わないか?」

「それはそうなんですが……」

「例え知り合いに尋ねられても名前以外は覚えていないと言えばいい。お前はいかだで漂流していたところを、ジークの商船に助けられたことになっている。飲まず食わずで生死の境を彷徨えば、記憶くらいなくしても可笑しくはないだろ」

「――でも都合よく名前以外忘れますかね?」

「記憶を失った経緯については誰も知ることが出来ないのだ。後は話を聞いた奴が勝手に妄想を膨らませるだけだ」

「はぁ……」


 シュナイダーはよくそんなことが思いつくものだと呆れるばかりだ。


「まぁいいんですけどね。それよりこれを首から下げてくだい、冒険者の認識票です」

「これが? 随分と簡単な作りだな」


 渡されたのは鎖の付いた金属のプレートだ。

 カオスは何度もプレートを返し、まじまじと眺めて顔を顰めた。

 鉄と思しき金属に刻まれているのは名前とランクだけ、簡素な作りでカオスの興味を引くような物ではなかった。言われるまま首から下げると、興味なさげに掲示板に視線を戻した。

 今カオスが気になるのは大多数を占める日雇いの依頼だ。


「それよりシュナイダー、この日雇いの依頼を受ける冒険者はいるのか?」


 カオスの視線の先にある依頼書を見て、シュナイダーは「ああ」と声を上げた。


「全ての冒険者が良い依頼にありつける訳じゃありませんからね。特に実力の足りない冒険者は受けられる依頼にも限りがあります。そういう冒険者の足元を見てこんな依頼が出回るんですよ。命に関わる危険な仕事じゃありませんからね。食いつなぐ為に依頼を受ける冒険者はそれなりにいると思いますよ」

「――早い話が駆け出しの冒険者が食つなぐ為の依頼か、どの世界にも下済み時代はあるものだな」


 漠然と依頼書を眺めるカオスとシュナイダーをそれとなく見つめる男がいた。

 二十代と思しき金髪碧眼の男は壁に寄りかかり、時折肩まである髪を指で梳きながら二人の様子を覗う。

 服装は軽装でマントの類はないが、身に着けている衣服は一級品ばかりだ。

 何より男に都合が良かったのは、殆どの冒険者が二人のプレートを見てギルドを後にしたことだ。

 二人のプレートは最低ランク、他の冒険者はライバルになり得ないと即座に判断したが、この男だけは違っていた。





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