転生⑤

 それでもカオスは毎日のトレーニングを欠かさない。

 ベッドに取り付けられた柵も、今ではよじ登る時には腕の筋力トレーニングに繋がっていた。 

 もはや柵をよじ登りベッドから脱走することは、カオスにとって日課と言っても過言ではない。

 相変わらずメイドたちは後ろから付いてくるが、初めての時のように止めようとはしなくなっていた。

 俺を止めるのを諦めたのか、それとも信頼されているのか。できれば後者であって欲しいとカオスは願うばかりだ。


 そんな日々の中でカオスは歩行ができるまでに成長していた。

 その頃には言葉もある程度は話せるようになり、行動範囲も格段に広がり始めた。

 ハイハイしか出来なかった頃は他の階に行くことができなかったが、歩けるようになった今では階段の上り下りができるためだ。


 いま夢中になっているのは城の探検である。

 行動範囲が狭かった頃には大きな屋敷程度に思っていた家も、実際のところは巨大な城であることが既に判明している。

 そんなわけで今日もカオスは城の中を探検していた。

 階段の手摺りに捕まり一歩ずつ慎重に階段を下りて行く。メイドに抱えてもらうという選択肢はカオスにはない。

 日常生活で体を動かすことはトレーニングの一貫でもあるからだ。


「カオスさま~、あまり遠くに行かないでください。また眠くなりますよ」


 背後からメイドの声が聞こえてくだが振り返ることはない。

 だがメイドの言うことも一理ある。

 なぜならこの体は疲れたら直ぐに眠くなるからだ。

 あまりに可笑しいため病気ではとヒルデモートに尋ねたこともある。だがヒルデモートいわく赤ん坊とはそういうものらしい。


 お腹が満たされると眠くなり。

 疲れたら眠くなり。

 そうやって眠ることで少しづつ成長するのだと――。


 概ね人間の赤ん坊と変わらないとのことだ。


「カオスさま~、お待ちください」


 メイドが少しだけ煩わしい……。

 無視して何処までも階段を下りていると、急に体がぐらりと揺らぐ。いつもの眠りアイツがやってくる前触れだ。

 だが階段で眠っては転げ落ちて大怪我をしかねない。

 気力を振り絞り階段の踊り場にたどり着くと、カオスは壁に凭れるように倒れ込んだ。

 意識が遠ざかる直前、駆け寄るメイドの声が微かに聞こえる。


「だから言ったじゃないですか。地下五十四階まで来るからですよ」


 この時カオスは薄れゆく意識の片隅で思っていた。

 この城は地下何回まであるんだよと――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る