転生④

 情報収集の日々が始まる。

 とは言っても手段は限られていた。言葉の話せない今のカオスに出来ることは、乳母やメイドの会話に耳を傾けることくらいだ。そこから必要な情報を拾い集めてつなぎ合わせる。

 そんな地味な作業を繰り返しどれだけの月日が流れただろうか――。 

 カオスは乳母の一人、ヒルデモートに抱かれながら思いに耽っていた。


 両親が亡くなっていること。

 母親はヒルデモートの妹だということ。

 父親は魔王だということ。

 そして今は自分が魔王だということ――。


 特に最後の案件は頭が痛くなる。

 乳母やメイドたちは何かを期待しているようだが、カオスはその期待に応えられる自信がないからだ。

 前世は平凡なサラリーマンで何か特出した能力があったわけではない。

 平凡な生活を送り、平凡な恋をして、平凡に失恋もした。

 死に方だけは平凡ではなかったが、佐藤航の人生はおよそ平凡そのものだ。

 この世界の魔王がどういうものかはまだ分からないが、周りの過度な期待から平凡でないことだけは断言できる。

 最悪なのは魔王だからと勇者のような存在に殺されることだ。

 もしかしたらこの世界にそんな者はいないのかもしれない。だが理不尽に殺される可能性が僅かでもあるなら、早いうちに少しでも強くなる必要がある。

 魔王だからと簡単に殺されるのは嫌だ――。

 そんな思いがカオスの心を強く突き動かしていた。


 翌日からカオスは体を動かす練習をした。

 この頃には起きられる時間もそれなりに長くなり、ハイハイが出来る程度には動き回れるようになっていたからだ。

 ベッドのシーツを掴みながら慎重に床に降りると、先ずは部屋を出てハイハイで廊下を走り回る。

 これで持久力がつくかは定かではないが、何もやらないよりは効果が期待できるはずだ。

 その後ろを使用人のメイドたちが困ったように追いかけてくる。


「カオス様、そのように急がれては危険です。お待ちください」

「お怪我をなされたらどうするおつもりですか――」


 全て無視だ。

 直ぐに休んではいては持久力がつくはずもない。だがそんな思いとは裏腹に体はいうことが効かなくなる。徐々に歩みは遅くなりついには立ち止まってしまう。

 そしていつの間にか、床に突っ伏したまま涎を垂らして寝息を立てていた。

 その後は当然のようにメイドに抱えられてベッドに戻ることになるのだが、後日ベッドには背丈ほどの柵が備え付けられていた。


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