転生③
何度目の目覚めだろうか――。
カオスは褐色の乳房を口に含みながら、そんなことを漠然と考えていた。
いまカオスに母乳を与えているのはアニエスという名の女性だ。褐色の肌に長い耳、そして光を反射するような銀色の髪。
何気ない会話から、彼女がダークエルフだということまではカオスも知ることができていた。
さすがは異世界、まさかダークエルフまでいるのだから驚きである。
これでドラゴンのような魔物でもいようもなら、差し詰めゲームの世界と言ったところだろう――。
だがゲームと現実では大きな違いがある。それはゲームでは死んでもやり直せるが、現実ではそうは行かないということだ。
実際に生活するなら魔物のいない平和な世界がいいに決まっている。
命の危険のある世界で暮らしたいと思うのは、狂人の類か現実を知らない愚か者の考えである。
カオスはそんなことを思いながら、それでもなお母乳を飲む手を休めたりはしない。
すると不意にカオスの体に影が落ちる。
一人のメイドがカオスの顔を覗き込み、そして授乳の様子を見守りながらアニエスに何やら話しかけている。
カオスの瞳に楽しげな笑みを見せる二人の姿が映り、気が付けば思わず二人の会話に耳を傾けていた。
「カオス様は相変わらずよく母乳をお飲みになりますね」
「そうね。早く立派な魔王様になっていただかないと――」
そんな何気ない二人の会話がカオスの思考を一時的に停止させた。思わず母乳を飲む手を止めてアニエスの顔を見上げる。
(え? 魔王ってなんだ?)
「まーあーう―」
「どうしたのですかカオス様? もうお食事はよろしいのですか?」
「まぁーう―」
声帯が発達していないため上手く言葉にならない。
それでもカオスは手を伸ばして必死に訴えかけようとするが、アニエスは理解できずにいた。
困ったように首を傾げては苦笑するばかりである。
そんなアニエスを見かねてか、後方に控えていたメイドが分かったと言わんばかりにポンと手を叩いた。
「だぁ―」
(分かってくれたか!)
思わずそう叫ばずにはいられなかった。しかし――。
「アニエス様、カオス様は母乳が大変美味であると仰っているのではないでしょうか?」
確かにカオスの発した「まぁーう―」は美味しいと言っているようにも聞こえなくはない。
だが、当のカオスは余程ショックだったのか、ポカンとメイドの顔を見上げ――そして我に返ると否定の声を上げた。
「あー」
(違う!)
「ほら、カオス様もそうだと仰っておりますよ」
「ばぁ―うー」
(馬鹿メイド!)
「あらあら、もしかして私のことが好きなのですか?」
カオスは死んだ魚のような目でメイドを見上げた。そして思う、このメイドは要注意だと――
メイドの言葉を鵜呑みにしたのか、アニエスは嬉しそうにカオスに語りかけてくる。
「カオス様は私の母乳がお好きなのですね。さぁ、沢山お飲みになってください」
乳房に顔を押し付けられたカオスは半ば強制的に母乳を飲まされていた。
だが母乳が美味しいことに変わりはない。気が付けば自から夢中で母乳を吸い続けた。
そしていつもの時間がやってくる――。
(また眠気が……)
カオスは眠気に逆らいながら、二人の会話を振り返っていた。
(魔王とはどういうことだ――)
それに気になることは他にもある。それは未だに会えていない両親のことだ。自ずと嫌な予感がカオスの脳裏を過ぎる。
(情報を集めなくては――)
その思いを抱きながら、意識は再び闇に閉ざされた。そしてカオスは願う、自分の両親が健在であることを――。
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