帰路

 カオスは千切れた銀貨を見ながら繁華街を歩いていた。

 隣を歩くシュナイダーも自然とカオスの持つ銀貨に視線を落とす。

 直ぐに指を離していれば銀貨を二つに割ることはなかった。そう思うとシュナイダーの表情は沈んだ。


「すみません。咄嗟のことで指を離すのが遅れました」

「謝る必要はない、私も思わず手が出てしまった。お前が気に病むことではないだろ。それより千切れた銀貨を持っているな?」

「はぁ、ございますが――」


 カオスはシュナイダーの千切れた銀貨を受け取り、二枚に分かれた銀貨を片手で軽く握り締めた。

 次に手を開いた時に現れた銀貨を見てシュナイダーは呆れるばかりだ。

 二枚の千切れた銀貨は綺麗な一枚の丸い銀貨に変わっていた。千切れていた形跡は何処にも見当たらない。 


「そんなことも出来たんですか? 本当に何でもありですね」

「難しいことではない。少しコツはいるが魔力を操作すれば容易いことだ」


 隣を歩く化け物にシュナイダーはしかめっ面を見せた。

 恐らくこんな器用なことが出来る生物は世界に一人しかいない。それを簡単だと言い切るカオスの常識がどうかしているのだ。その化け物が意味深に自分を見つめていることにシュナイダーは眉間に皺を寄せた。


「なんです? 俺の顔に何かついてますか?」

「いや、シュナイダーも自然と魔装が使える様になったと思ってな」

「毎日あんな無茶な特訓に付き合わされたら否が応でも使える様になりますよ。死にかける度に回復魔法で癒されて、休む間もなくまた特訓ですからね。自分でもよく生き残ったと褒めてあげたいくらいです」

「何を言っている。死なないように手加減はしていた」

「カオス様はそうでしょうが、一部のメイドは絶対に俺を殺そうとしていましたよ」


 特訓でボコボコにされた日々を思い返し、シュナイダーの顔に影が落ちた。


「私のメイドが本気で殺そうとしていたらお前は既に死んでいる。生きているということは手加減されていたのだ。そんな嫌味を言うな」

「毎日酷い目にあってきたんです。嫌味の一つくらい言いたくなりますよ」

「――そうだな、愚痴くらいは誰でもこぼすか。今日はもう屋敷に戻るぞ、明日の朝は早いからな」

「明日は何をなさるおつもりで?」

「冒険者として金を稼ぐ。虐げられている亜人を解放するには軍資金が必要だ。この貿易都市で奴隷市が立つまであと二か月しかない。それまで少しでも金を稼ぐ必要がある」


 亜人の解放は事前に決めていたことだ。

 数百年も前から亜人は魔族と称され虐げられてきた。

 人権はなく生殺与奪も自由、亜人として生まれた時から人生は終わっているも同然だ。それもこれも帝国がカサンドラのことを千年も前から魔王だと勘違いしていたことに起因する。

 肌の色がカサンドラと同じと言うだけで、亜人を魔族と称し、長年のあいだ亜人の虐待は公然と行われてきた。

 シュナイダーも今ではそんな亜人たちの境遇に同情している。

 過去に帝国が誤った情報を発信したことで、亜人の置かれた立場は最悪なものになってしまった。もともと数の少ない亜人は人間に抗うことも出来ず、今では奴隷として生きる道しか与えられていない。

 争いのない世界を構築する初めの一歩として、カオスはそんな亜人たちを解放することを心に決めていた。

 四つの国が交わるゴーレンでは年に数回奴隷市が立ち、各国から数多くの亜人が集められる。

 カオスがゴーレンに来た最大の理由はそこにあった。

 しかし、シュナイダーの顔色は芳しくない。カオスが積極的に金を稼ぐことに難色を示した。 


「そんなことをしなくても、金はジーク様が用意すると思うのですが……」

「もちろんジークから金は借りる。だがあくまで借りるだけだ。部下の金を湯水のように使う気はない。それに全ての亜人を買うのだ。軍資金は少しでも多いに越したことはないからな」


 カオスを止めようとする二人の姿がシュナイダーの脳裏に鮮明に映る。


「ジーク様やアグニス様はよい顔をしないでしょうね」

「説得はする。それでも言うことを聞けないのであれば、命令を下すだけだ」


 結局のところ逆らえる魔族は誰もいないのだ。

 自信満々にほくそ笑むカオスとは対照的に、シュナイダーは今後の不安が尽きることがなかった。


 



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