街並み
繁華街の大通りでは絶えず馬車が行き交い、客は目当ての店で足を止める。
陽が高くなると屋台の主は客を呼び込み、そこかしこに旨そうな匂いが漂い始めた。行き交う人の足は匂いに誘われ自然と屋台に吸い込こまれる。
カオスは多くの人間で賑わう街並みを眺めながら嬉しそうに目を細めた。
魔法で瞳の色を黒く変えているため外見はさながら日本人だ。
「やはりこの街を選んで正解だったな。流石は四つの国が交差する貿易都市だ。これだけ人が集まるなら得られる情報も多いはずだ。お前もそう思わないかシュナイダー」
視線の先にいた白髪の男は肩を竦めた。
昔と風貌は大分変っているがシュナイダーであることに間違いはない。
体は衰えていないが髪と顎髭は白く染まり、右目には動物の皮で作られた眼帯を嵌めている。
軽装の上からマントを羽織る姿はカオスと同じだ。
街の外からきた冒険者を装うため腰には剣を差している。仕事を探しに来た冒険者であれば、知らない人間でも怪しまれることはないからだ。
「カオス様の仰る通りです。貿易都市ゴーレンは確かに四つの国を一度に知るには最適の場所です。南にはラングレナ帝国、東にはロンベルク王国、西にはエルネスト公国、そして北にはサンマリネ教国、それぞれの国の商人が集まるこの場所なら、得られる情報も多いことでしょう。ですが集まる情報はあくまで広く浅く、深いところまで知ろうとしたら、やはりその国へ行かなくては駄目だと思いますよ?」
「いまは広く浅くで構わん。それにこの街は非武装地帯だ。何処かの国が攻めてくる心配もないしな」
カオスはニヤリと笑みを向ける。
「それは俺への当てつけですか? 帝国だって魔族の力を知っていたらサウスガイアに――魔大陸に攻め込んだりはしませんよ」
「まぁそうなんだろうけどな」
カオスは俯き一呼吸置いて顔を上げた、そこに笑みはない。
「お前はまだ魔族のことを恨んでいるか?」
シュナイダーの顔に影が落ちる。
脳裏に凄惨な出来事が蘇り思わず顔を伏せた。
「――恨んでいないと言ったら嘘になります。あれだけ多くの部下を殺されて恨んでいない方がどうかしている。ですがカオス様のことは信用しています。それに悪いのは身勝手に攻め込んだ帝国です。俺は文句を言える立場にありません」
「私も魔族を恨むなとは言わない。だが私には逆らうな、それがお前や帝国のためだ」
外出を許されたところで籠の鳥であることに変わりはない。
逃げられないことはシュナイダー自身が一番よく知っていた。それに今ではカオスに対して忠誠心に近いものが芽生え始めている。
逆らう気などあろうはずがない。
「分かっています。今更逃げたりなんかしません。それよりお供は俺だけでいいんですか? アグニス様やジーク様が喚いていましたよ」
「アグニスは私に近づいた人間を迷わず殺すだろうからな。ジークも商会の仕事がある。それにお前ならこの街のことも詳しいはずだ」
「確かにそうなんですが――それで? どちらに行かれるおつもりですか」
「娼館だ」
「――は?」
毎晩メイドを抱いておきながら呆れるばかりだ。
シュナイダーは歩きながら片手で顔を覆い天を仰いだ。
「本気で言ってるんですか? 毎晩とっかえひっかえメイドを抱いておいて、まだ足りないと?」
「私ではない、お前が行くのだ」
「……俺がですか?」
「ずっと禁欲生活が続いていたのだ、息抜きも必要なはずだ。それとも嫌なのか?」
「いや、それは確かに嬉しいんですが……」
シュナイダーは辺りを探るように見渡す。
魔族の目は何処にあるか分からない、それは散々城で経験したことだ。
「もしカオス様のお供を放棄して女遊びをしているのが知られたら、俺はあの怖いメイドたちに殺されますよ。すみませんがお気持ちだけ受け取っておきます」
「私が黙っていれば気が付かないと思うぞ?」
「思うでは困るんですよ……」
カオスも無理にとは言わない。
もとよりシュナイダーを困らせるつもりはないのだ。
「お前が嫌だと言うなら私も無理強いはしない。それなら真っ直ぐ冒険者ギルドに向かうとしよう。こんな身なりをしているのだ、登録をしておかなければ怪しまれるからな。それに冒険者の身分証があれば、何処の国へ出入りしても可笑しくはないはずだ」
「なるほど、よく考えていらっしゃる」
皮肉交じりに告げた言葉だがカオスは不愛想な顔で笑みを見せた。
「だろう?」
カオスらしいと言えばらしい対応の仕方だ。
シュナイダーも釣られて愛想笑いを浮かべ、二人はそのまま無言で冒険者ギルドを足早に目指した。
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