転生⑦
月日が流れるのは早い。
だがそれはカオスが幼すぎるからそう感じているだけかもしれない。さらに一年半の歳月が経ちカオスは三歳になっていた。
体も随分と大きくなり、はっきりと言葉も話せるようになっている。
城の地下に潜るのは今でも変わらない。だがそれは体を鍛えるためではなく別の目的があるからだ。
カオスはいつものように城の地下に駆け降り目的の場所を目指す。
足を止めたのは地下百三十二階。
木製の古めかしい扉の向こうにその場所はあった。
カンテラで照らされた部屋の中に足を踏み入れると、紙とインクの古びた匂いが漂い、天井まである色あせた本棚には書物がびっしりと並んでいる。
この場所はカオスのお気に入りの一つ、文献などが収蔵されている書庫だ。
カオスは小さな体を伸ばして文献の一つを手に取る。表紙に使われた鞣し革の肌触りを確かめると、書庫の片隅に座り文献を開いた。視線を落とした先には、この世界独自の文字の羅列が隙間のないほど並んでいる。
カオスも最初こそ乳母やメイドに本を読んでもらう毎日であったが、今では自分で文字を読めるまでになっていた。
いま最も興味があるのが魔族の歴史に関してだ。
小さな手で文献をめくり、その内容に視線を落とす。
文献にはこう記されていた。
魔族は大きく六つの種族に分けられる。
これら種族がそれぞれのコミュニティーを形成し、この魔大陸と呼ばれる場所で生活をしていると。
その他にも魔族の寿命や特色など様々なことが記されている。
一通り目を通し読み終えると、カオスは内容を整理するため文献から目を離して瞳を閉じた。
(魔族は百万年以上前から存在し、その起源は分からない。全ての種族に言えることは瞳が紅いこと。これが魔族の証となる。か――)
確かにカオスの瞳の色も紅い。
そして魔族の歴史が百万年以上前からというのは、カオスの父、先代魔王サタンが百万年前に生を受けたからだという。
寿命百万年の魔王、馬鹿げている――。
カオスは有り得ないと首を左右に振った。
それと同時に自分もそこまで長生きするのかと思い悩む。もしそうだとするなら百万年という長い時間は地獄に等しいからだ。
多くの大切な人を見取り、多くの大切な物を失う。自ら進んでそんな人生を歩みたいと誰が思うだろうか――。
百万年は行き過ぎにしても確かに魔族の寿命は長い。
文献には平均寿命一万年と記されていた。
だが、その代償として繁殖率は極めて低い。今では魔族の総数は三万人を切っているらしい。
――深刻な問題である。
カオスは暗い表情で文献を閉じた。
魔族の未来は明るいとは言い難い、このままでは絶滅の恐れもある。魔王として何れはこの問題に取り組むことになるのは目に見えていた。
だが、打開策がないのもまた事実だ。
(はぁ、この世界は俺にどうしろってんだ――)
もしかしたら魔族は滅び行く種族なのかもしれない。
それでもカオスは諦めたくはなかった。自分に愛情を注いでくれる周りの
危惧すべきは人間の魔大陸への侵攻だ。それは戦いで命を落とす魔族がいることに他ならない。
いま以上に魔族の数が減少したら事態はもっと深刻になる。
(やはり一刻も早く覚えなくては――)
カオスは立ち上がり文献を戻すと書庫を後にした。
そしてある人物のもとへ向かう。
魔法を教えてもらうために。
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