人間の侵略⑥

 カサンドラは腕を組み直し仁王立ちをする。

 攻めて来いと言わんばかりの態度にシュナイダーは即座に判断を下した。

 魔王とは言え弱点はある。何より相手はたったの一人、この機を逃したらもう討ち取る機会はないに等しい。

 護衛がいる状態であの魔王を殺すことは不可能だ。

 討ち取るのは今しかないのだ。


「第一陣は順次攻撃を開始! 奴は強いが倒せない相手ではない! 弱点の目に攻撃を集中しろ!」


 シュナイダーは檄を飛ばすが、一般兵の攻撃が届くとは微塵も思っていなかった。これらはあくまで囮だ。言い換えれば死ねと命じているのと何ら変わらない。

 非情な判断を下すシュナイダーに側近の一人が顔をしかめた。


「将軍、撤退した方がよろしいのでは? このままでは兵士を無駄に死なせることになります」

「俺もそうしたいさ……。だが無傷で帰ってどう陛下に言い訳をする。それに魔王を殺すことができれば魔族の統率も取れなくなるはずだ。今は無理でも次の侵攻では拠点を築くことも夢ではなくなる。魔王が一人で現れた今が好機なのだ。いま殺せなければ、この先も魔王を殺すことは絶対に不可能だ」

「確かにそうですが……」

「お前の不安も分かる。だが安心しろ、どんな強者でも集中力は無限に続かない。必ず隙は出来るはずだ。そこを狙えば勝機はある。お前は暗殺部隊に伝令を伝えろ。内容は言わずとも分かるな」

「……魔王が隙を見せたら殺せ。それでよろしいですね?」

「上出来だ。では頼むぞ!」


 自分の側近が兵士の中に消えるとシュナイダーは前線の兵士に目を向けた。

 兵士たちは見るからに怯えた表情で戦力としては期待が出来ない。恐らくは普段の半分の力も出せないだろう。


「ノイマン!」


 名前を呼ばれたのは帝国の精鋭部隊を率いる中年の師団長だ。

 シュナイダーの古くからの戦友で、副官ボルコフの父でもある。

 髪はボルコフと同じ金髪だが体格はまるで違っていた。優男のボルコフに対し、ノイマンは筋骨隆々のたくましい体つきをしている。

 帝国では剣の指南役もしていることから、その実力を疑う者はいない。

 本来の役目はシュナイダーの護衛であるが、相手がシュナイダーを最後に殺すと公言している以上、護衛が必要ないことはノイマンも分り切っていたことだ。


「我々が前線に立ちますか?」

「話が早くて助かる。一般の兵士では足止めすら敵わんだろう。お前の精鋭部隊で魔王を牽制して欲しい」

「牽制ですか……」

「ふっ、もちろん殺せるなら殺して欲しいさ。だが無理はするなよ。お前らと暗殺部隊で殺せなければもう無理だ。速やかに撤退する」

「――部下は全て連れて行きます。将軍の護衛が手薄になりますがよろしいですね?」

「構わん。どうやら俺は魔王に気に入られたらしいからな。ご丁寧に最後まで生かしてくれると公言までしている。奴の言葉が本当なら俺の護衛など無意味だ」

「分かりました。我々にお任せください」


 シュナイダーは強い意志を込めて最後に告げた。


「ああ、本当に頼んだぞ」






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