特訓①
ヒルデモートに触発されたのか、翌日からはカサンドラが体術を、アニエスが弓術を教えると言い始めた。
少しでも強くなるため、カオスにとってそれは願ってもないことだ。
断る理由はどこにもない。
ローテーションで一日毎に担当が変わるらしく、今日はカサンドラが体術を教えてくれるらしい。
言われるままカサンドラの後ろをついて歩き、いつの間にか城の外に出ていた。
思わず自分の衣服に視線を落とす。
(城の外に出るなら、このパジャマのような格好はどうなんだ?)
着ているのはフード付きの真っ白な衣服だ。
もしフードに動物の顔でも刺繍されていたら、日本で言うところの着ぐるみパジャマになるだろう。
しかも生まれてこの方、これ以外の衣服を着た記憶がない。もちろん、サイズは成長に合わせ大きくなっているが、生まれた頃からデザインは同じだ。
三歳という年齢を考えると分かなくもないが、最近では普通の服が恋しくもある。
そんなことを考え歩いていると、カオスの視界が昨日までなかった湖を捉えた。
その経緯は聞いているが俄かに信じがたい――。
「カサンドラ、あれは本当に私がやったのか?」
あれとは、もちろん目の前の湖のことだ。
しかも周囲の木は薙ぎ倒され、爆弾を投下されたかのような惨状が広がっている。
「もちろんでございます。カオス様の魔法がこの湖を使ったのです。自信を持ってください」
自信を持てと言われても複雑な心境である。
まさか、これ程の威力があるとは思っても見なかったからだ。
そんなカオスとは対照的に、カサンドラは周囲の惨状を意にも返さず、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ湖を眺めていた。
程なくして、前を歩いていたカサンドラが急に足を止めて振り返る。
「この辺りでいいでしょう」
周囲は何にもない草原だ。
魔法の衝撃で生い茂る草は倒れているため、足元もよく見える。草で滑らないか少し心配ではあるが、足を踏ん張れば問題はないだろう。
地面を何度か踏みしめ感触を確かめる。
滑らないことを確認して軽くその場で飛び跳ね、続いてカサンドラの顔を見上げた。
「カサンドラ、私は何をすればいいんだ?」
「そうですね。先ずは私に拳を打ち込んでみてください。カオス様の実力を測らせていただきます」
カサンドラは打ち込みやすいように片膝を地面についた。跪くような体勢で片手を軽く前に出している。
ここに打ってこいということだろう。
「――そんな体勢でいいのか? 後ろに倒れるのではないか?」
「お気になさらず。さぁ、思い切りどうぞ」
笑顔でそう言われては仕方ない。つまりそれだけ自信があるということだ。
カオスは斜に構えて腰を落とし、弓を引き絞るように右の拳を引いて見せた。
自分ではそれらしく構えているつもりだが、カサンドラからクスクス笑い声が聞こえてくる。
(ちょっとショックだ……)
だが三歳の短い手足では仕方ないのかもしれない。
息を整え――左手を引くのと同時に右の拳を勢いよく突き出す。
風を切る、と言うよりは押し潰すような音が鳴り、拳が当たった瞬間、ドン!と低い音が響いた。
衝撃で風が起こり、周囲の草が放射状になびく。
しかし、それだけの衝撃を受けてもカサンドラの体はピクリとも動かず、余裕の笑みを見せている。
(ちょっと悔しい……)
少しくらいは後退させることが出来ると思っていたが、どうやらそれほど甘くはないようだ。
だが、落ち込むカオスとは真逆に、カサンドラは瞳を見開き歓喜に打ち震えていた。
「素晴らしい。素晴らしい威力です! 僅か三歳でこの身体能力! いいですね。鍛えがいがあるというものです」
まるで新しい
「さぁカオス様、それでは体術の特訓をいたしましょう。私は言葉で教えるのが苦手なので実戦形式です。頑張りましょうね」
言葉は丁寧だが目が笑っていない。
特に「頑張りましょうね」の表情が怖い――。
「では行きますよ。しっかり防御しないと怪我をしちゃいますからね」
瞬間的にやばいと思った時には、カオスの体は空中に蹴り上げられていた。
だが体を蹴られる瞬間、咄嗟に腕を間にいれてガードしている。痛みはそれなりにあるが、回復力が早いこともあり痛みは直ぐに消えた。
(くそっ! 重い! 攻撃が殆ど見えなかった! 本気でやばい!)
カオスが空中で体勢を立て直し、地面に着地すると、パチパチと手を叩く音が聞こえてくる。
「お見事ですカオス様。それではどんどん行きますよ」
丁寧な言葉とは裏腹に、カサンドラの顔は真剣そのものだ。
体格差を考えても手は使えないのだろう。カサンドラの足が唸り声を上げてカオスの体に迫る。
今度は紙一重のところで躱すが、蹴り上げた足が、そのままの勢いで上から襲いかかってきた。
慌てて両腕をクロスさせ頭をガードする。
直後にドスン!と重い衝撃が腕に走り、骨がミシミシと悲鳴を上げた。この体でなければ間違いなく一撃で命を奪われている。
(手加減なしかよ!)
カオスはクロスさせた腕でカサンドラの足を逸らすと、大きく後ろに飛び退いた。
特訓を初めて一分にも満たないと言うのに、息をするのも苦しい有様だ。だがやられてばかりでは特訓にならない。
カオスはカサンドラを見据え構えを取る。
今の自分がカサンドラに遠く及ばないことは分かった。
それでも――。
(一発ぶん殴る!)
渾身の力で大地を蹴っていた。
殴りかかった瞬間、カサンドラの口元がニヤリと笑ったような気がする。
そこからの記憶は曖昧だ――。
気が付けば日は傾き、カサンドラに抱き抱えられていた。
話を聞きたところ、つい先ほどまで特訓をしていたらしい。無意識で戦っていたのかもしれない……。
見上げるとカサンドラがいつもの笑みを向けてくれる。
「よく頑張りました」
どう答えていいか分からなかった。
ただ一言、「そうか……」と呟き返していた。
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