魔法③

 それからの日々はカオスにとって充実した毎日であった。

 魔法が使える喜びもあり、カオスは瞬く間に様々な魔法を習得していった。その過程で幾つか分かったこともある。

 それは魔法が万能だということだ。

 魔法は自分の想像したものが形となって現れる。つまりそれは既存の魔法だけでなく、自分だけのオリジナルの魔法を作り出せるということ。


 そして今まさに、その魔法をカオスは試そうとしていた。

 見守るヒルデモートをちらりと見て、カオスは密かに笑みをこぼす。みんなを驚かせるため、使用する魔法は誰にも教えていない。

 使うのも今日が初めてだ。

 もちろん成功するとは限らない。だが頭の中で魔法のイメージは出来あがっている。

 カオスは城のバルコニーから遠くの木を見つめ、人差し指を銃口に見立て狙いを定めた。


(大気中の水分を集めて放つ。これなら質量も桁違いのはずだ)


 自分の魔力で大気中の水分を指先に集め、それと並行して同時に圧縮も行う。

 複数の工程を同時に行うのは至難の業だ。だが今のカオスにはそれすらも簡単にこなせるようになっていた。

 指先に水流が現れては吸い込まれるように水塊の中に消えていく。

 大気からは水分が失われ唇が乾燥し、肌がひりつくのを感じてヒルデモートもさすがに違和感を覚えた。

 カオスが魔法の発動を試みてから既にかなりの時間が経過している。にも関わらず、未だ魔法を放つ気配がない。

 ヒルデモートは気になり正面に回り込んで覗き込む。


「カオス様、何をなさって――」


 指先に集まり続ける水流を見てヒルデモートは瞳を見開く。


「まさか――、収束魔法!?」


 驚きの声を上げるヒルデモートにカオスは僅かに笑みをこぼした。 

 だが余所見をする余裕はない。思ったより魔力の消費が激しく、気を抜いたら意識が飛びそうになるからだ。


(そろそろ限界か……。水を集めるのをやめ――最大圧縮をかける!)


 水塊は指先ほどの大きさになり、圧縮に反発してプルプルと小刻みに震える。気を失いそうになるのを堪えながら、カオスは集中力を最大限に高めた。


(ダイヤモンドよりも固く、弾丸よりも早く、威力はミサイルを凌駕する! そうだ、名付けるなら――)


水の核弾頭ウォーター・ニュークリア


 カオスの指先から勢いよく水塊が解き放たれた。

 限界まで圧縮された水の塊は、木に当たり巨大な衝撃を生んでいた。

 膨大な水は大地を抉るように地面を押し流し、行き場のない力が水を天高く押し上げている。

 中心からは突風が吹き荒れ、水飛沫が周囲の草木を貫いた。


 地面が揺れ、轟音が鳴り響く中、カオスは魔法を放った反動で後ろに吹き飛ばされていた。

 ヒルデモートが近づき何かを叫んでいるのが見える。

 だがそれよりも――


(成功だ……)


 意識を失う寸前、カオスの視界には天を貫く巨大な水柱が映っていた。


 程なくして、舞い上がった水は大粒の雨となり天から降り注ぐ。ヒルデモートは雨に打たれながらカオスの無事を確認して胸を撫で下ろした。


 異変を察知したカサンドラとアニエス、付き添いのメイドたちが続々とバルコニーへ集まる。

 そして草原を見下ろし、誰ものがその変わり果てた姿に唖然とした。

 緑の大地は抉られ茶色い肌を露出し、大地は大きく窪んでいたからだ。状況を確認するためカサンドラが真っ先に口を開いた。


「おいヒルデ! どういうことだ。説明をしろ!」

「カオス様の前では、そういう言葉づかいをしないんじゃなかったの?」

「それどころじゃないだろ!」

「はぁ……、分かったわよ。煩いわね。カオス様が収束魔法をお使いになったのよ。結果は見ての通り」

「収束魔法って、確かサタン様の――」

「ええ、固有魔法よ。いつかは使えるようになると思っていたけど――まさかこんなに早くとは――」


 誰もが声にならなかった。


 ある者はカオスの目覚しい成長に打ち震え、

 ある者はカオスの強大な力に敬服し、

 ある者はカオスの偉大さに歓喜し、


 雨に打たれながら草原を見下ろし、しばらくその場から動けずにいた。




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