従者②
ハデスに敵意がないと知り、ジークハルトとメイドの殺意はいつの間にか消えていた。だが問題はこれで浮き彫りになる。
我関せずと佇むアグニスをハデスは鋭い視線で睨みつけた。
「さて、アグニス。先ほど貴方はどうして私を警戒しなかったのですか? もし私がカオス様に危害を加えていたら、貴方がカオス様をお守りしたとは私には到底思えません。あれほどサタン様を慕っていた貴方だからこそ、カオス様の護衛を命じたというのに……」
カオスもずっとアグニスの動向を覗っていた。
護衛であるなら真っ先にハデスの前に立ち塞がっていたはずである。何もしないことに違和感を覚えたのはカオスも同じだ。初めは自分の敵かと疑いもしたが何かが違っていた。
アグニスの目と鼻の先、手を伸ばせば届く場所にカオスはいる。にも関わらず敵意や殺意が全く感じられないのは不自然だからだ。
今はハデスが警戒しているためアグニスの一撃はカオスに届かないのかもしれない。だが本気で命を狙うつもりなら、ハデスが警戒する前、カオスを殺す機会は幾らでもあったはずである。
自分が注視されていることにアグニスは「ふっ」と笑みを見せた。
「私は見極めたかったのです。本当にカオス様が魔王に相応しいのかを――。先代の魔王サタン様が魔族をまとめ上げていたのは何も力だけではありません。サタン様は魔族の誰からも慕われる方でした。カオス様を真に思うハデス様に恨みを買うような者であれば、もはや魔王としての資質はありません。ならばハデス様に殺されても仕方ない、そう思ったまでのこと」
アグニスは表情一つ変えず、ただ自分の思いを口にした。
「殺されても仕方ない」その言葉の意味は重い。メイドとジークハルトは殺気立つがカオスは違っていた。
「そうか、ではこれからよろしく頼む」
カオスの言葉に誰もが耳を疑う。
「私をお傍に置くのですか?」
死すらも覚悟していたアグニスは信じられないと瞳を見開いた。
「そうだ。私は爺に嫌われていないようだ。お前の主として私は合格のはずだ」
だが真っ先に反論したのはジークハルトだ。
「お、お待ちください! アグニスに護衛を任せると仰るのですか?」
「そう言っている」
「危険です! しかもアグニスはカオス様が殺されても仕方ないと、そのような暴言まで吐いたのですよ! 死罪になって当然の罪です!」
ジークハルトは凄い剣幕で捲くし立てるが、カオスにとって死罪は論外だ。
「アグニスが何をしたというのだ。何もしていないではないか……」
「何もしていないからです! カオス様をお守りしようともせず、剰え殺されても仕方ないと! これ以上の罪はござません!」
カオスは埒が明かないと見るやハデスに助けを求めた。
「はぁ……、爺はどう思う?」
「――罰を与えなければ他の者に示しがつきません。これも魔王の務めでございます」
カオスは心の内で「お前もか」と舌打ちをする。
「分かった。ではアグニスに罰を与える」
「はっ」
アグニスは神妙な面持ちで片膝をつき
「今から私の特訓に付き合え、それが罰だ」
罰にならない罰。
アグニスの口から「ふっ、ははっ」と笑い声が微かに漏れる。ジークハルトが何かを叫ぼうとするが、カオスが直ぐに制止した。
「これが魔王の度量というものか……」
アグニスは小さく呟くと、跪いたままカオスの顔を見上げた。赤い瞳は真っ直ぐにカオスの瞳を見据え、揺るぎない信念を感じた。
「このアグニス、この場でカオス様に絶対の忠誠を誓いましょう。カオス様の剣となり全ての敵を打ち滅ぼし、カオス様の楯となり必ずや御身をお守りすることを約束いたします」
アグニスの言葉はカオスの心を打つに足るものだ。その言葉に嘘がないのは、言葉の端々に感じられる覇気からも分かる。
「うむ、私の護衛は任せたぞ。さて――」
問題はシークハルトとハデスである。
「ジークと爺もこれでよいな? これは決定事項だ。覆ることはない」
魔王の決めたこと、しかも念まで押している。
二人に反論の余地はなかった。
「仰せのままに……」
「異論ございません」
頭を下げる二人を見てカオスは安堵の溜息を漏らす。
食い下がると思ったが、簡単に了承したのは良い誤算であった。だが一番の問題はアグニスとジークハルトが上手くやっていけるかである。
今回の件でアグニスに対するジークハルトの印象は最悪だ。
カオスは二人を見比べると、「まぁ何とかなるか」と、肩をすくめることしかできなかった。
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