セッション1-6 ラストバトル

「師匠、作戦タイムいいっすか?」

「了承します」


 手をT字にする俺。

 エルフ師匠は即答する。

 ここでタイムを申請するのは織り込み済みと言うことだろう。


「3ラウンドかぁ……」


 むう、と真剣な顔で【剣技】リストを見つめるラッシュ君。


「全力ゴリ押しでギリギリ行けるか行けないか……」

「運天任せは負けるフラグですよね」


 むにむにさんも真剣な面持ち。


「…………」


 それを、俺とおけさんは眩しいものを見るように眺めていた。


 まず、TRPGの前提が一つある。


「TRPGはテレパシー実験ではない」


 冗談ではない。

 冗談ではなく、それは一番重要で、そして忘れられがちな前提だ。


 ゲームマスターは全部を知っている。

 シナリオも。その裏も。数値がどのように動いているのかも。

 プレイヤーがどのように動けば「解決」するのかも。

 全部を知っている。


 知っているからこそ、それを知らず、一発勝負の場に立っているプレイヤーの心境を理解し得ない。


 言葉は発した先から虚空に消える。

 記憶もすぐに曖昧となる。

 書いたメモすらすべてを書ききる事は出来ない。


 それで「あの時伝えただろう」で納得出来る者はいない。

 ましてや、伝えてもいない物事は、当然ながら相手は知らない。


 それを、ゲームマスターは忘れてしまう。

 だから、ゲームマスターは忘れないようにしなくてはいけない。


 知らないし、理解出来ないし、考える時間も十分ではない。

 だからこそ、先んじて決まった「正解」は存在してはいけない。


 存在するのは、ベストを尽くそうと考え、楽しんだ時間だ。

 そして、それこそが「正解」なのだ。


 だからきっと、ここでどんな結論を出したとしても、エルフ師匠はそれをベストの「正解」とするだろう。

 それを茶番と呼ぶ人もいるだろうが、一つ確かな事がある


「だって、マスタースクリーンのこっち側は見えないでしょ」


 プレイヤーが楽しんだ事実。

 それがゲームマスターの勝利なんだ。


「まずは目的から考えよう」


 ラッシュ君が言った。


「この戦いの目的は『儀式の阻止』それでいいね」

「そうですね」

「問題なし」

「…………」


 場をまとめ始めるラッシュ君。

 実に『プレイヤー1』っぽい。


「それなら、こっちに向かってくる4体のゴブリンは無理に倒す必要はない」

「足の早いララーナが迂回してゴブリンシャーマンと一騎打ちというのはどうです?」

「最後の手かな、それは。ララーナが一人でゴブリンとゴブリンシャーマンに囲まれる事になる」


 並べたダンジョンフロアタイルの上で、メタルフィギュアを動かすラッシュ君。

 気分はまるでウォーゲーマー。

 今度ウォーゲームの集いに誘ってみよう。

 俺も参加するのはTRPG以上に久しぶりだ。


「敵の隊列を超える方法は……」

「【槍使い】スキルの特殊行動【突撃チャージ】で駆け抜ける。後は【盗賊】の【特殊体術】スキルくらいかな」


 特殊行動【突撃チャージ】は移動と攻撃を同時に行う特殊行動だ。

 行動回数を消費する代わりに、攻撃の威力が上昇。さらに「駆け抜ける」事が出来る。


「【剣士】や【格闘】スキルの【突撃チャージ】では出来ないんですよね」

「そのへんは差別化って奴だね」


 武器術スキルは、それぞれに使える特殊行動に制限がある。

 一般に【剣士】スキルは使える範囲が広く、各武器術スキルは数が少ない分尖った性能の特殊行動を使用できる。

 【槍使い】の【突撃チャージ】もその一つだ。


「槍にしておけばよかったかなぁ」

「それは後の祭りと言う奴で。後は、一時的にでも行動不能になっている場合」

「行動不能って、【催眠ガス】とかで眠った場合ですか」


 【催眠ガス】は0レベル【錬金術】の切り札だ。

 コストは重めで、ゴルンもシュトレゼンも【催眠ガス】を使えば錬金素材は切れてしまう。

 とは言え、D&Dの時代から、『スリープ』系の魔法は序盤の生命線。

 実の所、俺もおけさんも、この最終決戦のために【催眠ガス】一発分の錬金素材を残していたのだ。


 エルフ師匠が残すように調整していた。

 そういう部分もある。


「……それと、転倒状態。立ち上がるまでの間、突破出来る」


  エルフ師匠が付け加える。


「転倒か……出来るとしたら、【属性魔法】の【転倒】かな」

「後、【格闘】スキルの【投げ】もだね」


 【属性魔法】の【転倒】は、そのものずばり、目標一人を転倒させる魔法だ。

 【格闘】スキルは、素手戦闘を行うスキルだが、当然武器スキルよりもダメージは低い。

 その分、効果が特殊なものが多く、【投げ】は装甲無効でさらに相手を転倒させる。


「【格闘】スキルか……」


 ラッシュ君は、キラリと眼鏡を光らせる。


「それなら。まずは、ゴルンとシュトレゼンの【催眠ガス】。討ち漏らしを【投げ】と【転倒】で無力化。立ち上がる前に通り抜け。ゴブリン4体とゴブリンシャーマンの間に布陣」

「足止めだけならワシ一人で十分じゃぞ」


 ドワーフ声で保証する。


「それなら、ゴルンがゴブリン共を足止めしている間に、ゴブリンシャーマンに全力攻撃ですね」

「【格闘】スキルの【グラップル】がどうかな?」


 【グラップル】は相手の行動を阻害する特殊行動だ。

 【グラップル】を仕掛け続けられている限り、【移動】や【回避】、それに魔法は使用不能となる。



「【グラップル】で捕獲している間に、ロープかなんかでグルグル巻きにして無効化する。そんな感じでいきましょうか」

「いいですね。【グラップル】が駄目なら次善策でララーナの攻撃もあります」

「…………」


 ぐっ、とおけさんのサムズアップ。

 作戦は決まった。


「それでは、戦闘を開始します」


 待っていたかのようなエルフ師匠の宣言。


「ゴブリンは前衛3後衛1で接敵。鎧は着ておらず武器はナイフ。後衛の1匹は赤い宝石をつけた杖を持っている」

「うお、ヤバげな雰囲気」

「マジックアイテムですか」

「こうなったら、ぶっ倒すしかないわい!」

「まったく、【ドワーフ】は単純なんだから!」


 むにむにさんのツンデレエルフ演技もキレキレだ。


 ……赤い宝石をつけた杖かぁ……


 一つ、記憶にあるんだよな。そのマジックアイテム。


「ララーナは【行動を遅らせ】ます!」

「ゴルンの行動【催眠ガス】!」

「寝た、寝た、効かない、効かない」


 ままよ、と戦闘が開始される。

 ゴルンの放った渾身の【催眠ガス】は、前衛2体を眠らせる。


「前衛ゴブリン、ゴルンに攻撃。はずれ」


 そして、盾ドワーフにはそうそう当たるものではない。


「後衛ゴブリン。マジックアイテム発動」


 ……来たか……。


 俺は覚悟を決める。

 むにむにさんとラッシュ君もごくりとツバを飲み込んだ。

 おけさんだけが顔色が変わらない。


「【ファイアボール】。ララーナ15点、ゴルン17点、ラッシュ16点、シュトレゼン14点」


「「「あじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!」」」


 思わず声を上げる3人。


「一発で壊滅寸前だよ」

「キツい! このバランスキツいです!」

「よく全員生きてたなぁ……」


 【ファイアボール】は【属性魔法】4レベル魔法だ。

 ファイアボールと言えば、TRPGのダメージ魔法のスタンダードで、殆どの場合、プレイヤーが最初に手にする高威力の範囲攻撃となるだろう。

 F3でも事情は同じで、1レベルパーティが食らえば一発で壊滅してもおかしくない。

 予想通りあの杖は、一定回数だけ【ファイアボール】の魔法を使える【火球の杖】だった。


 その一撃で、パーティ全員【耐久力】は1桁前半にまで減らされてしまう。


「2発目を撃つ前に無力化するしか無い! ラッシュも【行動を遅らせる】」

「…………」


 シュトレゼンの【催眠ガス】。


「寝た、効かない」


 前衛ゴブリンがすべて倒れる。

 残るは杖を持った後衛ゴブリン。


「きっつ、きっつ」


 ラッシュ君の語彙力は殆ど壊滅している。


「ララーナの【属性魔法】、【転倒】。成功しました!」

「じゃあ、コケた」


 こてん、と後衛ゴブリンのフィギュアも倒れる。

 とは言えこいつは、次の行動で立ち上がってくるだろう。


「では、第2順。ララーナから」

「はい……えと、どうしよう……【転倒】のために待機がいいかな?」


 迷うむにむにさん。

 人間、後が無くなると迷いが出てくるのは仕方ない。

 この歳になってそれがよく分かった。魂で理解してしまった。


 とは言え、これはゲームの話。

 思い切りよく行きましょう。


「ええい。ここはワシに任せると言ったじゃろうが。さっさと行かんかい!」

「わ、分かったわよ。うるさい【ドワーフ】ね!」


 そう言う時には、キャラクターを演じさせるのが一番いい。


「ララーナはゴブリンを飛び越えてシャーマンに接近。弓で攻撃します」

「おっけー。ゴブリンシャーマンは儀式に集中していて回避できません」

「それなら命中。ダメージ9点!」

「ララーナの矢が刺さると、ゴブリンシャーマンの動きが一瞬止まる。それから、高らかに呪文を唱えて儀式を続ける。手の傷跡と、矢の傷跡から血が流れるほどに、魔法陣の光が強くなる」

「儀式のステージを早めちゃった?」

「次のラッシュの行動で【グラップル】するから大丈夫」


 どん、とラッシュ君が胸を叩く。


「その前に後衛ゴブリンの行動があるけど」


 にんまり笑うエルフ師匠。

 悪そうな顔にラッシュ君とむにむにさんの顔がひきつる。

 顔芸も上手いなぁ、エルフ師匠は。


「では、その前にワシが片付けるとしようかの。飛び越え際に後衛ゴブリンに【重撃】」


 【重撃】は多くの武器術スキルで使える特殊行動だ。

 【命中】にマイナス補正がかかる分、ダメージが増える。使う機会はかなり多い。


「転倒状態の相手なので、【命中】にプラスがつくのを忘れないように」

「了解。命中。ダメージ17」

「まだ生きてる」


 この一撃で倒せるはずも無い。

 この行動順で立ち上がったゴブリンを、次のラウンドでアイテム使用前に片付ける。

 その流れで行こうか。


「後衛ゴブリン。寝たまま杖を振り上げる」


 えー。


「えー」


 おもわず声が出ていた。

 いや、それってアリっすかね。まあ、確かにアイテム使用は転倒状態でも出来るけど。

 普通に全滅しますよ、エルフ師匠。


 焦る俺。いつもと変わらぬエルフ師匠。

 ころころと、マスタースクリーンのむこうでダイスを振る。


 ラッシュ君の顔が引きつる。

 むにむにさんは祈るように両手を合わせて目を瞑る。


「……ん。すると、発動しようとしていた【火球の杖】がバリン、と音を立てて崩れ落ちる。使用回数残ってなかったね」

「びびらせないで下さいよ」

「運が良かった。残り回数、1D6-4回にしてたから。5か6が出たら誰か死んでた」


 マスタースクリーンから取り出したダイスの目は4。そして、エルフ師匠の目が据わっていた。

 やべえバランスのゲームマスターだ。

 そう、知らない人は思うだろう。


 俺も一瞬そう思った。


「よーし。運はこっちにある。一気に決めるぞ【グラップル】。成功!」


 冷や汗を拭ってラッシュ君。


「じゃあ、ゴブリンシャーマンを拘束した」

「それじゃ、こいつをみんなで簀巻きにして……」


「……【治癒ヒール】」


 そして、ラッシュ君の言葉を遮って、おけさんがした宣言は。

 ゴブリンシャーマンに対する【治癒ヒール】の使用だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る