セッション6 ありったけの夢航路(1)

 マスタリングの技術指南というヤツは、昔っからあった。

 なんちゃら先生論だとか、なんとかテクニックだとか。

 よりドラマチックに、より面白い、より上手くプレイヤーを騙すテクニック。

 みたいなヤツ。


「個々の技術より重要なのは、コンセプトをしっかりする事だね」

「コンセプト、っすか。ダンジョンシナリオとか、シティアドベンチャーみたいな感じっすかね」


 いつもの俺の部屋。今日はラッシュ君と男同士の差し向かい。

 そういうのもまた、楽しくていいと思う。


「そうだね。分かりやすく言うと、『こうやって楽しんでくださいね』を明確にする感じ。ダンジョンなら、戦闘でもいいし、ギミックやトラップを解くやつでもいい。特にここ、これを攻略してもらうためにシナリオを組んだんだ。みたいなのが言えるなら一番だね」

「選択と集中的な」

「そんな感じ」


 ラッシュ君は大学生で、学校ではオタクである事は隠していると言う。

 サークルなんかもスポーツ系で、学校も優等生として通っているとの事。

 なるほど、女性相手でもグイグイ入っていけるのに、距離感はしっかりしているのはそのせいか。

 服装も小洒落たもので、休みの日にもシャツとジャケットで通す俺とは大違いだ。


 そんなワケで、ラッシュ君は生徒としても優秀だ。

 要点を伝えれば、自分で考えて結論を出してくる。


 うむむ。仕事で下にいるタマゴ連中どころか、2、3年目くらいの俺より優秀かもしれない。

 一瞬部下に欲しいと思いもするが、これだけ優秀なら、ウチよりもっといい所で活躍して欲しくもある。


「まあ結局、やりたい事を明確にするって事だよね」

「でも、今回海洋冒険シナリオっすよね?」

「そこはもう、なんとでもなるから。航海の途中で行き着いた島で冒険とかでもいいし」

「ワンピースみたいっすね」

「アレも航海シーンには苦労してるよね」


 リアルの話をしてしまうと、航海というのは基本的には単調なものだ。

 考えてみればその通りで、何事も起こさないために計画を立て、その通りになるように努力する。

 嵐の時なんかはそうでもないけれど、その時はその時で忙しすぎるし、ワンミス沈没だ。

 さらに船の事になると、専門用語は多いし、どうしてそう動くのか、知識が無いと分からない。


 なので、凄い技術の応酬をする海戦を描かれたとしても、船や海に興味が薄い読者には何が凄いのかよくわからない。

 海洋冒険ものが難しいのはその辺にある。


 これはTRPGでも同様だ。

 同様、というかもっと大変といっていい。


 退屈で単調な航海の様子をそのままシナリオにしてしまったら、それは退屈で単調なダイスを転がすだけのセッションになってしまう。

 しかも、参加出来るのは【操舵】だとかのスキルを持つ一部のプレイヤーキャラクターだけ。

 他のプレイヤーは、地蔵のように座ってセッションが終わるのを待つ事しか出来ない。

 典型的な失敗シナリオの完成だ。


「船を襲うジャイアントオクトパス! なんてのはアガるんだけどね。そいつを進行上必要なイベントにするのが難しい」

「なるほど。巨大生物襲撃はやりたかったんすけど……」

「それなら、それがメインになるようなシナリオにするかな」


 言ってから、うーんと首をひねる俺。


「というか、ラッシュ君はどんな感じのがやりたいの?」

「なんとなくぼんやりっすけど。やっぱ、海を進んでいる感じというか、マップを端から埋めていく感じのヤツが」

「ネオアトラスみたいな?」


 俺のたとえに、ん? みたいな顔をするラッシュ君。

 いそいそとスマホを取り出し検索をかけ。


「そうそう。こんな感じのヤツっすね。紆余曲折しながら、なんか面白げな地図が出来たりしたら最高っすね」


 うむ。最近の人にネオアトラスは通じないか。

 パソコンゲームの名作だったんだけど。時代の流れというものは残酷だ。


「新作も出てるみたいっすよ」

「大分様子が変わってるなぁ……」


 ラッシュ君のスマホの前で昔話で盛り上がる。

 グラフィックの進化もまだまだのあの時代、想像力だけを頼りに俺達は冒険の旅に出たものだった。


 おっとっと、今はそんな事をやってる場合じゃない。

 ラッシュ君のシナリオの方向性を決めるのが先だ。


「それなら、ミニシナリオ系でもいいかな」

「簡単なシナリオを沢山用意して、って感じっすか」

「まあ、そんな感じ。一つのミニシナリオは、トラップ1個解除とか、戦闘1回だけとか、そんなくらい。毎回リソースは全回復。用意したミニシナリオを全部クリアとか、それぞれに設定したポイントが一定数まで達したらセッション終了とか」


 これの最大の利点は、シナリオの『お話』を考えなくても良いという事だ。

 ちょっとばかり取り留めが無くなるのが難点だけど、その辺は航海の進行度という部分で補う事も出来る。


「……んー。それなら、発生イベントをランダムにして。ああうん、なるほど。発生するイベントそのものもランダム化させたら面白そうだな。後はそうか、進行度もちょっと工夫してっと……」


 顎に手を当て思案するラッシュ君。

 真剣なその口ぶりは、すでに俺たちの前で見せるキャラ付けを失っている。

 こうして見ると、普通の大学生にしか見えない。


 いや、TRPGをやっているからと言って普通じゃないというのもナンではあるけれど。


「うし。セッションの筋道は立ちました。後はデータを作ってまとめるだけですね。ありがとうございます」

「いいって。俺に手伝える事ある?」

「セッション中にお願いする事があるかもしれませんが。その時は連絡します」

「うん。何かあったら遠慮なくね。初ゲームマスターなんだから、周囲には頼っていこうよ」


 俺も初のゲームマスターの時は、散々に緊張して、それはもう酷いセッションを演じてしまったものだった。

 ラッシュ君は俺よりもよっぽど優秀だけれども、それでも上手く行くのなら、それに越した事は無いからね。


「はい。それじゃちょっとデータチャートを作るんで手伝いお願いできますか……」


 かくして、メモ用紙とルールブックに向き合う男二人。

 セッションに使える立派なチャートが出来るには、まだまだ時間がかかりそうだった。

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