幕間 ラッシュの決意
「もうキャンペーンも佳境なんすよねぇ」
セッション成功を祝する鍋をつつきながらラッシュ君が言った。
最近、通販で買った仕切り付きの鍋だった。
大きめの金属鍋が半々になるように仕切りを入れられるやつだ。
真っ赤なキムチ汁と、白濁豆乳スープが太極マークを作ってくつくつと煮えている。
「そだね」
あちちと、白い方に箸を突っ込みエルフ師匠。
さっきから豆乳スープの方しかとっていない。
「エルフ師匠。キムチ鍋の方も美味しいですよ」
「辛さもそれほどじゃないわよ。あー、お酒がすすむ」
「おけさんはちょっと抑えようか」
「大丈夫大丈夫。程度は弁えてるし、ドワさんが送ってくれるから」
けたけたと笑うおけさん。
いやまあ、女性陣を送る事を考えて、俺はアルコールを控えているけどね。
「キムチを食べると次の日おなかが痛くなる……お前らもそうなる……必ずだ」
ぶすっとした顔でエルフ師匠は言う。
見た目の変わらぬエルフ師匠だけど、内臓器官は歳を重ねているらしい。
……そうはなりたくないよねぇ。俺、キムチ好きだし。
しみじみ思いながら、辛子で真っ赤に染まった肉を食う。
うまい。
食える内に食っておこうと思う。
「まあそれで、キャンペーンも佳境じゃないっすか」
再びラッシュ君が言う。
おっと、何かいいたい事があったらしい。
年寄りトークで流しちゃいかんな。
「今回のセッションで船が出来たから【竜の護る海】を超えるヤツで1シナリオ。【世界の中心で燃える石】ゲットで1シナリオ。後はエレンデル姫を復活させたところで1シナリオをやるかどうか。って感じかな」
「そだね」
はふはふと、柔らかくなったしめじを飲み込むエルフ師匠。
当人としては、食べる事に集中したいらしい。
「後、2、3シナリオくらいかぁ……」
「何かあるの?」
「ちょっと寂しいですよね。終わっちゃうっていうのも」
「それはほら、終わったからってキャラが使えなくなるワケでもないし。別のシステムをやってもいいしね」
むにむにさんに答える俺。
そしてラッシュ君は思案顔。というか、言うべきかどうかを考えているような感じ。
「要望あるなら応えるよ。というか、セッション前に要望を出してくれた方がゲームマスターとしてもありがたいから」
まあ、応えるのは主にエルフ師匠になるんだけど。
「ああいや、要望とか無いっすよ。ただほら。ゲームマスター、やってみたいかなって……」
「採用」
エルフ師匠はビシッとラッシュ君を指差す。
いや、要望受付けるのはエルフ師匠とは言ったけど……。
「……え? なに……?」
イマイチワケの分かっていないラッシュ君。
「次のセッションのゲームマスターとしてラッシュ君を任命する。これは決定事項である」
言った頃にはもう、エルフ師匠は鍋をつつく作業に戻っていた。
「決定と言ったんだから決定」
鍋をつつくその姿が、エルフ師匠の意思を雄弁に語っていた。
「いいんすか。キャンペーンも佳境じゃないっすか。そんな時に、初心者ゲームマスターなんかで」
「決定だし」
「いいんだよ。別に俺達はプロだとか、他人様にお見せしているワケでもないんだ。失敗なら失敗で楽しいし、上手くいったら万々歳だよ」
俺達は他人から金を貰ってTRPGをプレイしているワケではない。
そのスタンスは重要だと思う。
俺たちの時代には『リプレイ本』というものがあり、今では『プレイ動画』というお手本がある。
それらは読み物としても面白い。TRPGに興味を持つ入口としてこれ以上ないものだ。
だけれども、その面白さは諸刃の剣でもある。
ほとんど全てのプレイヤーは素人で、咄嗟に面白いリアクションやプレイングなんて出来るものじゃない。
そもそもリプレイや動画にしても、面白い部分を強調して編集されている。
だから、その『お手本』どおりを毎回出来るなんて望むべくもない。
俺たちはただ、仲間と趣味のお遊びをしているだけ。
大人になると、このスタンスの重要性というものがよく分かるようになる。
「うっす。頑張ってみます」
緊張した面持ちで、ラッシュ君は鍋に向かう。
辛いキムチ鍋もロクに味を感じていなさそうな雰囲気だった。
「とゆーことで。ドワさんフォローよろしく」
あ、やっぱりそうなるのね。
「失敗してもいい。と、失敗しろ。は別物だし」
得意顔で言うエルフ師匠。
とは言えエルフ師匠の言う通りでもある。
やってみせ、言って聞かせてさせてみせ。それから褒めてやらねば人は動かじ。
昔の人はいいことを言った。人を育てるというものは大変なのだ。
「お願いできますかね?」
「了解。上手く出来るかは分からないけど、協力は惜しまないよ」
鍋越しに握手を交わす俺とラッシュ君。
それで決定。
いい加減な感じだけれども、そんないい加減さもTRPGの華でもある。
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