セッション4-10 ミノタウロスの迷宮(9)

「次、最後の未探索。東ポイント」


 むにむにさんとラッシュ君の撤退宣言を聞くや、エルフ師匠はそう言い切って、またもや机の下でゴソゴソ始める。


「早っ」

「不要な途中経過は省けって、どこのゲームマスター入門でも言ってるし」

「不要……ですかね」

「なんかやることある?」

「……思い当たらないです……」

「じゃ、こんなのが出た」


 そう言って、エルフ師匠は厚紙をまた取り出す。

 今度は早かった。

 机の下の悪巧みは別段無いという事だろうか。


「えっと……扉? の壁画ですか?」


 厚紙に描かれているのは明らかに扉っぽい文様だ。


「扉っぽいと言うか、扉そのものだよ。なんかすれば開きそう」


 エルフ師匠はそう言って、扉部分を開いたり閉じたりしている。

 今回の壁画シリーズ。エルフ師匠的にはお気に入りらしい。

 もしくは、手間をかけたのでアピールせずにはいられないのか。


「はいはい。エルフ師匠動かさないで。扉の文字が読めない……えっと……?」


 カパカパ続けるエルフ師匠の手を掴んで止めて、扉に書かれた文字を読む。

 書いてあるのは以下のとおり。


『唱えよ、友。されば開かれん』


「メロンメロン!」

「ほい、開いた」

「モリアか」

「中にバルロンいる奴ですよね」

「うちはバルログ世代だなぁ」

「そっちだと、爪つけてヒョーって言う奴のイメージ強いっす」


 ピンと来ない表情で言うラッシュ君。

 おのれカプコン。

 俺達世代だと、むしろバルロンの方がピンと来ない。

 これがジェネレーションギャップという奴か。

 というか、ジェネレーションギャップと言う言葉も何だか最近聞かない気がする。


「まあ、とりあえず『友』の1単語で開く扉を発見と」

「そうなる」

「追加ダンジョンですか?」

「じゃなくて、脱出路」


 むにむにさんの質問に、あっさり答えるエルフ師匠。

 さすがにそれを答えていいのか?


「ここを抜けるとどっかに出る」

「どっかってどこです?」

「ひみつ」


 エルフ師匠ははぐらかすが、いくらなんでも明らかだ。

 『友』のコマンドワードで開く坑道と言ったら、俺達の中では1つしかない。


「ドワーフの本拠地への直通路とかっすね」

「まあ、あたり」

「それしか無いですもんね。って事はだ。このダンジョンで【ドワーフ王の斧】を手に入れて。それを破片で偽装して。【世界樹の枝】を受け取って、ここから脱出。その流れか」


 【世界樹の枝】はダンジョン内にあるのか、それとも成功報酬なのかは、まだ分からない。

 分からないが、脱出路があるくらいだから、ダンジョン内にあると見た方がいい。


 エルフ師匠の事だ、追い立てられるように脱出路に逃げ込むような展開だろう。

 まあ、俺は慣れたものだし、ラッシュ君もむにむにさんもだいぶ慣れては来ているし、そういうセッションも悪くない。

 悪くないというか面白いと思う。


 けれどもまあ。ちょっと他の卓の雰囲気と言うか。

 もっと、ダラダラグダグダと、プレイヤーの自主性に任せるようなゆったりとしたセッションというのも、いつかは見せてあげたい所でもあるが。

 エルフ師匠のマスタリングは、俺の世代からしてもだいぶ極端な方だしな。


「ところでそろそろアランソンが来るけど」

「退避します」


 かくして、ダンジョンに戻るプレイヤーキャラクター達であった。


「ダンジョンの外ではアランソンがブチ切れてる」

「ヘイヘイヘイびびってる~!」

「戦いたいなら入って来ればいいんですよー!」

「煽るな煽るな」


 手拍子を交えて煽りを入れるラッシュ君。

 妙に手慣れた感じなのは何だろう。昔何かやってたとかだろうか。

 いや、手拍子で煽る杵柄とか聞いたことも無いけれど。


「ここで入ってきてくれたら、むしろ御の字っしょ。アランソン1人ならなんとでもなる」

「ま、勝てるだろうけどさ」


 アランソンの能力値、確か聖都軍の部隊長基準で、今となっては大した敵ではない。

 ただそこから、エルフ師匠がアランソンのステータスを成長させてはいるだろう。

 というか、名前もしっかり覚えていなかったあたり、完全新規でデータを作っていると見ていいだろう。

 当然かなりのシビアなバランス。

 シビアって言うか。多分、プレイヤーがギリギリ負けるくらいのステータス。

 それで、マスタースクリーンの裏側でゴニョゴニョして調整。

 そういう感じな気がしてならない。

 下手すりゃ死人が出てもおかしくない。


 【死者復活】の魔法は上位の【白魔法】だ。

 勿論、プレイヤーキャラクターがそのレベルに達するには、相当な数の冒険をこなさないとならないし。

 大体、うちのパーティには【白魔法】の使い手はいない。


 【黒魔法】で死者を動かす系統のものもあるにはあるし、その内のいくつかはシュトレゼンも使えはするが、「死体を動かす」とか「死体に悪霊を憑依させる」とか、そんな感じのものしかない。


 結局、コネとカネをどっかから調達してこないと話にならないと言うのは、現実もTRPGも変わらないのだ。


「戦わないに越したことは無いだろう。さて、次の探索だ」

「次はどっち? アランソンポイント?」


 いちおう、という雰囲気で聞いてくるエルフ師匠。


「そっち以外の何があると?」

「中央を先に探索するとか」

「それに何の意味が」

「いちおう聞いてみた」


 聞いてみただけか。

 さっき、強引気味に展開を進めたのを気にしているのかもしれない。

 ラッシュ君もむにむにさんも、気にしている様子もないけれど。

 というか、そんな事があった事も既に忘れている感もある。


 健忘症と言うなかれ。

 セッション中のプレイヤーの記憶力などそんなモンである。

 三歩進めば目的を見失い、五歩進めば殺戮が目的にすり替わる。

 実際そんなモンなのだから恐ろしい。

 歴史上のコンキスタドールとか、傭兵だとかを笑えない。


「地上マップの探索を先にします。中途半端に残っているとなんか気持ち悪いし」

「同意っす」

「私もそう思います」

「…………」


 俺の提言に、皆が揃って頷いて。


「じゃ、アランソンポイント」


 エルフ師匠は、そう言ってドデンと厚紙を取り出す。

 今回はガサゴソは無し。

 相談はもう終わったと言う事か。

 それとも何かギミックが残っているのか。

 考えてみてもしょうがないか。


「この、【ミノタウロス】の部分から浮かし彫りになってるから」


 壁画に描かれているのは、【ミノタウロス】が巨大な【ゴルゴーン】と戦っているシーン。

 両手で握るのは巨大な斧。

 【ゴルゴーン】の蛇の身体が切り刻まれている。

 そんな光景だ。


「斧も壁から浮かし彫り。【ミノタウロス】の両手に握られているだけだよ」


 別の紙で作った【ミノタウロス】と斧をふりふり動かすエルフ師匠。

 やっぱり相当気に入ったらしい。


「やっぱこれが【ドワーフ王の斧】っすかね」

「この流れではそうだろうね。取っちゃっていい?」

「あ、【職人】で判定しましょう。罠があるかも」

「もちろん、【職人】で確認しつつ斧を抜く。ロールは【技量】で?」


 ダイスを握る俺。

 しかしエルフ師匠は首を横に振る。


「ロールはいらない。罠や仕掛けはない。斧は抜けない」


 無情にそう言い切った。

 抜けないってアンタ……。しかもロールもさせてくれないって。


「【ミノタウロス】の像と斧は別になっているから、回したりは出来る。ただ、しっかり握られていてとれない。引っ張っても石突き側も飾りがあるから抜けない」


 ああ、そう来たか。


「これは……壊すやつっすかね」

「攻撃したら反撃してきそう」

「【ミノタウロス】じゃなくて【ゴーレム】戦だったかな」


 この手の像を使ったトラップは何だか出てくるだけでもテンションが上がる。

 大体、近づいたり何かすると動き出すやつ。

 ガーゴイルなんかが、そのいい例だ。

 そんな訳で、出てくる像を片っ端から破壊するプレイヤーが出て来て。

 それに対抗するために、中空の像に毒ガスを入れたり、攻撃すると爆発する像のトラップを出しはじめて……みたいなイタチごっこがあったものだ。


 そういう、メタの張り合い騙し合いというのものも、やっている時は楽しいものだった。


「警戒しながら像に接近……はもうしていたか」

「ガーゴイルなら、もう攻撃してきてる」


 たるんどるよチミぃ。みたいな口調でふんぞり返るエルフ師匠。

 おけさんとの悪巧みも一段落ついたのか、今度は積極的に俺をいじりに来る。

 非常にうっとおしい。

 とは言えまあ、俺の反省すべき部分もある。


「確かに抜けてたなぁ」

「動きそうな物はすべて動くものと知れ。そう教えたはずだが?」

「教わってませんよ、そんなの」


 『物体があると宣言した時は、とりあえずそれを動かせ』とは教わった。

 プレイヤー側からしてみれば、わざわざ描写された『それ』には、何か意味があるのだと。そう期待するからだ。

 ダンジョンの中の像が動いて襲いかかってくるのも。そう思わせて罠を仕掛けておくのも。つまりはそういう事情があっての事だ。

 警戒も対策も、結局は期待あっての事で、それに応えるのが良いゲームマスターというやつなのだ。


「じゃあ、【ミノタウロス】の像を調べる事にしますか。大きさとか特徴とか?」

「像は継ぎ目も関節も無い、極めて写実的な【ミノタウロス】の彫像。えっと、それでね……」


 と、言いながらエルフ師匠はルールブックをめくり始める。


「お、あったあった。身長は15フィート。毛足の長い牛、かっこバッファローのようなかっことじ、牛の頭部を持つ……」

「待って待って、エルフ師匠。それ【ミノタウロス】の説明文?」

「【ミノタウロス】じゃなくて上位種の【フンバハ】だけどね」


 けろりとした顔でエルフ師匠は白状する。

 白状するというか、そもそも気付かせるつもりでやった事だろう。


「つまりこれ、石化した【フンバハ】と?」

「かもしんない」


 俺の質問に、ニマぁと笑って応えるエルフ師匠。

 その顔が正解だと言っている。


「【レジェンダリー・ゴルゴーン】と戦った【ミノタウロス】が【フンバハ】で、これはそれが石化した姿って事なんですかね」

「なんでそんなモンがここにいるんすかね」

「よく分からんなぁ。とりあえず、腕とか指とか壊せそうですか?」

「無理。【耐久力】ひゃくおくまん点」

「じゃあ無理だ」


 分かりやすくてとてもよろしい。


「なんでその【フンバハ】がここに、というのもそうだけど。どうやって【ドワーフ王の斧】を手に入れるのかも考えないとな」


 うーん、と腕を組む俺。

 ラッシュ君とむにむにさんも考えて始めて。


「…………」


 おけさんが、ラッシュのキャラクターシートのアイテム欄を指差す。


「ああ、そうか。そういやあったっすね」


 なるほどと頷く一同。

 おけさんが指し示したのはラッシュが所持する【石化解除薬】。

 盾を元の姿に戻すために渡されていたアイテムだ。


 今になって思い出してみれば、【水鏡の盾(石化)】を手に入れた後、やたら急いで次のポイントに移動させられた。

 なんとなくそのまんま、【水鏡の盾】の石化解除を忘れていたけれど、あれはここまで【石化解除薬】を温存させるための誘導だったのか。


「【フンバハ】を復活させて、【ドワーフ王の斧】を貰うイベントっすね」

「手加減されて戦って、実力を認めさせる感じですね」


 【レジェンダリー・ゴルゴーン】と戦ったと言うならば、敵という事も無いだろうしなぁ。

 何より、正確なデータは覚えていないけど、【フンバハ】はガチガチに強力な脳筋モンスターだ。

 たしか、ステータスだけならば【ドラゴン(グレートワーム)】に匹敵したはずで、当然ゴルン達のパーティに億に一つの勝ち目も無い。

 まあ、範囲攻撃の【特殊行動】一発で全滅だろう。


「じゃあ、ラッシュの【石化解除薬】を【ミノタウロス】の像に振りかける。でいいかい?」


 一応確認。

 この面子では無いだろうけれど、確認せずに先走ってパーティ全滅の責任を問われる、みたいな事も稀によくある。

 TRPGはゲームである以上、「負け」た時には面倒な人間関係が発生しがちだ。

 こういう一つ一つの宣言や確認が、問題を未然に防ぐのは、リアルもゲームも変わらない。


「いいっすよ」

「それで問題有りません」

「…………」


 3人が頷くのを確認して、俺はエルフ師匠に向かって言う。


「では、ラッシュから【石化解除薬】を受け取って、ゴルンが【ミノタウロス】の像に薬をふりかけます。他の3人は距離をとって……とってるんでいいよね?」

「すぐに動けるように構えておくっす」

「同じく弓を構えます」


 エルフ師匠が用意したついたての前に、メタルフィギュアを置く俺達。

 俺が壁の真ん前。

 3人は、少し離れた後ろで横一列になって待機する。

 ついたてとの縮尺がちょっと違うけど、やっぱりモノがあると臨場感が違う。


「ん、他に宣言ない? じゃあ、ふりかけた。石化した表面にビシビシって亀裂が入って、中から生の肉体が現れる。【ミノタウロス】よりも一回り巨大な上位種【フンバハ】が固まった身体をほぐすみたいに動き出す」


 珍しいエルフ師匠の情景描写。

 いつもならもっと、あっさり描写を進めるはず。

 一応この辺は、ムービーシーンイメージでしっかり作ってきたんだろうか。


「君たちを見下ろす【フンバハ】の瞳は理性的で、一通り身体が動く事を確認すると、落ち着いた低い声で喋りはじめる」


 そこまで言って、エルフ師匠は妙なものを取り出す。

 プラスチック製のちゃちなオモチャで、マイクとスピーカーらしいものがついている。

 エルフ師匠はそいつの電源を入れると、マイクに向かった話しはじめる。


『永らく、君たちが来るのを待っていた――』


 響いてくるのはザラついたような低い声。

 ボイスチェンジャーまで持ってきたよこの人。

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