セッション4-9 ミノタウロスの迷宮(8)

「んじゃ次。どっち?」


 俺達が気圧された一瞬で、エルフ師匠は元通りのテンションに戻っていた。

 いつものぶっきらぼうな口調で、地上マップを指差し言った。


「こっちはアランソンがいた方。こっち選ぶとその次は最初の入り口になる」


 エルフ師匠が指差すのは南西側の出入り口。

 なるほど、そこを選ぶと必然的に順路が決まって、次は俺達が【ミノタウロスの迷宮】に入った東側地点になる。

 ちなみに、地下マップ的には進む方向は東方向。

 すげえ分かりづらい。


「つまり、アランソン→入り口→未探索A→未探索Bの順か、未探索B→未探索A→アランソンの順か、と」

「そうなる」

「どっちが良いんですか?」

「どっちでもいいよ?」

「ゲームマスターが言うと裏を感じるっす」

「そうだね(暗黒微笑」

「かっこあんこくびしょう、とか自分で言わないで下さい」


 まあ、馬鹿な掛け合いはそれくらいにしてもだ。さて、どうしたものか。

 多分、どちらでも結果は変わらないと思うのだけれども……。


「ラッシュ的にはアランソンポイントは最後がいいと思います」

「そのこころは?」

「入り口の探索は不要っすよね?」

「うむ」

「エルフさん、ゲームマスターが言っていいんですか?」

「無駄な探索を減らすのも良いマスタリング」


 エルフ師匠のマスタリングは特殊な例ですので、初心者は真似をしてはいけません。

 エルフ師匠は特殊な訓練を受けたマスターです。


 注意書きはともかく、ラッシュ君の言う事ももっともだ。

 無駄な探索はしない方が良いだろう。

 何より、プレイヤー側の提案は出来るだけ乗るのが良いマスタリングだ。


「うん、ゴルンに異存は無いよ」

「ララーナも大丈夫です」

「…………」


 同意を示す一同。

 それを見回してから、エルフ師匠は宣言する。


「じゃ、こっち。南東ポイントね」


 言ってから、エルフ師匠は再び机の下でガサゴソ始める。

 いや、何やってんだこの人。


「何やってんすかエルフ師匠」

「いや、シナリオギミックを出してる」

「なら、予め出しておきましょうよ」

「見られるじゃん」

「見られて大して困るモンでも……っ痛て」


 ぺちんと音を立てて、エルフ師匠が机の下の俺の足を叩いてくる。

 と言っても痛いという程でもない。叩かれてびっくりして思わず声が出ただけだ。

 まったく急になんなんだ。


 と、思って足元を見ると、叩かれた場所に付箋が1枚。

 その表面に


「シナリオ進行して」


 と書かれている。


「……はぁ……」


 少し考えて、ようやく状況を理解した。

 机の下の秘密のお手紙と言うやつだ。

 他のプレイヤーに内緒で指示や情報を与えたり、逆にプレイヤー側からの秘密の宣言を受付けたりするやつだ。

 古くは、「ちょっとトイレ」とか「ちょっと外まで」と言うやり方でも使われていた。


 ちなみに、何の意味も無く「ちょっと外まで」と呼び出され、他のプレイヤーの疑心暗鬼を煽るという手法もある。

 こういったやり方、好きなゲームマスターは本当に大好きである。

 プレイヤー同士で戦えと煽るその姿はまさしく悪魔そのものだった。


 ちなみに俺はまずやらない。

 エルフ師匠もあまりやらないはずなんだけれど、さっきから机の下でガサゴソやっていたのはそういう事か。

 誰かと机の下でやりとりをしていたのだろう。


「…………」


 その『誰か』が、俺に向かって空気を読めと無言のプレッシャーを与えてくる。

 いやまあ、分かるけどね。

 こういう秘密の悪巧みは楽しいけどね。


 やるなら俺も混ぜてくれよと思ったりもする。


「じゃあ、待ち時間の間に宣言しておくと。最初に俺が言ったやつ。今回の破壊対象の斧は壊しちゃだめな奴だから、そこはよろしく。ドワーフの宝物で、【世界樹の枝】の加工の必須アイテムだから」


 それはそれとして。

 エルフ師匠とおけさんが、公然と秘密のやり取りをしている時間を稼ぐ意味で、俺はラッシュ君とむにむにさんに別の話を振ってみる。


「重要アイテムっぽいっすからね。壊せってのはおかしいと思ったっす」

「手に入った強力アイテムを簡単に捨てるプレイヤーはいないからねぇ」


 シナリオギミックで使われるマジックアイテム類は、ギミックが終わっても出来れば持って使いたい。

強力なアイテムならなおさらだ。

 そういう欲求をちゃんと理解するのがいいマスタリングというものだ。


「なんで、【ミノタウロス】を倒す。斧を回収する。なんかズルして斧を破壊したように見せかけて【世界樹の枝】をゲット。そんな感じで行きたいんだけどオッケー?」

「ラッシュはオッケーっす」

「ララーナもです。えっと、これは後で話す予定だったんですが、破壊した斧のダミーも用意してあります」


 右手を上げてむにむにさんが言う。

 破片まで用意してあるあたりが、エルフ師匠のシナリオらしいところだ。

 ここで、誤魔化す方法をプレイヤーに任せると、どうするこうする、どこで調達する、どうやって調達する。そんな感じに議論が始まってシナリオが止まってしまうものである。

 実際やってみると分かる。こういう細かい心遣い、俺もちょくちょく忘れてしまう。


「実は、この【ミノタウロスの迷宮】に【ミノタウロス】はいないんです。いえ、いるんですが石化していまして」

「【レジェンダリー・ゴルゴーン】との戦いで相打ちになった的な感じっすかね」

「そうです。戦って手傷を与えて封印したけれど、【ミノタウロス】の方も石化を受けてこの迷宮に安置されている。という感じです」


 そう言えば、斧も石化してたもんな。

 となれば、【ゴルゴーン】絡みというのも納得がいく。


「ララーナの個別導入です。ララーナのエルフ氏族は【レジェンダリー・ゴルゴーン】の封印をしています。ただ、封印の制約みたいなのがありまして。例えば【ゴルゴーン】と戦ったりは出来ないんです」

「戦ったらどうなるんすか?」

「封印が破れて【レジェンダリー・ゴルゴーン】が復活します」


 意外に責任重大だった。

 というか、前回セッションで普通に【ゴルゴーン】と戦ってたらどうなった事やら。


「後、【レジェンダリー・ゴルゴーン】からもエルフは監視をされています。封印の制約とその関係で迂闊な動きが出来ないので、ドワーフ側からは裏切ったと思われて敵対してしまいました。今回、試練という名目で【ドワーフ王の斧】を破壊したと【レジェンダリー・ゴルゴーン】に思わせた上で、密かに持ち出して、ドワーフとの共同戦線を復活させたい。そんな感じです」


 おお、なんかファンタジーみたいな設定だ。

 いや、ファンタジーだけどね、F3は。

 エルフ師匠は結構、背景設定は凝ったのを作るので、らしいと言えばそれらしい。

 ただまあ、物凄い濃い設定はあるが、セッションはひたすらダンジョンアタック。みたいなマスタリングなので、いまいちそういうイメージは薄い。

 エルフ師匠的にも、今回のは試しに色々やってみよう。みたいな感じなのかもしれない。


「ラッシュの個別は簡単っすね。【ドワーフ王の斧】以外にこの迷宮には、強力なマジックアイテムである【水鏡の盾】があるので是非ゲットしよう。って感じっす。こっちも石化しているんで、石化解除薬も持ってるっすよ」


 ラッシュ君の方はシンプルこの上ない。

 初心者的には、むしろそっちの方が分かりやすいかもしれない。

 迷わないでゲーム進行に集中出来るというのは、それだけでアドバンテージだ。


「つまり纏めると。今後の方針としては、【ミノタウロスの迷宮】内のどこかに安置されている【ミノタウロス(石化)】を発見して、それが持っている【ドワーフ王の斧】と【水鏡の盾】を手に入れる。そんな感じかな」

「それはどうだろう。とりあえず、南東ポイントの壁画」


 とりまとめる俺を遮るように、エルフ師匠は机の下から顔を出す。

 次いで、どでんと出した厚紙には、やっぱり壁画らしいイラスト。


 円盤型の盾を構えた【ミノタウロス】が、【ゴルゴーン】の目から出ているビームを受け止めている。

 受け止めているというよりは、ビームを反射している感じ。

 【魔法反射】とか【視線反射】みたいな効果がついていると言うことか。


「んで、壁画の盾はホントの盾。石化しているけど」


 盾だけ別の厚紙で作った力作であった。

 エルフ師匠、割とこういう凝ったの好きだよね。


「【水鏡の盾】がこれって事でいいんすかね?」

「多分ね。【魔法反射】がついていれば、かなり強力なアイテムだけど」

「石化してるんじゃわかんないっすよねぇ。まあ、とりあえず取り外す……でいいっすか?」


 俺達を見回して確認するラッシュ君。

 頷くむにむにさんとおけさん。


「まあ、とりあえずゴルンが【職人】で調べてからかな。ここで罠があっても困るし」

「……それは……」

「エルフ師匠なら設置するでしょ? ここに罠」

「うん」


 素直に頷くエルフ師匠。こういう人だから油断は出来ない。

 そのまま流れで手を出したものならば、面白おかしい痛い目を見せてくる事だろう。


「えっと【職人】。【技量】でいいですかね?」


 エルフ師匠に確認してからダイスを振る。

 出た目は13。かなり際どいが成功だ。


「うん、それじゃ動かすと置くの方で仕掛けが動くのが分かる。センサーは重さ」

「素早く引き抜いて同じ重さのものを入れればいいやつ?」

「そういうやつ」


 インディ・ジョーンズだ。


「失敗すると巨石が転がってくる」


 やっぱりインディ・ジョーンズだった。


「何故巨石?」

「……何故……?」


 若者2人はいまいちピンと来ていない。

 名作だから履修しろ、というのはやっぱり年寄りのワガママなのか。

 まあなんか、ちょっと寂しい。

 小ネタを共有出来るかどうかというのも、TRPGセッションには重要な部分ではあると思う。


「同じくらいの大きさ重さというと?」

「大きさラージシールド」

「じゃあ、ラッシュの【スパイクシールド】?」

「ゴルンも【シールド】持っとるが……これが【水鏡の盾】だとして、使うのはラッシュか」

「盾2個もいらないっすしね。じゃあ、入れ替えるっす。ロールいります?」


 言いながら、ダイスを握るラッシュ君。

 ふむと、考える様子のエルフ師匠。

 机の下に置いたおけさんの手が、エルフ師匠の方に動くのが見える。


 おけさん、普段黙ってると思ったら、裏でこういう事やっていたのか。

 意外と気付かないものである。


「ん。じゃあロールはいらない。ラッシュが素早く盾を交換すると、【スパイクシールド】は壁画に収まった。で、これ。【水鏡の盾(石化)】のデータ」


 エルフ師匠がデータを示す。

 【水鏡の盾(石化)】。データ的には【ラージシールド+1】。

 盾自体の耐久力は無限(ゲーム的処理)。攻撃魔法に対しても【防御】を行う事が出来る。

 単純な防具としてもかなり強力なアイテムだ。


「で、巨石は落ちてこないけど。今度も祠がピカーっと光って、光の柱が店に向かって伸びていく。しばらくすると、光は尽きて、地下で何かがうごめくような感じがする」


 うーん。

 このまま何も考えずに進めて良いものかと、不安がよぎるような事を言うエルフ師匠。


「で、アランソンが来るまで4分。はーいよーいスタート」


 しかし不安と立ち止まらせる事も許さない。

 次々イベントを畳み掛け、エルフ師匠は俺達を追い立てる。

 その先にハッピーエンドがある事を、俺は知っているけれど。

 知らないむにむにさんとラッシュ君は、そりゃあおっかないだろう。


 顔をこわばらせながら、逃げると宣言する2人を見ながら、俺はそんな事を思っていた。

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