セッション4-8 ミノタウロスの迷宮(7)

「まさかまさかのリアルタイムアタック」


 にんまり笑うエルフ師匠。

 無情に時を告げるストップウォッチ。


「ちょ、これ、なに?」

「ええっと、ええっと。何しましょうか……」


 唐突な展開に混乱するラッシュ君とむにむにさん。

 まあ、仕方ないよなぁ。


 こういう、飛び道具と言いますか。

 ゲームという壁を越えて、リアルタイムでなんかやれ。みたいなのもTRPGの華である。


 昔やった「モンスター! モンスター!」のセッションの話だけれども。

 パーティメンバーが、トロール、リザードマン、グール、人間の屑の魔物パーティを結成するも、誰一人として共通の言語が無いという体たらく。

 結局、身振り手振りだけでセッションをする事に。

 襲撃作戦はグダグダで、結局力押しで人間の砦を攻める事になり、死人まで出したが面白いセッションだった。


 そういう変則技も、たまにやるのはとても面白い。

 毎回やられるとたまらないが。


「祠の構造!」

「1.5メートル四方の正方形。高さ2メートル。内部の3方向壁面にこの壁画。中央に石の台座。その上に光の柱を作る水晶球。地面は石畳」


 俺の質問に流れるように答えるエルフ師匠。

 この受け答えも準備済みという事だろう。


「ララーナは右、ラッシュは左の壁画覚えて。俺は正面。シュトレゼンは水晶と台座調べて」

「ういっす」

「あ、はい」

「…………」


 指示を飛ばす俺。

 じっと目を皿のようにして、壁画の図柄を覚える俺達。


「地面台座に仕掛け無し。魔法的なものは水晶の光。聖なる何かっぽい力が上に向かって伸びている。光は段々と弱まって、最後に消える」


 消えちゃったかぁ……。

 何だか悪い予感しかしない。


「残り時間後1分」


 余計な事に気を取られる間にも、タイムリミットは迫ってくる。


 壁画の図柄の多くは蛇っぽいうねった線。

 真ん中には頭部に蛇を生やした1つ目の怪物が両手を広げる。

 蛇の図柄は全部、この怪物に続いている。


 壁画下部には角の生えた戦士? 獣っぽい顔をしている。ミノタウロスだなこれ。

 右手に斧。左手に盾を持ち、怪物を見上げる。


 戦士の右側には髭を生やしたデフォルメ体型の戦士達。ドワーフか。

 左側には耳の長い弓を持った人々。まあ、こっちはエルフと思われる。


 一応、エルフとドワーフの数も数えて……双方6体づつ。

 持っている武器はドワーフが斧斧斧剣斧斧。

 エルフが球弓弓杖弓素手……と。


「あと30秒ぉ」

「残り10秒でダンジョンに駆け戻ります」

「うい。それじゃバサバサと【グリフォン】の羽音が聞こえた辺りで、きみ達はダンジョンに逃げ戻る。入り口でアランソンが『卑怯者め、逃げるな』みたいな事を言っている」

「【グリフォン】に乗っているのは卑怯じゃないみたいな言い方っすね」

「悪役なんてそんなもんだし」


 いい声で、格好良さげな事を言ったもの勝ち。

 というのは、ゲームでもアニメでも現実でも通ってしまう人間のバグみたいなものである。

 ゲームマスターをやるのなら。もしくは小説やマンガを書くのなら。

 理屈も理由もグダグダでも、そこさえ抑えておけば名ライバルになれるだろう。

 一度と言わず何度でもお試し下さい。


「で、収集した情報を統合しようか」


 さてと、気持ちを切り替えて、俺はそう切り出す。

 待ってましたと顔を上げるラッシュ君とむにむにさん。


「頑張ったっすよ。さすがに4分じゃ線がヘロヘロっすわ」


 そう言って、ノートを見せるラッシュ君。

 壁画の図柄を書き写したのか、びっしりとイラストが描かれている。

 ラッシュ君らしい、カクカクとした線で、いくらか適当な所もあるけれど、ちゃんと全面書き写してある。

 同じ図柄であっても、丸っこいエルフ師匠の絵柄とは、だいぶ印象も変わってくる。


「位置関係とか割と適当っすけど、書き残しは無いと思うっす」

「凄いなぁ。大したもんだ」

「いやいや。もっと褒めてくれてもいいっすよ?」

「すごいです、ラッシュさん」

「うへへ~」


 むにむにさんの称賛の声に、鼻の下を伸ばすラッシュ君。


「はいセクハラ」

「判定が厳しい!」


 エルフ師匠は厳しいのだった。


「まあともかく図柄だな」


 蛇っぽい図柄に囲まれた中、エルフっぽい人々が鍛冶仕事をしている。

 中央に向かう程作業が進んで、最終的に盾のようなものが出来る。

 それを崇めるエルフの一同。


 まあ、大体そんな感じ。

 1シーンにいる人数は6人。

 俺が見ていた中央と同じ人数だ。


 なるほどなるほど。なんとなく分かってきた。


「すみません。ちょっと、ほとんどメモ出来てなくって……」


 と、言うのはむにむにさん。


「髭の生えたドワーフみたいな人達が、同じ感じで作業をして。出来た斧を崇めている。という感じでした」

「それぞれの人数とか覚えている?」

「あ、そこまでは……」


 俺の質問に、申し訳なさげに答えるむにむにさん。


「すみません。攻略に必須な項目だったりしたら……」

「まあ、そんなに気にする事はないよ。もしそうだとしても、最初に見るべき点を言わなかった俺が悪い」


 後、ノーヒントでそういうギミックを出すゲームマスターが悪い。

 そしてエルフ師匠はそういう事はしない人だ。


「総合すると、エルフとドワーフが協力して武器を作って、獣頭の戦士に持たせてモンスターと戦った。そんな感じだね」

「獣頭っすか」

「うん、角の生えた……まあ、【ミノタウロス】だろうなぁ」


 斧も持っているし、身体つきもひときわ大きい。

 ドワーフ側の作った斧は、今回の目的物である【ドワーフ王の斧】と見ていいだろう。


 もう片方、エルフが作った物は何だろう。

 それと、怪物の方も問題だ。


「むにむにさん。覚えてたらでいいんだけど、壁画は蛇っぽい図柄で囲われていた?」


 ラッシュ君の写し描きを指し示しながら俺は尋ねる。


「いました。こう、ぐるぐるって感じに」

「あ、ラッシュが見た方も簡単に書いたっすけど、3重くらいにトグロ巻いてたっす」

「いかにも、『支配されていました』感があるねぇ」


 怪物の外見は、まあどこから見ても【ゴルゴーン】。

 ルールブックのイラストそのまんまだった。

 ただし、素の【ゴルゴーン】は流石にそこまで強力なモンスターではないし。

 何より、伏線が既にある。

 メールで来ているララーナの生い立ち設定だ。


「【レジェンダリー・ゴルゴーン】ですね」


 【レジェンダリー・ゴルゴーン】は神話レベルのモンスターだ。

 能力値だけでも、成長しきった【ドラゴン】並。

 そこに、様々な特殊効果のビームを連発しつつ、魔法まで使ってくる。

 俺達がやっている、F3の基本・上級ルールのプレイヤーキャラクターでは、最高レベルに達した6人パーティで、なんとか勝負になると言った所だろうか。

 基本的に、その上の超越者級ルールで扱うモンスターだろう。


「かつて、【レジェンダリー・ゴルゴーン】に支配されていたエルフとドワーフは、協力して武器を作り【ミノタウロス】に持たせて戦った。そんな感じだな」


 【ゴルゴーン】に【レジェンダリー・ゴルゴーン】がいるように、【ミノタウロス】にもさらに上位種がいる。

 【ミノタウロス・ウォーリア】とか【ミノタウロス・ブレイブ】とか、そういう派生型や、【モレク】だとか【フンバハ】とかの【ミノタウロス】の上位種もいる。

 このあたりの上位種ならば、【レジェンダリー・ゴルゴーン】にも匹敵する強力なモンスターだし、モンスターキャラクター作成ルールで作った特に強力な【ミノタウロス】という線もある。

 上位種【ミノタウロス】は神の使いだったり、神そのものだったりするので、闇の勢力に属する【ゴルゴーン】と戦うのもおかしくもないだろう。




「これはアレっすね。この迷宮に【レジェンダリー・ゴルゴーン】が封印されているパターンっすね」

「【ミノタウロス】が封印になってる奴な」

「あるある。斧を壊すと復活してくるんすよね」


 アニメ・ゲームのあるある話は、もちろんTRPGシナリオでもよく発生する。

 とは言えゲームである以上、戦闘バランスというものがある。


 今の俺達パーティが【レジェンダリー・ゴルゴーン】や、それと戦った【ミノタウロス】そのものとまともに戦う事は無いだろう。

 どうやっても勝てない相手に瞬殺されて楽しいプレイヤーはいないのだ。


「何かのギミックを使ってデバフする感じかな」


 他には、シナリオ重視ゲームマスターだと、【ミノタウロス】と【レジェンダリー・ゴルゴーン】の怪獣決戦を観客として眺めるみたいな事はやるけれど、それはエルフ師匠の流儀ではない。


 プレイヤー観客化シナリオは、批判されがちだけれども、語りの時間を見極めれば、それはそれで面白いシナリオにする事も出来る。

 というか、俺は結構好きである。


「次の外探索で、デバフ関連情報が待っている。のパターンと見たっす」

「そんな感じが王道だろうね。んで、シュトレゼンの情報は?」


 尋ねる俺に肩をすくめるおけさん。

 おけさんの視線の先にはエルフ師匠。

 そう言えば、シュトレゼンに限っては何のロールも指示もしていない。


「シュトレゼンの情報は言ったとおりだよ。水晶球から出た聖なる何かっぽい力が、天に向って伸びて、段々弱まって消えて」


 そこまで言って、エルフ師匠は一息貯める。

 ああ、来た。

 これは、まずい宣言をするパターンだ。


「封印されていた【何か】が動き出した」


 案の定、そう宣言するエルフ師匠は、心の底から楽しそうだった。

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