セッション4-7 ミノタウロスの迷宮(6)

「と言う事で、マッピングは完了した訳ですが」


 セッション2日目。

 引き続き、【ミノタウロスの迷宮】の探索を続ける俺達。

 【テレポート】で繋がったその迷宮の全貌とは!?


「以外と単純でしたね」

「難しすぎると迷うだけだし」


 むにむにさんの言葉に、唇を尖らせてエルフ師匠が答える。

 まあ実際、複雑すぎるダンジョンはTRPGには向かない。

 向かないというか、やってもセッション失敗する可能性の方が高い。


 以前、エルフ師匠が本気で作ったという大迷宮シナリオをやった事がある。

 複雑な形状と陰険なトラップの数々。

 一つ一つの仕掛けにかかるたび、嬉しそうに、にししと笑うエルフ師匠。

 結局、半フロアや1つの仕掛けをクリアするまでが1セッションのキャンペーンとなっていた。


 ラスボスたる大魔法使いを倒した時の感動は、一生忘れないだろう。

 そして二度と、こんなダンジョンに挑まないと心に誓ったものだった。


「基本はT字型の集合体っすね。それが【テレポート】地点で繋がっていると」


 【ミノタウロスの迷宮】の構造はラッシュ君の説明の通り。

 地上につながる階段がある部屋を中心に、T字型に通路が伸びている。

 3方の通路の先には【テレポート】地点があり、そこから次のT字通路に繋がっている。


 【テレポート】先は固定。

 左右の通路の【テレポート】地点は双方向に繋がっていて、途中で引き換えしても元の部屋に戻る事が出来る。


 正面の通路の【テレポート】地点は一方通行。

 例えば、A地点からB地点に【テレポート】したとする。

 そこでB地点の部屋にまで行かず、途中で引き返すと、今度はC地点に【テレポート】する。


 【テレポート】地点に到達するとモンスターがランダムで出現する。


 ダンジョンの仕掛けと構造はこんな感じ。


「めんどいから、ここからのランダム雑魚戦は出た勝ったで処理するから」


 それでいいの? と、むにむにさんとラッシュ君が首をひねる。

 だが、それでいいのだ。

 不要な雑魚戦闘の繰り返しはテンポを阻害するだけだし。

 何よりこの宣言は、ここでの探索が終了したので、用意したギミックを試行錯誤して解いてみせろという意味だ。


「後は階段の上の探索か」


 階段を昇った先は、それぞれの位置確認をするのに止めている。

 顔を出すと、空中で待機しているアランソンが飛んでくる。

 移動時間である程度の時間的猶予はあるけれど、無目的に探すにはちょっと時間が足りなさそうだった。


「等間隔の……五角形になっていますよね。出口」

「ダンジョンの構造と一致していないのがミソと見たっす」


 T字型の基礎構造を【テレポート】地点で繋いで五角形にする。

 すると、左右の通路の五角形の中に、一方通行で出来た五角形という形状になる。


 さてここで、地上への階段と地上マップを重ねて見ると……重ならない。


「規則性はありそうですよね……えっと……」

「こういう時は五芒星になるのがパターンだけど」

「メタ推理禁止」

「へいへい」

「正解だけど」


 正解だった。

 ダンジョン内の階段を【テレポート】地点で繋いだ順番にA→B→C→D→Eとする。

 それを地上マップにあてはめるとA→D→B→E→Cの順の五角形。

 それをアルファベット順につなげると五芒星になる。


「いかにも中央になにかあります感っすね」

「大体、中央ってどこだよ」


 地上マップの中央はそれなりに遠いし、【グリフォン】がやってくる。

 かと言って、【テレポート】地点で繋がったダンジョン内に、中央らしい場所なんてあるものなのか。

 あるとしたら、一方通行道の……。


「ちょっと気になっている事があって。その、攻略と関係ないかもしれないんですが」


 おずおずとむにむにさんが言う。

 プレイ中は突貫気味の彼女としては珍しい。


「何? アイデアがあるなら試してみよう」

「ちょっと、ギミックのツッコミみたいな感じになっちゃうかなって思ったんですが。正面の道って一方通行じゃないですか」


 むにむにさんがノート描いた図を見せる。

 五角形の内側の五角形。

 むにむにさんの指先が内側の五角形をすすっとなぞる。


「こう、この一方通行をロープか何かで繋いでみたら、どうなるかなって」


 【テレポート】地点を抜けたら、すぐに引き返してまた【テレポート】地点を抜ける。

 それを繰り返すと一周するわけだが……。


「どうなるんだ?」

「疑問が出たら試すのがいいプレイヤー」


 はてと首をひねる俺。

 エルフ師匠のお告げでは、いい線を行っているのでやれと言うことらしい。


「ゲームマスターってそういう事を言っていいんですか?」

「いいよ?」


 むにむにさんの疑問の声に、なんでいけないと思ったの? とばかりに答えるエルフ師匠。

 こういう誘導は、ぶっちゃけるのがエルフ師匠のスタイルだ。


 ぶっちゃけ無しで上手いこと誘導できるに越したことは無いけれど、大抵ゲームマスターの脳内当てクイズになる。

 それなら、分かりやすいに越したことはないだろう、というのがエルフ師匠の理論である。


「じゃあまあ、試してみるとしましょうか」

「あー、ちっと待って。提案1つあるっす」


 ラッシュ君が挙手をする。


「地上と地下の位置関係なんすけど。ダンジョン内で【テレポート】地点を通って隣の階段に出ると、地上では一番遠くの地点に移動するって事っすよね?」


 右手を上げたそのままに、左手でマップをぐるぐるなぞるラッシュ君。

 たしかに彼の言う通りだ。

 ダンジョン内のA地点とB地点は隣接しているが、地上のA地点とB地点は五角形の反対側になる。


「【テレポート】分も考えると、ラッシュ達が移動する距離とアランソンの移動する距離はかなりの差があるんで。そのタイムラグを使って、どっかの地点におびき寄せてから、隣の地点の探索をする。って事は出来るんじゃないっすかね?」


 地上マップに置いてある【グリフォン】のメタルフィギュアを動かしながら、ラッシュ君は説明する。

 なるほど、そういうギミックもあったのか。

 という事は、地上探索も必須なのかもしれないが……。


「ちなみにラッシュ的には地上探索を先にしたいっす。理由としては、【テレポート】地点のギミックの先って、なんかいかにもラスボスポイントっぽいじゃないっすか。探索残しがある状況でラスボス戦は避けたいっす」

「ああ、確かにそれはそうですね」


 ラッシュ君の説明に頷き返すむにむにさん。

 なるほどラッシュ君の言葉は一理ある。

 コンシューマーゲームや、市販のシナリオならば、探索不足でラスボス戦。という事も起きるだろう。


 ただここは、エルフ師匠の卓である。

 その辺の心配は実の所は必要ない。


 分かれ道の落とし穴問題というのがある。

 二股の分かれ道に落とし穴を仕込むとして、どちらに掘れば旅人を確実に落とす事が出来るのか?


 正解は「落とし穴の上に金貨を置く」。

 性格の悪いゲームマスターなら「両方の道に落とし穴を掘る」と答えるだろう。


 しかしそこはエルフ師匠である。

 ノーヒントの二股の分かれ道があるのなら、そのどちらに行っても「選んだ側に落とし穴があった」事にする。

 その上で、落とし穴に落ちた事が、むしろプレイヤーの利益になる。

 それがエルフ師匠のやり方だ。


 だから、今回どちらを先に探索しても、イベントの発生場所が変わるだけで、結局両方を探索する事になるだろう。


 一本道シナリオと言うなかれ。

 その事はプレイヤーには知り得ない事で。

 なおかつ一番満足度の高いやり方なのだから。


「俺はどちらでもいいけど。むにむにさんはどうしたい?」

「私もラッシュさんの意見に賛成したいと思います」

「…………」


 同意を示すむにむにさん。

 おけさんも無言で頷く。


「じゃあ、地上探索を先にするっすかね」

「じゃ、地上探索ね。ちなみにアランソンがいるのはここ」


 早速とばかりにエルフ師匠は地上マップを指定する。

 ここはもう、有無を言わせない呼吸芸。

 タイミングがズレると、探索する順番を操作したのだとプレイヤーに意識されてしまう。

 流れるように当たり前にやるのがコツである。


 ちなみに俺は出来ない。


「って事は、最初の探索場所はここっすか」

「一番北側ですね」

「それで、グリフォンが来るギリギリまで周囲を探索して次に。という感じだね」

「…………」


 おけさんもぐっと親指を立てて同意する。


「途中の雑魚戦はしょーりゃーく」


 両手を上げてゆらゆら揺らす謎の動きをしながらエルフ師匠は宣言する。

 その動きの意味はよくわからないが、まあ省略なのだからいいだろう。


「いやぁ、ゴブリンキングは強敵でしたね……」

「あそこでラッシュの2連続【シールドバッシュ】が失敗していたら……」

「そこ、熱戦の記憶を捏造しない」


 適当な事を言い出す俺達をたしなめながら、エルフ師匠は机の下でガサゴソ始める。

 用意してきた何かを取り出したいが、バッグが上手く開かない。そんな感じ。


 ゲームマスターとしてはテキパキやるエルフ師匠だけど、それ以外の部分は結構すっトロい。

 本人の話を総合すると、家族の介護がなければ干物みたいな生活しているらしい。


 そう言うのを聞く程に、エルフ師匠のプライベートが心配になる。

 大丈夫なんですかね。

 老後とか。


「じゃ、ダンジョン出入り口を出て探すとこんなのが……」

「探索ロールみたいなのはいいんですか?」

「それで全員失敗したらセッション崩壊だし」


 むにむにさんの質問に、エルフ師匠は夢の希望も無い回答を返す。

 誰かがロール成功する事を前提に組んだシナリオで、全員が判定に失敗する。

 探索系シナリオではあるある過ぎるネタなのに、何故か何度もやってしまう。

 みんなダイスは振りたいし、振らせたいので仕方ない。


「ま、ちょっと探せばすぐ見つかるから。で、きみ達が近づくと……」


 よっこいせと、机の下に頭を突っ込むエルフ師匠。

 何もそこまでしなくても、と思いはするが、それでようやく望みの物を取り出せた。

 でん、と机の上に厚紙で出来た、ついたてみたいなものを置く。 


「こんな感じの壁画が描かれた小さな祠を発見する。で、祠の中には水晶球みたいなのがあって、ビカーって光ると、空に向かって光の柱が伸びていく」


 厚紙に描かれているのは、ちょっとアステカとかその辺の壁画風のイラスト。

 妙にまるっちくて可愛らしい絵柄なのは、エルフ師匠のお手製の証拠。

 割としっかりびっちり描かれた力作だ。


「で、アランソンの現在位置はこの辺。光に気付いて、こっち目掛けて飛んで来る。到達まで4分」


 【グリフォン】のメタルフィギュアをマップに置いてから、にやりと笑うエルフ師匠。

 その右手には、いつ取り出したのかストップウォッチが握られている。

 00:00:00と表示された液晶画面。

 それを俺達に示して見せてながら。


「じゃ、よーいスタート」


 ぽちりと、エルフ師匠はスタートボタンを押したのだった。









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