セッション4-11 ミノタウロスの迷宮(10)
ゲームマスターをやり出すと、色々と小道具に凝りたくなる時がある。
ダンジョンフロアタイルやメタルフィギュアから始まって、イラストだとか模型だとか、BGMだとか、『ラスボス専用特殊ダイス』だとか。
そう言うやつ。
エルフ師匠曰く
「欲しいと思った時が必要な時」
との事で、そんな無駄な小道具を用意して、滅多に使わないガラクタを山のように溜め込んでいるらしい。
ボイスチェンジャーもその一つ。
久しぶりの出番に、エルフ師匠も嬉しそうだ。
わかります。
もしもの時に用意していたものが、役に立つ瞬間は、なんだか顔がにやけてしまう。
その気持、痛いほどにわかります。
「『若き勇士達よ、ついてくるがいい。君たちの望むものを授けよう』」
ボイスチェンジャーから出てくる重低音のざらついた声。
分かっていても、雰囲気というか臨場感というか。
なんかとても良い感じ。
なんだか思わず通販でボイスチェンジャーを探したくなってくる程だ。
「ボイスチェンジャーいいっすね」
「買おうかなぁ……」
ラッシュくんもむにむにさんも、小さい声でそんな事を言い出している。
だがしかし若人よ、その瞬間の誘惑などに負けてはいけない。
すでに俺の手元にもまったく同じボイスチェンジャーがある訳だが。
そいつの出番は通算2回くらいだったのだ。
まったく、衝動買いというものは恐ろしい。
「で、【フンバハ】はみんなを案内しながら、道々説明をしてくれる」
散々雰囲気を上げた所で、エルフ師匠は素に戻って解説を始める。
なりきり口調で説明は大変だからね。仕方ないね。
「1 太古の昔、エルフとドワーフの氏族は【レジェンダリー・ゴルゴーン】の圧政を受けていた。
2 【フンバハ】は、それに対抗するためにエルフドワーフ合同で召喚したモンスター。
3 【フンバハ】は【レジェンダリー・ゴルゴーン】と相打ち。【フンバハ】は石化。【レジェンダリー・ゴルゴーン】はバラバラになってもまだ死なず、その肉片が【ゴルゴーン】として活動を続ける。
4 特に強力な力を残した頭部をエルフは封印。封印の代償でエルフ氏族は【ゴルゴーン】と戦えない等の制約が発生。それによりドワーフ氏族との軋轢が生まれる。
5 この迷宮は石化した【フンバハ】と【世界樹の枝】の力で【レジェンダリー・ゴルゴーン】の頭部を封印している」
と、ここでエルフ師匠は一息置く。
告げられる設定の意味を飲み込むための一時。
その後、ラッシュくんが呟くように言う。
「……って事は、【フンバハ】の石化を解いたらダメなんじゃないっすかね」
「そうだね」
にんまりと笑うエルフ師匠。
うわぁという顔をする一同。
俺達がやらかしたと感じた瞬間に、エルフ師匠はたたみかける。
「『だが安心して欲しい』」
しかも、ボイスチェンジャーの声である。
こういうタイミングと空気の読み方は、やっぱり流石はエルフ師匠だと思う。
「『【レジェンダリー・ゴルゴーン】が復活するにはしばしの時を要するであろう。それまでの間に、若き勇士達よ、【竜の護る海】の果てにある【世界の中心で燃える石】を持ってくるのだ。それこそが、【レジェンダリー・ゴルゴーン】を今度こそ完全に倒す力となってくれるであろう』」
低く低く、腹の底に響くような声は、なんとも雰囲気がある。
まるで本当に、太古の英雄が話しかけてくるようで、やっぱりボイスチェンジャーがあるといいよなぁとか、そんな思いが湧いてくる。
だがまあ、それは後で考える事。
まず、とりあえずはセッションの進行だ。
「つまり、当初の目的を達成すれば大丈夫って事ですか?」
「そう」
「ここで最後に、姫様の命との二択。とか無いっすよね」
心配そうに言うラッシュくん。
確かに、キーアイテムが1つなら、最後にどちらに使うかの選択肢が、というのはRPGのお約束みたいなものである。
「それは、後になってのお楽しみ」
そこで勿体ぶるのもお約束。
まあ、そのへんは何やかんやで上手くやるのがゲームマスターの義務みたいなモンだと思う。
避けられない悲劇ってやつは、物語にすると楽しいんだけど、実際に体験しているのに近いTRPGでは、あまり好かれる要素ではない。
と言うか、単純明快ご都合主義のハッピーエンドが一番だ。と言うのがエルフ師匠のスタンスである。
「で、ダンジョン内の中心部分に、えっと。こんな感じで」
ダンジョンフロアタイルをさっと並べるエルフ師匠。
五角形の内側にもう一つ、五角形がある形状。
俺達が予想した通りのダンジョンの構造だ。
「まあ、みんなの予想通りの形してるんだけど。パーティの……まあいいや、ゴルンに糸の端を持たせて【フンバハ】はこんな感じに歩いて行くと」
ミノタウロスのメタルフィギュアを取り出して、エルフ師匠は内側の五角形をなぞっていく。
「で、一周してから『ついてこい』って、糸の両端を引っ張りながら進んでいくと、突然に風景が変わる」
「あ。やっぱり、予測は合ってたんですね」
「そう。ララーナ大正解。【テレポート】地点の交差点で隠された場所がラストステージ。きみたちは、
周囲を木々に覆われた空間に出る。風は吹いていて屋外だとわかる。というかこの辺」
エルフ師匠が指し示すのは地上マップの真ん中あたり。
「いかにも何かありそうな場所でしたからね」
「わかりやすいのは、いい事」
いいながら、エルフ師匠は地上マップに赤マジックで線を引きはじめる。
それぞれまっすぐ、【ミノタウロスの迷宮】の出入り口に続く線だ。
「こんな感じに、周囲にはそれぞれの出口に通じる通路が開いている。今いる場所は、いかにも神聖そうな空間で、真ん中には、でかい丸太が神々しく立っている」
「聖域っぽい感じっすね」
「コンシューマーRPGだったらマスターソードが刺さってるみたいな」
「刺さっているのは丸太の件」
「まあ、丸太は有効な武器だとマンガで言ってるし」
「みんな、丸太は持ったな!」
そんなバカな掛け合いはさておいて。
突き刺さっている神聖な丸太についてだが。
「これが【世界樹の枝】ですね」
むにむにさんの言葉に、エルフ師匠はこくんと頷く。
「そう、これを竜骨にした船は、どんな嵐でも沈まないやつ」
この流れではそうなるね。
丸太を武器にしろとか言われたらどうしようかと思った。
「【フンバハ】は『これを君たちに託す。後の事は頼んだぞ』と言って、それから光の粒になって消える」
エルフ師匠はフワーっとかいうBGMを流しつつ、両手をひらひらさせる。
なにか、【フンバハ】が消える演出をしているらしい。
浄化エンドとかそういう感じか。
「座に帰ったっすね」
と言うのはラッシュくん。
うーん、同じシーンのイメージでも、世代によって呼び方が違うなぁ。
それはともかくだ。
イベントアイテムも手に入った事だし、これでシナリオクリア……と言う訳にはいかないだろう。
エルフ師匠の事だし、これから1回くらい戦闘はあると思うんだけど。
「すると、上空からバッサバッサと翼の音。『見つけたぞお前ら、今こそ決着の時だ』と、アランソンが降りてくる」
ああそうだ、こいつがいたか。
「これがラストバトル?」
「だよ。逃げるのはダメ。【世界樹の枝】を運ぶには手間も時間もかかるから」
「【グリフォン】がいるんじゃ、作業は出来ないっすか。ここで後顧の憂いは断っておくと」
「と言う事で、頑張って」
うむむむむ。
すでにやる気のラッシュくん。
むにむにさんもラストバトルに向けて、お気に入りの柄のダイスを引っ張り出してくる。
うーん、しかし。これはバランス的に大丈夫か?
アランソンはともかく、問題となるのは【グリフォン】だ。
能力値的には【ミノタウロス】にも勝る性能で、なにより【飛行】の能力が厄介だ。
隊列を無視して、後列に直接攻撃を当ててくる。
【エルフ】のララーナはともかく、【魔法使い】のシュトレゼンは一撃入っただけでも致命傷になりかねない。
せめて、【飛行】だけでも封じなければ……。
そう思った時だ。
ごつん、とエルフ師匠の蹴りが、俺の脛を打つ。
「……って」
「あ、ごめん。足当たった」
ごめんとかたまたまとか言ってはいるが、明らかに狙った一撃だ。
つまりは、狙って蹴ったという事で。
それは、エルフ師匠に関して言うと、何かの情報伝達を目的とした行動という事になる。
横目でちらりと足元を見る。
いつ貼り付けたのか、腿に付箋紙が貼ってある。
ラッシュくんとむにむにさんの2人に気付かれないように、付箋紙を剥がして見てみると。
「通路」
と一言。
ああ、なるほど。そういう事か。
「えっと……エルフ師匠。この広場は5方向に通路が繋がっているんですよね。通路の大きさはどれくらい?」
「横6メートル、高さ3メートル弱。横2人まで並べられる。奥行きはずっとまっすぐ」
俺の問いに、流れるように答えるエルフ師匠。
ここに及んでも、【飛行】の話をしないのはさすが手慣れていらっしゃる。
「……お。それなら、通路に入れば【グリフォン】の【飛行】は使えなくなるって事っすね」
「だね」
ぴこーんと、豆電球でも灯しそうに言うラッシュくんに、よくできましたとエルフ師匠が答える。
そう言えば、何かを思いついた時、豆電球が点灯させるという表現も、最近ではめっきり見ない気がする。
若い人にはわからない表現だったりしないだろうか……。
「それなら、一度下がって通路で迎え撃ちましょう。隊列はいつもの通りで」
「それがいいっすね」
「了解」
「…………」
むにむにさんに皆が同意して。
パタンパタンとエルフ師匠がダンジョンフロアタイルを2列並べる。
前列にドワーフとファイター。
後列にエルフと魔法使いのメタルフィギュアを並べて。
その正面に、グリフォンの大型フィギュアを立たせる。
「それじゃ、接敵。敵は【グリフォン】。乗り手のアランソンは乗ったまま。能力値は【グリフォン】そのままだけど、狭い場所なんで【回避】にペナルティ。アランソンが乗っている効果で【知的行動】可能。行動順は【グリフォン】、ララーナ、ゴルン、ラッシュ、シュトレゼンの順。それじゃ、戦闘開始」
エルフ師匠は宣言して、ずいとグリフォンのフィギュアを押し出した。
それがラストバトル開始の合図だった。
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