セッション4-12 ミノタウロスの迷宮(11)

「じゃ、【グリフォン】から行動」

「ちょい、その前に」


 ダイスを手に持ったエルフ師匠を俺は止めた。

 相手は【グリフォン】。今回のセッションのラスボスだ。

 レベルは6。

 最初の標的だった【ミノタウロス】よりもレベルは高いが、ステータスは大差ない。

 それくらい【飛行】は厄介な特殊能力なんだけど、今回は【飛行】が封じられている状態。

 戦って決して勝てない相手ではない。

 エルフ師匠が出すんだから、その辺の計算はちゃんとしているはずだ。


 ともあれ、セッションボスが相手である。戦闘前にやれる事はやっておきたい。


「【グリフォン】接敵前に【蜘蛛の巣】使います。天井と、俺らの背後の床の上に」

「ほほう。ガチだね?」


 俺の宣言に、キラーンと眼鏡を光らせるエルフ師匠。

 いや、ガチじゃないです。

 今も昔もエンジョイ勢です俺は。


 というのはさておき。

 【蜘蛛の巣】は【錬金術】1レベルの魔法。TRPGではお馴染みの、蜘蛛の糸を飛ばして相手を絡め取るアレ。

 海外TRPGでは低レベル帯の鉄板魔法なのは、やっぱりアメコミのあいつの影響なのか。


 閑話休題。


 F3の【蜘蛛の巣】が他のシステムと違うのは、【錬金術】の産物なので、実体として残るという部分。

 つまり、どこかに貼り付けておいて、罠として使う事も出来るのだ。

 これが以外と馬鹿にならない効果があるのだ。


「天井は分かりますけど、なんで背後なんですか?」

「こ、これはよもや……中国拳法で言う所の背す……じゃなかった。背蜘蛛の巣の陣!」

「知っているのかライデン! ではない。違う。そうじゃなくって。天井は【飛行】対策で、背後は【突進】系攻撃対策だよ」


 【突進】は、移動をしながら強力な攻撃をする【特殊行動】だ。

 【戦士】系の敵はもとより、多くの魔物が使用する【特殊行動】で、【グリフォン】にも同系統の【特殊行動】はある。


 発生するダメージもさることながら、【駆け抜け】るという特性が厄介だ。

 【駆け抜け】判定に成功した場合、【グリフォン】は俺たちの背後まで移動する。

 つまり、今後衛にいるララーナやシュトレゼンに直接近接攻撃が入る事になる。


 【エルフ】のララーナはそれなりに近接も出来るし、一発で沈む事は無いだろう。

 しかし、【魔法使い】のシュトレゼンは防御手段も無く、装甲も薄く、なにより【耐久力】もない。

 一発入れば危険領域……というか、まず【死亡】だろう。


 という事で、パーティの背後に【蜘蛛の巣】の罠を仕掛けておく。

 さすがに、【錬金術】の1レベル魔法で【グリフォン】を行動不能にするのは不可能だ。

 ただ、脱出ロール分の【行動回数】を消費させる事が出来るので、その間に前衛後衛を入れ替えて対応する。


 この辺は、割と基本戦術に近いやつ。

 他にも、壁を背にするとか、それこそ水際を背にするとか、バリエーションは色々ある。

 こういうの、戦略ゲームっぽくて実にいい。


「ドワさんがガチに来るなら、こちらもそれなりに対処しないとねぇ……くっくっく……ぽきぽき」


 口でぽきぽきと言いながら、エルフ師匠はちまっこい指を握って、関節を鳴らすフリをする。

 エルフ師匠、音出てません。

 さっき、ラッシュ君がやったのを見て真似したくなったのだろう。

 こういう所は子供っぽい。


 ともあれ、エルフ師匠の口からガチ宣言が出た。

 ぶっちゃけスタイルがメインのエルフ師匠がガチと言うからにはガチなのだ。

 つまりそれは、プレイヤーゲームマスター双方にある、様々な縛りの解禁を意味する。

 【特殊行動】の即死コンボから口プロレス。果てはダイレクアタックまで。全部だ。


 にまあ、と嬉しそうな顔をするおけさん。

 いや、別におけさんに言った訳ではないと思うけど……。


「やっぱやめ。程度は弁えよう、うん」


 掌を返すエルフ師匠。

 まあ、TRPGでガチ勝負をして、残るのは遺恨だけである。

 件名な判断だ。


「…………っち」


 今、おけさんが凄い顔で舌打ちをした。

 ちょっと女性が人前でしちゃいけない顔だった。

 そんなにガチがやりたかったのか。


 おけさんのプレイヤーキャラクターであるシュトレゼンは【黒魔法】一本伸ばしの3レベル。

 確かに、即死コンボ的なものも、いくつか使えるようになっている。

 例えば途中でやった【二重詠唱】【双子の傷】【生命循環】の即死コンボ。

 アレなんかをやられたら、さすがの【グリフォン】も一発終了だ。


 この辺は、マジックユーザーが強力なTRPGシステムではよくある事だ。

 代わりと言ってなんだけれども、F3は高レベルの敵の攻撃回数がバグっているので、酷い部分でバランスが取れていた。


 大体、高レベル帯の戦闘は、前衛は一撃で殺されて【白魔法】で復活させられながら、一撃で敵を殺して。敵もヒーラーやイベントギミックで復活して来る。という修羅地獄みたいな様相を呈していた。

 【白魔法】を使えるのがシュトレゼン1人の上に、まったくレベルを上げていない我がパーティは、「やられる前に殺しきれ」が合言葉になっていく事だろう。

 【回復阻止】の魔法も、【黒魔法】には存在する事だし。


 ともあれ。とエルフ師匠が向き直る。

 それからぐるりと俺たちを見回して。


「戦闘前行動はないね。じゃ、1ラウンド開始」


 戦闘開始を宣言する。

 即座に俺たちも宣言を開始する。


「【ファランクス】で前衛を固めるっす。右手は【スパイクシールド】、左手は【水鏡の盾(石化)】っす」

「同じく【ラージシールド】を構えるぞい」


 前衛を固めるゴルンとラッシュ。

 【スパイクシールド】は【盾】による受けに成功するとダメージを与えられる特殊な盾。

 【水鏡の盾(石化)】は破壊不可能な【ラージシールド】+1だ。

 今回はラッシュ君。ボス戦という事もあって、【ショーテル】を使った盾越しの攻撃ではなく、防御優先にしてくれたらしい。


 その分のダメージは、ゴルンの攻撃で稼いでいく必要があるということだろう。

 早速手に入れた【ドワーフ王の斧】の威力を試す機会でもある。


「1順目【グリフォン】の……」

「……【マジックローブ(暗黒)】使用」


 エルフ師匠の宣言に割り込むおけさん。

 シュトレゼンの【マジックローブ(暗黒)】は【暗黒】の【黒魔法】が付与されたマジックアイテムだ。

 【暗黒】は術者を中心に10メートルの範囲の空間を闇に包むというもの。


 闇の中では、攻撃や防御等の行動判定にペナルティが発生する。

 ペナルティの程度は種族によって違って、例えば人間は【視界を阻害された状態】。として全行動に-2のペナルティ。

 【ドワーフ】や【エルフ】は【種族敵特徴】ロールに成功すればペナルティなし。

 【ゴブリン】や【デーモン】等の【暗視】を持つモンスターは、判定不要でペナルティなし。

 とまあ、そういう感じなんだけど。


 他のTRPGルールでは見た記憶が無いんだけれども、F3のルールでは、頭部が鳥類のモンスターは一律(フクロウ型を除く)闇の中では完全な盲目状態になる。

 そしてご存知の通り、【グリフォン】は頭部が鳥のモンスターだ。

 ルールブックには、闇によって視界を制限される種族の例としても挙げられているくらいだ。


「うげ……じゃ、【グリフォン】は自発的行動不能。以降はアランソンの【騎乗】スキルで動く。行動順は変わらず」


 具体的には、何かしらの補助や指示が無い限りは行動が出来なくなる。

 今回は、【グリフォン】の自発的行動ではなく、騎乗しているアランソンのスキルによって動かされる事になる。

 結果、判定はアランソンのスキルを使う事になるわけだ。


「ちなみにアランソンのレベルは?」

「……4レベルです……」


 俺の質問に、悔しそうに答えるエルフ師匠。

 アランソンのスキルで行動する以上、行動回数もアランソンのそれに従う事になる。

 つまり、6回行動から4回行動になる訳だ。

 エルフ師匠が悔しがるのも仕方ない。


 これはもう、普通に殴り合いすれば、全く問題なく勝てるのではなかろうか。


「アランソンの【騎乗】ロール……成こ……暗闇ペナつくか、失敗。【グリフォン】の爪は空を切る」

「うっし、勝てそうな流れっすね」

「ララーナは【種族敵特徴(エルフ)】判定。【エルフ】の知覚力で暗闇を見通します……成功!」

「ついでにゴルンもやっておくかの。【種族敵特徴(ドワーフ)】。洞窟で暮らすドワーフは暗視に近い視力を持つ……と、アブね。成功」

「はいはい。2人は暗闇ペナなし」

「ラッシュは防御専念っす」

「…………」


 やることは無いよとジェスチャーを返すおけさん。

 まあ、暗闇は【魔法使い】にはあまり関係あるペナルティでもないか。


「それで、ララーナはエルヴンボウで攻撃。ここで出し切ります。【アロー(毒・継続)】、【特殊行動】の【狙い】を使用します」


 ララーナが使うのは、継続ダメージ効果のある矢。

 直接的なダメージ加算は無いけれど、毎ターン毒ダメージを与えられる。

 【耐久力】の高いボス敵には有効な武器だ。


 【狙い】は【弓使い】の【特殊行動】。行動回数を1回分使用する事で命中判定にボーナスがつく。

 確実に命中させたい時に使う【特殊行動】だ。


「ロール成功。命中です」

「身体で受けます」


 【回避】すらしないエルフ師匠。

 これは半分、諦めているのではなかろうか。


「ダメージ28点。後、毎ターン1D4ダメージが入ります」

「痛い。【グリフォン】はもふもふだから、もうちょっと【防御力】があっていいと思う」


 エルフ師匠はぶつぶつ言いながらダメージ計算をする。

 まあ、そんな事を言ってはいても、【グリフォン】のステータスが変わらないならば、通ったダメージは3点くらいだ。

 【耐久力】は90点とかそれくらいだったから、先はまだまだ長い。ちまちま削っていくしかないだろう。


「では、ワシの攻撃じゃな。【ドワーフ王の斧】の威力を試してみるとするかのう」

「石化してるけどね」

「それは言わんといてください。後、【錬金術】で【痺れ毒】を刃につけます。両方成功」


 【痺れ毒】は道中でも使った【錬金術】。行動に-1のペナルティがつく効果がある毒だ。

 ダイスの目は実はギリギリだったけど、流石に+1武器は当たりやすい。

 魔法の武器は、ダメージよりも命中補正が重要。D&Dの頃からの鉄則である。


 そんな訳で「ダメージだけ+2で命中補正なし」とかそういう魔法の武器がよく出てきた。

 ゲームマスター側も大変なのだ。


「【耐久力】で受けます」

「TCGみたいっすね。ダメージ27点」

「いたたたた。手加減を要求する」

「駄目です。【痺れ毒】のペナルティも忘れずに」


 なんて事も無い掛け合いを言いながら、エルフ師匠はマスタースクリーンの影に隠れたノートにペンを走らせる。

 命中+1が大きいならば、-1ペナルティも同様に大きい。

 このまま行くとジワジワ削れて数ターン後には戦闘終了になりかねない。


「ラッシュは【グリフォン】の攻撃が来た時に盾で受けるので待機です」

「じゃ、シュトレゼン」

「…………」


 おけさんが無言で選んだのは【薬効強化】。

 【黒魔法】の2レベル魔法で、その名の通り薬品の効果を増やすもの。

 なお、薬品の中には毒も含まれる。


「ゲフッ」


 思わずむせるエルフ師匠。

 これで、ララーナの【継続毒】と俺の【痺れ毒】の効果が倍加する。

 【グリフォン】は暗闇の中(-2ペナルティ)、【痺れ毒】の効果(-2ペナルティ)を受けつつ、毎ターン2D4のダメージを受ける事になったわけだ。


「これ、後は防御続けていれば勝てないですか?」


 言ってはいけない事を言い出すむにむにさん。


「お前はそこで乾いていけ」


 同調するラッシュ君。


「…………」


 勝利を確信したのか、両手でサムズアップをするおけさん。

 いいのかこれで。

 このままだと何の盛り上がりも無く勝っちゃうぞ。


「ふっふっふ……ここから大反撃が始まる事を、プレイヤー達は誰も知らないのだった……」

「ええ、ここから一気に反撃を!?」

「できらぁ!」


 プレイヤー勝利モードの雰囲気の中、茶番で場を繋ぐ俺とエルフ師匠。

 とは言え、まだまだ1ターン目の1順目。

 これから何が飛んでくるのか、エルフ師匠の戦いはこれからだ。


 エルフ師匠の活躍にご期待ください。


「はいドワさん。勝手に終わらない」

「エルフ師匠も勝手に心の中を読まないで下さい」

「大体何考えてるか分かるし。じゃ、2順目行くよ~」


 マスタースクリーンの向こう側で、しゃっとペンを走らせて、エルフ師匠が眦を決する。

 果たしてどんな手を用意しているのやら。

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