セッション1-4 【ファイアブラスト】

「ではララーナの行動は【全力移動】です」

「次のラウンドには攻撃出来る距離まで近づける」


 俺のゴルンもララーナに続く。


 F3の【全力移動】の距離は、そのキャラクターの瞬発力を示す【筋力】に依存する。

 一般的なTRPGシステムの「すばやさ」も【筋力】のカテゴリに入る。


 ちなみに、戦闘の行動順も【筋力】に依存する。

 ララーナの行動順が早いのは、装備が軽いのもあるけれど、【筋力】も高いのが原因だ。


 その値、なんとパーティ最強の16。

 次にゴルンとラッシュが並んで15。


 むにむにさんの血の気の多いプレイもあって、もう俺の中のララーナのイメージは、蛮族系メリケンエルフで固定してしまった。

 歯茎をむき出しにして歯を食いしばって、ムキムキの腕で弓を引いているアレ。

 髪型もモヒカンだったりするアレ。

 肌の色も緑色だったりするアレ。


 むにむにさんのキャラクターシートには、彼女が描いた可愛いエルフのイラストが描かれているのだが、多分それは別人だろう。

 見るたび、イメージの落差にびっくりする。


 閑話休題。

 ゴブリンとの【筋力】差で、お互い【全力移動】をしてもララーナとゴルンはすぐに追いつくようになる訳だ。


「次はラッシュとシュトレゼン。扉の向こう側はこう、四畳半の休憩室で……」


 パタンパタンとエルフ師匠はフロアタイルを9枚、正方形に置く。

 『四畳半』と言うのは例えと言うか俗称と言うか。見た目が四畳半なので、思わずそう呼んでいる。

 まあ、よく使う言い回しなので、実際の四畳半よりは実際には広い。

 はずだ。


「その中にベッドが4つ並んでいて、半寝ぼけのゴブリンが寝間着を床に脱ぎ散らかしながら、鎧を装備しようと四苦八苦している」

「四畳半にベッド4つって、狭っ」


 見張り用の簡易寝台みたいな感じか。

 現代日本だとブラック企業のそしりを受けかねないけれど、中世ファンタジーなんて、大体そんなモンだろう。

 中世暗黒時代とは良く言ったものである。


「それじゃ。ラッシュとシュトレゼンは、こうして、こうじゃ!」


 ラッシュ君は、扉のタイルの前にラッシュのメタルフィギュアを、その真後ろにシュトレゼンのメタルフィギュアを置く。

 丁度、洞窟に横並びになるような形だ。


「これで、接敵するのは扉の前の1体だけですよね」

「上手い手だね」


 ぐっ、と親指を立てるエルフ師匠。

 なるほど、咄嗟によく考えたものだ。

 1枚のフロアタイルに1体だけしか立てないのだから、扉の前で陣取れば常に1対1の状況を作れる。

 これでシュトレゼンのフォローもあれば、ララーナとゴルンが戻って来るまでの時間は十分以上に稼げるだろう。

 単体撃破を続ければ、そのまま押し切る事も出来るかもしれない。


「ゴブリンの行動。ラッシュ達の姿を見て、着かけの鎧を投げ捨てて、ナイフを片手に扉に殺到。接敵は1体。【攻撃】……はずれ」

「1対1で負ける要素は無いな。ラッシュの【攻撃】。命中」

「【回避】失敗。鎧が無いからダメージが痛い……」


 戦闘がさくさく進む。

 このままラッシュだけで押しきれそうな勢いだ。


「次、シュトレゼンは?」

「…………」


 エルフ師匠の言葉に、おけさんは手持ちのランタン用オイル瓶を全部投げると宣言する。


「……火炎瓶、ですか?」

「いや、オイル瓶に火をつけたくらいじゃ、火炎瓶にはならないから」


 『オイル瓶で火炎瓶』は昔よく見たマンチキン技だった。


 リアルの話をすれば、火炎瓶のように爆発するためには、普通の油では絶対に無理だ。

 あれは、ガソリンのように常温で激しく気化する燃焼物だからこそ出来る。


 普通の油やアルコールなら、芯となるものが無ければ燃える事は無い。

 もしくは沸騰するくらいに熱している場合くらいのものか。


 そもそも、ガソリンは「可燃物」ではなくて「爆発物」なので、セルフのガソリンスタンドで咥えタバコで給油するとか、そういう自殺行為はやめよう。

 ガソリンスタンド内でタバコを吸う事自体危険です。


 ルール的な話をすれば、レベルに関係なく、安価な火力が存在するのがまずい。

 F3では、3レベル【錬金術】に【火炎瓶】の魔法が、わざわざ設定されているくらいだ。

 万が一、それを許した場合、ゴブリンの集団が火炎瓶を投げつけてくる修羅の国が生まれる。


 そんなのも時には楽しいけれど、それは普段のゲームに飽きた時、たまにやるのが楽しいもので、それをスタンダードにされるのは、やっぱりちょっと違うと思う。


 そんな経緯を、TRPG歴の長いおけさんが知らないはずも無いはずだけれども……。


「瓶の目標はどのゴブリ……ベッド?」


 はて、どういう事だろう。


「……瓶はベッドに。判定はいいけど、布団があるから瓶も割れないよ?」


 ひっくり返った瓶から、油が布団に流れ落ちる。

 そんな状況だろうか。


「2巡目。ララーナとゴルンはゴブリン追跡。扉の前のゴブリンはラッシュに【攻撃】……当たらない」

「じゃあ、ラッシュは……え? 【行動順を遅らせ】るんですか?」

「…………」


 いいからいいからと、ラッシュ君の行動順を最後に回させるおけさん。

 それから、にやりと笑って宣言する。


 【属性魔法】の【ファイアブラスト】を、油の染み込んだ布団に打ち込む事を。


「……あ……」


 【属性魔法】は地水火風のエレメントの力を借りる魔法で、いわゆるMPに相当する【魔力】を消費して発動する。

 攻撃防御に関わる魔法が多く、特に0レベル時点で使える【ファイアブラスト】は、低レベル帯【魔法使い】の主な火力源として使われる。

 炎の塊を飛ばして、敵一体にダメージを与える魔法なのだが……。


「【ファイアブラスト】で油を吸った布団が燃え上がる……ね」


 油まみれの布団。

 狭い室内に並べられたベッド。

 床の上には脱ぎ散らかされた寝間着。


 ……これは、あれですわ。


「火災発生」


 リアルだと、あっという間に類焼して大惨事になるパターンだ。


「扉を閉めて抑えます」


 すかさずラッシュ君が宣言する。


「えっと、それじゃあ。ゴブリンはしばらく扉を開けようと、内側から殴ったり体当たりしてきたりするけれど、数ラウンド後にはもう、抵抗が無くなる」

「南無」

「焼死よりは窒息死だろうなぁ」

「今、扉を開けたらバックドラフト起こさないかな?」

「紐をノブに引っ掛けて、遠くから開けるんだ」


 馬鹿な話をする俺とラッシュ君。

 まあ、こういうのも時には楽しい。


「それじゃ、2ラウンド目。ララーナ」

「【攻撃】……じゃなくって、【ファイアブラスト】を使います。ここは確実に倒したい」


 【エルフ】も【属性魔法】を初期スキルとして持っている。

 そして、【属性魔法】は一部の例外を除いて命中判定を必要としない。

 【ファイアブラスト】も発動すれば必ず当たる。


 威力としては、ララーナならば弓矢の攻撃の方がやや高い。

 ただ今回は、【命中】判定に失敗したり【回避】される危険性と、【魔力】を消費するコストを比較して、確実に倒す方を選んだのだろう。


「ダメージ出して……【ファイアブラスト】のダメージで逃走ゴブリンは倒れた」

「よし!」


 むにむにさんはガッツポーズ。


「これでゴブリンの増援の危険性はなくなった、と」

「やっと一息つけられるのう」


 エルフ師匠と俺はむにむにさんを褒め称える。

 実際の所、ここでゴブリンを取り逃しても、際限なく増援呼ばれて延々戦闘継続。みたいな展開をエルフ師匠はやらない。


 ただ、TRPGをやる上で一番楽しい瞬間は、『危険を自分の判断で回避した』経験と実感だと思う。

 困ったプレイヤーが行うマンチキン行為も、それを感じたいからなんだと、エルフ師匠は言っていた。

 だから、プレイヤーの自発的行動は、出来るだけ成功させてその実感を与えるべきだし、その成功を惜しみなく褒めるべきだ。

 それがエルフ師匠のモットーだ。


 だから、エルフ師匠の卓では奇跡が毎回のように起きる。


 どうしてそんな事が出来るか聞いた時、エルフ師匠はこう言った。


「だって、マスタースクリーンのこっち側は見えないでしょ」


 恐ろしい台詞だと思った。


「さて。ゴルンとララーナは気付くんだけど。倒れたゴブリンの傍らに、ゴブリンが落としたらしい指輪が落ちている。細い女物の金の指輪で、この国の紋章の飾りがついている。高貴な人が身につけるようなもの」


 さて、そして。

 エルフ師匠の誘導は、見張りゴブリンが倒れても続くのだった。

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