セッション1-5 魔法の小箱とナイフ問題
「これは……まさか?」
「……まさか……?」
顔を見合わせる俺とむにむにさん。
「このゴブリンがお姫さま?」
流石にそれは無いでしょう、むにむにさん。
「略奪品の一つを隠し持っていたとかそんな感じじゃないかな」
「でもそうすると、お姫様がゴブリンに襲われて、色々奪われたって事になりません?」
「お忍びで出かけたら襲われたとか。色々可能性はあるでしょう」
少なくとも、お姫様がゴブリンに変えられたと言うよりは可能性があるでしょう。
「ゴブリンにさらわれたお姫様……記録書が薄くなる展開か……」
やめよう。女性がいる卓でそういう話題はやめようラッシュ君。
なお、F3でゴブリンにさらわれた女性の貞操の危機が発生する事は無い。
ゴブリンには雌もいるし、ゴブリンの美醜の感覚は、自分の種族を美しいと感じる設定になっているからだ。
と言うか、ゴブリンが薄い本に出演するのは、大分最近になってからの事だと思う。
「……よく分からないですね」
「情報が足りないからね。現時点では何とも言えないなぁ」
進まなければ分からない。
行けば分かるさ。
そんなところか。
「お姫様が誘拐されている可能性もあるし、急いだ方がいいかな」
「そうだな」
「異論は無いです」
ラッシュ君に俺とむにむにさんも同意する。
「それでは冒険を再開します。隊列を決めて下さい」
エルフ師匠の宣言に従って、横2列のダンジョンフロアタイルにそれぞれのメタルフィギュアを並べる。
ゴルンとラッシュが前衛。ララーナとシュトレゼンが後衛。
F3の戦闘は、特殊な場合を除いて前衛後衛方式だ。
前衛がいれば、人数差があっても後衛に直接攻撃が及ぶ事は無い。
逆に後衛からの敵への攻撃は、弓や魔法投擲武器等の射程のある攻撃だけが有効だ。
ゴルンとラッシュの二人共が倒れない限り、後衛の二人に攻撃が届く事は無い。
シュトレゼンの回復や援護があれば、パーティ崩壊はまずない。
実際、そういう事になった。
「……それじゃ、最後のゴブリンも倒れた」
その後の3度の戦闘があった。
1度目は、タイル2列分の狭い通路での遭遇戦。
2度目は、室内で酒と食い物に夢中になっているゴブリン達への強襲戦。
最後は、扉の向こうで武器を構えて待ち受けるゴブリンとの乱戦。
1つ1つの戦闘にバリエーションを設けて、プレイヤーを飽きさせないようにさせているのは流石のエルフ師匠だと思う。
その間に、シュトレゼンは2度魔法を使用。
【錬金術】はいくらか残しているが、残り【魔力】は少ない。【ファイアブラスト】を使うなら1回出来るだけだ。
ただ、【属性魔法】とは別枠の【白魔法】か、【黒魔法】ならまだまだ使える。
ラッシュは最大【耐久力】から3ダメージを負うのみ。
ゴルンは無傷だが盾の【耐久力】が残り4点。
ララーナは【魔法】を温存。後2発【ファイアブラスト】を放つ事が出来る。
そろそろ最終決戦。
最後の戦いは、シュトレゼンには【白魔法】での【耐久力】回復に専念してもらって、物理攻撃で押し込む形になるだろうか。
「ゴブリン達がいたのは倉庫と言うか、宝物庫と言うか、そんな一室。布切れや金属片や、よく分からないガラクタを詰め込んだ木箱が並んでいて、壁には武器が立てかけられている。その中で4本、飾りのついた剣が立っている。騎士なんかが使うようなもので、刃には真新しい血がついている」
エルフ師匠の説明に俺たちは顔を見合わせる。
「真新しい血がついた騎士の剣?」
「戦って奪い取ったとかでしょうか?」
「それから、反対側の壁には大型の斧やナタ、棍棒が立てかけられている。武器にはやっぱり真新しい返り血がついていて、明らかにゴブリンが持つには大きすぎる。武器の傍らにはオーガやノール、トロールの生首が置かれている」
「……こっちの武器は生首の持ち主のもの。お姫様一行を襲撃してお互い相打ち。生き残ったのがこのゴブリン達とか?」
「『俺たちに構うな! お前らは姫様を頼んだ!』という感じっすね」
「頼むの意味が違うんですが」
なんとなく、事件の背景が見えるような見えないような。
「それから、部屋の奥には目立って白い小箱がある。白木と銀細工で出来た精緻な作りの化粧箱で、上面にはこの国の紋章が刻まれている。シュトレゼンはこの箱が魔法によって施錠されている事が分かる」
いかにも宝物が入ってそうな宝箱。
それとも、この小箱自体がアイテムだったりするのかな?
「魔法の鍵だと、魔法でしか解錠出来ないんでしたっけ?」
ララーナが解錠しましょうか、とむにむにさん。
【魔法鍵】は【属性魔法】の魔法の一つで、特定の合言葉や条件でのみ、扉や宝箱が開くようにする魔法だ。
もしも無理やり開くなら、同じく【属性魔法】の【解錠】の魔法が必要となる。
普通なら。
「そこはほれ。ワシの【職人】スキルで箱を上手いことする事も出来るぞい」
【ドワーフ】の所有スキルは、【斧使い】か【槌使い】のどちらか、【種族特徴(ドワーフ)】、それに加えて【職人】【鉱夫】【錬金術】を持っている。
【斧使い】と【錬金術】はともかく、【職人】や【鉱夫】は普通のTRPGではフレーバー的なスキルだ。
それを使って何かをしようとするプレイヤーは大抵マンチキンだし、システム的にも大したことは出来ない。
しかしそこはドワーフ贔屓のF3だった。
公式で【鉱夫】スキルは洞窟や石造りの建物の構造や人の動きを感知出来るとか、【職人】スキルで鍵や罠を開けられるだとか。そういうアナウンスをしている。
プレイヤーの人数が少ない時、戦力は弱いが冒険に必須な【密偵】に一人を割くよりも、複数のマルチクラスキャラクターに役割を分担させた方が都合がいい。という事情もある。
【エルフ】に足りない【密偵】のスキルを補完させたかったのかもしれない。
そう言う訳で、このパーティの鍵開け、罠解錠担当は俺のゴルンが担う事になるわけだ。
「小箱に近づく? それなら……」
と、ダイスを振るエルフ師匠。
「じゃあ、ゴルンが持っていた指輪が……」
「ゴルンが持っていたんだっけ?」
「いや、特に決めてない」
決めてなかったはずだよな。
「じゃ、ゴルンが持ってる事にする。ダイスもそう言っている」
「ダイスの神様もそう言ってるんじゃ仕方ない」
まあ別に誰が持っていてもいいわけだしね。
「ゴルンが持っている指輪が光ると、それに呼応するように小箱が開いた」
あら、あっさり。
「中には白い絹に包まれた、黒くて禍々しいアミュレットがある」
「呪われアイテム風ですか?」
「呪われアイテム風です」
俺の質問にそのまま返すエルフ師匠。
こいつがシナリオのキーアイテムなのは間違いなさそうだ。
「どうしましょうか?」
「触ったら呪われそう」
デドドンデドドンと、ラッシュ君が言う。
コンピューターRPGみたいに触ったら外せないとかは無いんだけど、捨てても何だかんだと帰ってくる事はTRPGではよくある。
まあ、触らない方がいいか、ここは。
「小箱を閉じて、ロープで縛って荷物にしまおう」
まあ間違いなく、後で使う事になるだろう。
「室内に目ぼしいものはそれくらい」
「次行こうか」
「はい。まずは依頼の達成です」
「お姫様も待ちくたびれているいる頃だしね」
「…………」
謎が謎を呼ぶ宝物庫を出て、通路を進む。
「暗いじめじめとした洞窟。奥から言いよう無い不快な臭いが漂ってくる。通路に灯る赤黒い光が一歩、また一歩と近づいてくる……」
エルフ師匠がノリノリで雰囲気を盛り上げてくれる。
今まで無かった詳細な風景描写。
これから山場が来ますよと、分かりやすく告げている。
「いよいよ最終決戦っぽいなー」
「緊張します」
ごくり、とツバを飲み込むラッシュ君とむにむにさん。
気付くと俺も、手の平が白くなるほどダイスを握り締めていた。
「…………」
そして、おけさんはまるで変わらない。
地蔵プレイ。
自発的行動をしないとか、振られるまで何も話さないとか。
戦闘の宣言以外は何も話さないだとか。
そういうプレイ全般を指す言葉だ。
ゲームマスターとしては、反応が薄いので楽しんでもらっているか気が気で無いのだけれども、割と本人は楽しんでいる事が多いらしい。
とは言え、反応が薄いのはつらい。不安になる。
出来ればやめてあげて下さい。
「洞窟の最奥部に行き着きました。大きく開けた天井の高い空間で、部屋の中心から放射線状に石畳が整然と並んでいます。中央には大きな篝火と祭壇。祭壇にはドレス姿の女性が寝かされています」
「おお、お姫様がいた」
「薄い本展開回避」
ちょっとしつこいぞラッシュ君。
「女性の目の前には、色とりどりの羽飾りをつけたゴブリンがしわがれ声で何か呪文を唱えていて、その周囲には、白い布を頭から被ったゴブリンが4体囲むように立っています」
「いかにも何かの儀式をしている現場に間に合ってしまった」
タイミング良すぎるのはお約束。
「生贄系の儀式っぽいなー」
「魔物を召喚するとかそういう感じですか?」
「F3のゴブリンは、基本的にそういうのが仕事だから」
F3におけるゴブリンは、闇の勢力の尖兵だ。
人族の領域に侵攻し、闇の勢力のための色々な作戦を決行する。
邪神復活とか、その配下の魔人復活とか。何度かあった大侵攻の『使われなかった秘密兵器』の発掘とか。
「それと、石畳には入り口から点々と血痕が続いている。祭壇の前、っていうかその前で叫んでいるゴブリンシャーマンまで」
「手傷を負ってるって事か。最期の力で儀式をしている感じかな」
「そんな感じ」
俺の予想にエルフ師匠がお墨付きをくれる。
「なら、儀式が完了する前に阻止だ」
「ラッシュに続きます。ゴブリンシャーマンなら最初に倒さないと」
「やれやれ仕方ないのう」
ここで戦いを選ばなかったらシナリオが進まない。
ゴブリンシャーマンはこの局面で出すには強敵だけど、負傷設定で調整しているって事だろう。
攻撃力や行動回数にもデバフが入っていると見た。
「君たち……ゴルンが石畳に立った瞬間、凄まじい光が地面から発生する。部屋の至る所から光が漏れて、部屋いっぱいの魔法陣となる。同時に、ゴルンの荷物の中で小箱がガタガタと震えて、開こうと暴れだす」
あ、やべ。忘れてた。
「あー。そっちが本命だったか」
「見張りゴブリンが指輪をちょろまかしていたから小箱の封印を開けられなかった……」
「でもって、何も知らずに封印を解いたアホがいる……俺かー!」
なんかちょっとひねった展開だぞ。
ハック&スラッシュ専門のエルフ師匠らしく無い展開だ。
「これだから【ドワーフ】は考えが足りないのよ! まったく。今日はなんとかしてあげるけど、この責任は後でしっかりとりなさいよね!」
むにむにさん渾身のツンデレ演技。
将来が楽しみな女子中学生だ。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
そして何故か両手を合わせて感謝をしているラッシュ君。
将来が心配な大学生だ。
「とにかく、荷物の中から小箱を出して開かないように抑えるぞい」
「あの呪われアイテム風が何かアレなんだろうしね」
「小箱はロープを千切らんばかりにガタガタを震えている。わずかに開いた中から、禍々しい色の光が漏れている」
「うわああ。【ニカワ】! 【ニカワ】で開かないようにする!」
思わず叫ぶ俺。
【ニカワ】は【錬金術】の一つ。
接着剤を作って、物を固定したり、何かをくっつけたりする魔法だ。
「じゃあ、小箱は開かなくなった。でも、中の何かがガタガタ震えている」
「さっさと倒しましょう」
「うむ。暴力は全てを解決する」
むにむにさんの意見に同意する俺。
「部屋の中のゴブリン達は君たちの存在に気付いた。白布ゴブリンの内3体が前衛、1体が後衛で接近してくる」
後衛がいるって事は、何か飛び道具持ちか。
ゴブリンアーチャーなのか、それともアイテム持ちか……?
「そして、祭壇の前のゴブリンシャーマンが歓喜の叫びを上げると、手に持ったナイフを振り上げる」
「あ、お姫様を助けないと……」
「こっ……これは首ナイフ問題!」
とりあえず、言ってみた。
「なんですかそれ」
ハテナマークを浮かべてむにむにさん。
そうか、若い人は知らないか。
「こんな感じで人質取られた時、『首に突きつけたナイフの一撃で人質を殺せるか』と言う問題だよ」
「それは殺せるのでは?」
「ところが、ナイフの最大ダメージでも一般的な人は死なないんだ」
まあ、難しい問題だ。
ルールか常識。どっちを上とするかは、TRPGでは何度も議論となる問題だ。
この問題のエルフ師匠の解答は。
「そもそも、人質にナイフを突きつけてにらみ合う、という状況を作った時点でゲームマスターの失敗。にらみ合ってあれこれ考えるから、制御しづらい行動をプレイヤーが始める」
だったはず。
そんなエルフ師匠が何故……?
「で、ゴブリンシャーマンは自分の腕にナイフを突き立てる」
「そっちか」
思わず声に出してしまう。
「ゴブリンシャーマンの腕から血が流れるたびに、魔法陣の光が強くなる。ぶっちゃけると、これは【黒魔法】の儀式。3ターン後に『何かが起きる』」
エルフ師匠の宣言。
各種バトルの見本市だったこのセッション。
ラストバトルは、時間制限付き儀式阻止バトルと言うことらしい。
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