セッション1-3 はじめての戦闘 その2
「じゃ、2ラウン……」
ていや、っと。
エルフ師匠を遮るようにおけさんがダイスを投げる。
「……あ。ごめん」
エルフ師匠が謝罪する。
そういえば、シュトレゼンの行動回数も残っていた。
行動回数が多いシステムでは、よくあるよくある。
ゲームマスターにうっかり忘れられても、悪意は無いのでやんわり訂正してあげてください。
分かってますよね? おけさん。
何にせよ、シュトレゼン怒りの一撃(投石)はゴブリンBに命中。それなりの手傷を与える。
「当たってるなぁ。シュトレゼン」
低レベル帯だとよくあるんだけれども。
後衛の暇潰しで投げた石が、毎回敵のトドメを刺して、結局パーティの撃墜王。なんて話。
狙ってやるのは無理だけど、何故だかやたらとよくあるような気がする。
気のせいなのか、なんなのか。
「それじゃあ、2ラウンド目。ララーナから」
「はい。えっと、増援が来るか警戒したいんですが」
「それじゃあ、1巡目の行動は警戒と言う事で。このラウンド中にゴブリンの増援が来た場合、ララーナは即座に行動出来る」
「……それは。大丈夫ですよね?」
エルフ師匠の言葉に、眉根を寄せるむにむにさん。
「大丈夫って?」
「ゴブリンの増援が来た場合は気付くけど、ホブゴブリンの増援に気付くとは言っていない。とか……」
それはいつの時代のクソマスタリングだ。
「そういう人もいるって……」
「大丈夫。ゴブリン以外でも気付くから。それにこれはゲームマスター発言だけど。このシナリオにゴブリン以外の敵は出ません」
きっぱりと言い切るエルフ師匠。
まあ確かに、むにむにさんの心配も分からんでもない。
かつて、そういうゲームマスターもいた。
詭弁を弄して。或いは強権を奮って。それが高度なプレイングだと。そんな事を言っている連中がいた。
俺はそういう連中が大嫌いで。
だから、そうならないとゲームマスターを志して。
そして、エルフ師匠に憧れた。
エルフ師匠の卓には、いつも笑顔があったから。
「そこまでぶっちゃけていいんですか?」
「ゲームマスターに一番必要なのは、ぶっちゃけ
ぐっ、と親指を立てるエルフ師匠。
むにむにさんは安心したように宣言する。
「じゃあ、ララーナ1順目の行動は警戒です!」
うむ、いい顔だ。
つまらない心配をしていると、楽しむ事も十分に出来ない。
ぶっちゃけ
「で、ワシの手番かの。そいじゃあラッシュよ、今回は【ファランクス】はいらんぞい。手数で殴って早めに沈めるとしようかの」
「了解。今度こそラッシュが沈めるぞ」
勢いこんでダイスを振る俺。
「はずれました」
勢い込んでもダイス目が腐っていたら仕方ない。
「ゴブリンの攻撃。はずれ」
エルフ師匠の出目も腐っていた。
「次はラッシュか……」
と言いつつ、手元のルールサマリーを前にして腕を組むラッシュ君。
「どした?」
「いい【剣技】のコンボとか無いかなって思って」
【剣技】と言うのは俗称だ。
F3のスキルには、それぞれに【特殊行動】がある。
【盾使い】の【ファランクス】もその一つだ。
他にも【命中】にマイナス補正を与える代わりに【ダメージ】をプラスする【強打】だとか、行動回数を2回分使う攻撃で、相手は【回避】を2回成功しないと命中する【フェイント】だとか、他にも色々と存在する。
戦闘で使われるそれらの【特殊行動】を、プレイしていた連中が【剣技】とか【戦技】なんて呼んでいて、それがいつしか正式名称になっていた。
F3はゲームシステム上、ある程度レベルアップすると【命中】判定も【回避】判定も、普通に振ればほぼ確実に成功するようになる。
だから、【戦技】を使って【回避】をやりにくくしたり、一撃の威力を上げたりするようになる。
そうなってからが、F3戦闘の真骨頂なんだけど、低レベル帯では普通に殴った方が有効な場合がほとんどだ。
つまりラッシュ君の悩みは、今はあんまり意味が無い。
「…………」
どうアドバイスをしようかと考えていると、おけさんがひょいと手を伸ばす。
それからルールサマリーを基本戦闘の項目までめくると、一つの項目を指で叩く。
「……あ、なるほど。そういうのもあるのか。えっと、それじゃあラッシュは1巡目は【行動順を遅らせ】ます」
【行動順を遅らせる】はF3戦闘での基本行動の一つだ。
これによって、行動順をその巡目の一番最後に回される。
【行動順を遅らせる】を二人以上が行ったら、それは同時行動とみなされる。
ぱっと見は役に立たない行動だけれども、F3だと非常に役立つ局面がある。
「…………」
そしてシュトレゼンの投石。
「ゴブリンBの【回避】。成功」
こうやって、敵の行動回数が無くなるのを待つ場合だ。
「じゃあ、1巡目最後のラッシュの攻撃!」
てやっ、と振ったラッシュの攻撃は、見事に命中。ゴブリンBに深手を与えた。
「では2巡目。ララーナはここでゴブリンBを攻撃しても、増援が現れた時には対応できるから」
「それじゃ、背後からゴブリンBを攻撃します」
ララーナの弓も命中。
「もうちょい」
「それじゃあ、ワシが決めるとするかのう。てやっ、【命中】成功」
「【回避】成功」
悲しい。
「ゴブリンBは今度はゴルンに。【命中】は……失敗。ラッシュだったら当たってたのに」
「ゴブリン如きの刃は当たらんよ」
【ドワーフ】の初期スキル【種族特徴(ドワーフ)】のおかげである。
【エルフ】と同じく【ドワーフ】にも【種族特徴】がスキルとして存在する。
「長寿」とか「頑強」とか「酒に強い」等あるが、白眉となるのは「低身長」。
なんと、攻撃された時の【命中】判定にマイナス補正を与える効果がある。
なので、ラージシールドを持ったドワーフに攻撃を命中させるのは、至難の業だ。
対して【エルフ】の【種族特徴】は、病気に罹らない以外はあまりプレイの役には立たない。
それでも、【エルフ】は人気種族で【ドワーフ】をプレイする人は少なかった。
そんな中で俺は、好んで【ドワーフ】でプレイするもんだから、「ドワさん」なんて呼ばれるようになった訳だ。
悲しい。
同士求む。
「じゃあ、今回も1順目と同じでいいですか? おけさん」
「…………」
こくんと頷くおけさん。
そしてダイスを振って石を投げ。
「はずれたね」
エルフ師匠の無情の声。
【魔法使い】の攻撃がそうそう何度も当たる訳も無い。
「仕方ない。それなら普通に当てて倒すのみ。攻撃」
気合を込めてダイスを振る。
コロコロ、と転がって、転がり過ぎてテーブルの端まで転がって。
そこでようやくダイスが止まる。
「当たり」
「【回避】失敗。ダメージ出して」
「はい。それじゃ10点です」
「倒れた」
こてん、とゴブリンBのメタルフィギュアも机に伏せた。
「初勝利」
「ちゃらららーらーららっらららー」
「いい感じの勝利です」
パーティ初勝利を祝う俺たち。
その隙に、エルフ師匠はぱたんぱたんと、石畳の柄がついた正方形の板を並べ始める。
ダンジョンフロアタイルだ。
これを並べてダンジョンの状況を視覚的に表現するのだ。
「タイル1枚で一人が立てるくらい。で、洞窟はこんな感じ」
2列のタイルが真っ直ぐに並べられる。
その端に、エルフ師匠はゴブリンのフィギュアを置いた。
「ララーナは洞窟の中からゴブリンがやってくるのを感知する。無警戒にがちゃがちゃ鎧を鳴らして、鼻歌なんかを歌いながら歩いてくるね」
「攻撃します」
血の気が多いな、この子は。
「ん……じゃ。【命中】判定。不意打ちだから【回避】はしない」
「はい。【命中】判定は成功です」
ダメージは……。なんて言いながら、エルフ師匠はマスタースクリーンの裏側でメモをとる。
エルフ師匠の小さい身体は、少し頭を下げるだけでもマスタースクリーンに隠れてしまう。
その影で、メモに消しゴムをかけて、また何か書いて。横に置いたらしい消しゴムを落としそうになってオロオロしている。
なるほどこれは愛らしい。
大学生当時から、大分おっさんになった今になってようやく分かった。
エルフ師匠は萌えキャラだった。
当時、萌えと言う言葉が一般的だったかはよく覚えていないが。
昔一度、エルフ師匠をマスコット的立ち位置にしたいサークル主催者と少しばかり揉めた事がある。
今なら、その主催の気持ちもよく分かる。
やらないけどね。
エルフ師匠。セクハラ行為は許さない人だから。
「では、攻撃を受けたゴブリンは、悲鳴を上げて洞窟の奥に逃走します」
「追いかけます」
血の気が多いなぁこの子。
「ちょっと待って。後衛が先に行っちゃダメだよ」
「でも、逃げられたら、もっと仲間を呼びますよ。ここで倒さないと」
「ええい。血の気の多い【エルフ】じゃわい。と言って追いかける」
「ラッシュも続きます」
「…………」
ララーナに続いて洞窟に走り込むプレイヤーキャラクター達。
実は、ゴブリンに仲間を呼ばれてもまったく困らない。
理由は2列のダンジョンフロアタイル。
そう、この通路内では前列として接敵出来るのは2体までなのだ。
だから、何体のゴブリンが現れようと、隊列を保持する限り2体のゴブリンが次々出てくるのと変わらない。
飛び道具を使う『ゴブリンアーチャー』や魔法を使う『ゴブリンシャーマン』も存在するけれど、それも攻撃範囲に入った時点でララーナとシュトレゼンが集中攻撃をして倒せばいい。
そもそも、ゴブリンシャーマンは3レベルモンスターだ。
つまり、1ラウンドに最大4回殴ってくる。
初期パーティが戦うとすれば、ボスとして単体で出すくらいが適当だ。
盾となる雑魚を大量に連れてゴブリンシャーマンが現れる。そんな戦闘バランスのシナリオを、エルフ師匠がするとは思えない。
「じゃあ、ララーナ、ゴルン、ラッシュ、シュトレゼンの順で洞窟の中に。しばらく進むと……」
メタルフィギュアを順番に置く。
それから、少し離れた所にゴブリンを置き、通路の右手に扉の模様のタイルを置いた。
「矢が刺さったゴブリンが扉を開けて何か叫んでいる。扉の中からドタドタと起き上がったり地面を駆け回る音がする。君たちに気付くと、矢ゴブリンはさらに奥へと逃げていく」
「弓矢で【攻撃】。生きてたらそのまま【全力移動】で追いかけます」
ホント、バーサーカーだこの子。
「【攻撃】は命中」
弓のダメージは割合深手。
普通の戦闘職の攻撃なら、ゴブリンは3回殴れば倒せるくらいの強さだ。
次の攻撃が当たれば間違いなく倒れるだろうが……。
うーん。これは判断が難しい所だなぁ。
「出来れば戦力分断はしたくないんだ」
ゲームマスターの負担になるからね。
分断して、視点から外れてやることが無くなったプレイヤーが暇そうにしているのは、プレイヤーが思うよりもダメージがでかい。
だから、極力パーティ分断はしたくない。
そして、ゲームマスターの精神衛生は、セッションの成否に関わる重大事項だ。
「大丈夫です。すぐに倒して戻ります」
むにむにさんが言った。
「大丈夫っす。すげえいい手段思いついたんで、ゴルンはララーナのサポートに行って下さい」
ラッシュが言った。
「大丈夫」
そしてエルフ師匠も言った。
「並列で処理するから」
なんとも頼もしい言葉だった。
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