セッション3-4 正面突破

 まずい事になった。


「これはまずいですね」


 むにむにさんも同意見だった。

 本当にまずい。

 特に途中で顔文字を忘れているあたり。非常に怒っていらっしゃる。


「これってPvPってやつですよね。私、上手く出来るかなぁ」

「いや違う。そっちじゃない」

「え?」


 呑気なむにむにさんであった。


「セッションの事よりさ。お父さん怒ってんじゃない?」

「大丈夫ですよ。パパは怒ったりしないです」


 そりゃ、可愛い娘には怒らないかもしれないけれど。

 縁もゆかりも無い、ついでに言うと多分同年代の男が相手で怒らないとは限らない。


 というか、間違いなく怒る。

 むしろ、すでに怒っている。


「まやちゃんとみどりちゃんが何を話したかだなぁ」

「まやちゃんもみどりちゃんも変な事言いませんよ。ドワさんの事もいい感じって言っていました」

「……何か一気に不安になったんだけど」

「大丈夫です! 私の彼氏を取らないって、ちゃんと約束しましたから!」


 満面の笑みで答えるむにむにさん。


 そういう話ではない。

 顔は可愛いがそういう話じゃあないんだ。


 俺の預かり知らない所で事態が急展開を迎えているじゃないか。

 TRPGシナリオだったらプレイヤー大激怒だ。

 どのシナリオ講座でも、プレイヤーの関与出来ない場所で事態が進むのはダメだって書いてあるだろう。


 「依頼を受けたのが間違いだったね」

 「最初からもう、手遅れだったんだよ」

 「君たちが○○している間に、彼女は殺されていたんだ」


 この3つはやっちゃいけないマスタリングの典型例だろうに。

 やっぱり現実はクソゲーだ。


「お、盛り上がっておりますな」

「ここは若い2人に任せておきましょうか」


 背後から声がした。

 振り返ると、エルフ師匠とおけさんの2人が、にししと笑ってそこにいた。


「そういうの止めて下さいよ」

「何言ってんの。いたいけな女子中学生に手を出したおっさんが」

「淫行条例違反」

「手は出してないです」

「出してもいいですよ?」

「だからやめてって」


 女性3人相手にすると、形勢不利は否めない。

 1人相手だって形勢不利だ。

 婚活失敗してきたおっさんを舐めてもらっちゃ困るのだ。


「……あのー。そろそろ再開しないっすか?」


 リビングからラッシュ君の声がする。

 蚊帳の外にされて、相当待ちくたびれている様子。


「はいはい。再開しましょうよ」

「……まあいいか」

「作戦会議は後で、ですね」

「後で追求するから」


 追求はされたくないなぁ。

 そんな事を考えながら定位置に座ると。


「エッチな事したんですか?」

「してないよ」


 ラッシュ君まで追求してくる。

 本当に勘弁して下さい。


「あと(で)くわ(しく)」

「ちゃんと話すから」

「じゃ、【ゴルゴーン】が【透視の額冠】を……装備するかどうかは【知力】ロールで決めようかな」


 再開早々に、せこい事を言い出すエルフ師匠。

 これには一同ブーイング。


「装備するって言ったじゃないですか」

「言ってないよ。『装備……』まで言っただけど。装備するとは宣言してない」

「ずりー」

「それは酷くないですか」

「…………」


 おけさんも親指を下に立てている。


「それなら【知力】ロール無しでいいや。【ゴルゴーン】は【透視の額冠】を装備した」


 そしてあっさりこちらの要求を飲むエルフ師匠。

 この辺の呼吸、いまだに俺はよく分からない。

 一度は要求を飲んだというムーブを見せて、別の何かの誘導を狙っているのか。

 はたまた、単純にちょっとゴネてみたかっただけなのか。


 どっちとも分からないが、終わってみると結構それが重要だったりする事がある。

 と思えば、何も関係が無くて結果記憶にも残らない事もある。

 さっきのメールをこのタイミングで送ってきた事といい、何かありそうな。たまたま思いついた事を口走っているだけのような。

 はたして何が正しいのか。


「トラップカードオープン!」


 勢いこんでラッシュ君が言う。


「……それはアタシの台詞……」


 台詞を取られたおけさんが、珍しくセッション中に発言する。


「あ……スンマセン」

「ん。いいのよ別に。その分頑張って盾になってね」


 にっこり笑って手を振るおけさん。顔を赤くするラッシュ君。

 おけさん、顔と外ヅラはいいからなぁ。


「……ラブコメの波動を感じる……っ」

「バカな事言ってないでシナリオ進めて下さいエルフ師匠」

「うん。じゃ、【透視の額冠】を装備した【ゴルゴーン】は君たちの方向を見ながら、柱を迂回するみたいに移動してくる」


 エルフ師匠が【ゴルゴーン】のメタルフィギュアをゆっくりと動かしていく。


「ここは一気に走って逃げよう。祭壇の反対側へ」

「最低、石化光線一発分の時間は稼げますね。ララーナが先行します」

「ラッシュは鏡をつけた盾を背中にくくりつけます。一応、警戒しているフリだけ見せておこう」

「…………」


 スロープに仕掛けた石化解除薬の判定はまだかと、おけさん。


「うん。【ゴルゴーン】は君たちが走り出すのに気付くと祭壇の上に登っていく。シュトレゼンは【技量】平目で判定して」


「……っしゃ」


 小さくガッツポーズするおけさん。

 コロコロと振った値は12。シュトレゼンの【技量】は14だから成功だ。


「シュトレゼンは解除薬を浴びて復活します。行動できるのは次ターンから」

「…………」


 よしよしと、指を鳴らすおけさん。

 とりあえず、そちらの処理は終わったから、次は俺達の心配をしなくちゃいけない。


「【ゴルゴーン】は祭壇の上についた。で、距離と移動速度から、みんなはこんな感じ?」


 奥側通路の一番先頭にララーナ。続いてゴルン、ラッシュとメタルフィギュアを移動させる。

 一番遅れたラッシュは通路入口にやっと届いたくらい。

 祭壇にいる【ゴルゴーン】には完全に背中を晒す形になっている。


「じゃ、【ゴルゴーン】はラッシュの背中……は鏡ついてるのか。それじゃ祭壇の鏡の一つに向かってから、【透視の額冠】を外そうとして……外れなくて悶絶する」

「よしよし。上手く行った」

「この隙に奥に行きましょう」

「ゴルンはラッシュを通路の入口で待ちます」


 展開的に通路の先に壁画があるのだろう。

 ララーナがそこに行って壁画を写すまで、ここでなんとか足止めをする。

 と、言う体裁。


 多分なんか助け舟があると思う。

 壁画の部屋に出口があるとかそういうの。


 まともに戦うと石化光線が無くても死ぬし。


「【ゴルゴーン】は『ぐわー、なんで取れないの―』みたいな事を叫びながらうねっている」

「意外と可愛いっすね」

「F3の【ゴルゴーン】は切り株に一つ目つけたみたいな顔だぞ、ラッシュ君」

「ソシャゲのキャラみたいに美人だったら単眼でもいけるのに……」

「それは……まあ、ご愁傷さま」


 すまん、おじさんは単眼キャラの魅力は分からないんだ。


「それじゃあ。ラッシュは盾を構えながらじりじり通路を後退して行くっす」

「ゴルンも同様」

「ララーナは【全力移動】で通路を駆け抜けます」


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。


「通路を駆け抜けたララーナは、一面に壁画を施された部屋につく。部屋の中心には円柱状のクリスタルみたいなのが立っている。クリスタルは青色の光を発している」

「壁一面……どの壁画を写せばいいんでしょうか……」

「後、一番奥に鏡。鏡面には【透視の額冠】を取ろうと暴れている【ゴルゴーン】が映っている」


 ここから石化光線をぶっ放してくるつもりだったのか。


「そう言えば、この鏡って1対1対応でしたよね」


 関係ないですけどと、むにむにさんが首をひねる。


「そうだよ」

「……つまり、対応する鏡を全部覚えているんですか? この【ゴルゴーン】」

「そうだよ」

「すごいですね。私なら間違えそう」

「ワンオペのカメラ監視員みたいな仕事」

「頭おかしくなるで」

「ここから出られないからね」


 ……ん?


「エルフ師匠。【ゴルゴーン】が出られないって?」

「うん。【ゴルゴーン】は祭壇がある部屋から出られない。通路の目の前まで、すごい速度で這ってきて、入り口手前で悔しそうに行ったり来たりしている」

「封印されている系ですかね」

「そんな感じ」


 意外と苦労人のモンスターだった。


「それで鏡を配置して迎撃システムを作ってたんすか」


 そういう事やりたくなるよね、とラッシュ君が言う。

 シミュレーション志向のラッシュ君。ダンジョンを守れと言われたら、そりゃあもう凝った作りにするだろう。


「うん。【黒魔法】で使い魔召喚して、鏡を配置したりとかしてた。暇だったし」

「孤独なモンスターだった」

「【ゴルゴーン】。お前もまた、悲しみを背負うもの……」

「【透視の額冠】で石化光線を封印しなかったらどうなっているんですか?」

「四方八方から石化光線が飛んでくる」

「ずっとここを守っていて下さい」


 冒険者が襲撃して来ていない時、ダンジョンのモンスターが何をやっているかの考察は、やっていて楽しいけれど、やるほどに深みにハマる泥沼だ。

 待機時間が長すぎて暇を持て余すし、何より食事とか排泄とかどうしてるんだとか、『ゲームのお約束』として流されている重要事項が多すぎるのだ。


「…………」


 そんな無駄話をしていると、おけさんがちょいちょいとシュトレゼンのメタルフィギュアを突き出す。


「うん。シュトレゼンは回復したよ」

「…………」


 よし、と倒れたメタルフィギュアを立ち上がらせて、それからスロープを逆走させるおけさん。


「何やるんですか?」

「…………」


 心配する俺。

 まあ、まかせてよと。自信たっぷりに、おけさんは親指を立てた。

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