セッション3-5 にかわと鏡

「それはそれとして。じゃ、ララーナ達から処理するよ」


 自信満々のおけさんを、エルフ師匠は無情にも遮った。


「…………」

「悪いようにはしないから。ちょっと待ってて」


 おけさんの物言いたげな視線も軽く流して、エルフ師匠はマスタースクリーンの裏側から、イラストを書いた紙を出す。


「ララーナが部屋に入ると、中央のクリスタルの光が強くなって、壁画の一角を明るく照らす。で、そこに描かれているのはこんな感じ」


 開いて見せたイラストは、なんだかファンシーな感じの絵。ちょっと壁画っぽい感じはしない。

 というか、エルフ師匠の画風そのまんまの絵だ。


「可愛い壁画ですね」

「エルフ師匠、相変わらず可愛い系の絵柄ですね」

「これだけイラスト描けるのは憧れっすよ」

「画風は気にしちゃだめ。アステカの古代遺跡とかあんな感じの絵柄だと思って」


 丸っこい女の子女の子した絵柄を、古代遺跡風に見立てるのはちょっと無理があるように思えるけれど、その『見立て』というやつも、TRPGの醍醐味みたいなモンだ。

 そもそも絵が描けるゲームマスターは貴重で希少だ。

 ちなみに俺は犬だかスライムだかよく分からない代物しか描けない。


「壁画の説明するけど。1枚目は姫様が胸に穴を開けられて、魔神に中のハートを持っていかれる」

「心臓をえぐり出されるとかっすかね」


 グロいなぁ、とラッシュ君。

 むしろ最初にそのイメージが出てくるのはどうなんだ。


「魂を奪われるとかの婉曲表現かもしれませんね」

「どっちにしても、姫様は魔神の犠牲になる訳だ」


 とりあえず、その事がわかっていればいいか。


「二枚目。エルフとドワーフと大盾の戦士と魔法使いが……」

「ピンポイントに見覚えのあるメンツだ」

「いったい、どこの何者だろうか……」

「この人達を探すのが次のシナリオですね!」


 無意味にノリの良い俺たちであった。


「探すまでも無く君たちの事。なんかこう、それぞれに分かる特徴とかがある感じで」

「おお、このドワーフの斧に刻んだ文様は、まさにワシの一族のもの!」

「そんな感じ」

「ラッシュの外見設定がこんな所で役に立つとは……」


 そんな事を言いながら、ラッシュ君は自分のスマホを取り出した。

 出てきたのは戦士のイラスト。

 金髪の尖った髪型に赤いバンダナ。逆三角形の三白眼の左向きの顔。

 肩あたりまでしっかり描いてあるのだけれど、そこから先は線画で、下半身は大盾で隠れている。


 うん、いかにもなキャラクターイラストだ。


「おお、いい感じじゃないか」

「ちょっと頑張って描いてみたっす」


 別段上手い絵ではないけれど、それはそれで味がある。

 誰もが最初に通った道。そんな感じの味わい深さ。


 まあ、スライム犬しか描けない俺が言う事じゃないけれど。


「じゃ、戦士はツンツン頭でバンダナをしていると。ララーナは?」

「ええっと。特に外見特徴決めてないんです」

「じゃ、一般的エルフっと」

「後で壁画の内容が変化する事があります」

「設定が生えてくるとそうなる。シュトレゼンは、見るからに黒魔術師だっけ?」

「…………」


 うんうんと頷くおけさん。

 おけさんのシュトレゼンは【黒魔術】一本伸ばしの3レベル。


 F3の世界では、レベルアップごとにスキルレベルを1だけ上げられる。

 でもって、【職業】毎に複数スキルがあるわけで、スキルレベル2の時点で玄人レベルと見なされる。

 スキルレベル3ともなると大きな街で一番くらいの専門家だ。


 シュトレゼンは既に、どこに出しても恥ずかしくない黒魔術師だと言うことだ。

 なお、黒魔術師自体がどこに出しても大丈夫かどうかは別問題とする。


「ま、そんな感じの4人組が旅に出る。エルフの棲まう森に……」


 おっと、そう来たか。


「それはララーナの故郷ですかね」

「かもね。それから、ドワーフの城塞そびえる岩山に」


 つまり、双方の実家訪問をさせられて、その先で色々無茶をやらされるよと。そういう予告に他ならない。


「そして、ドラゴンが飛ぶ海原を越えて。巨大な碑石のある小島でハートの『何か』を手に入れる」

「奪われた心臓を取り返せ的な感じっすかね」

「心臓そのものじゃないんじゃないかなぁ」


 そろそろ生モノの心臓から離れようかラッシュ君。


「それで、その『何か』の力で姫様が復活する。そんな感じ」


 紙芝居のように広げられるエルフ師匠直筆のイラスト集も、大体そんな感じのイラストが描かれている。

 なんだか時々、主題とは関係ない意匠が施されていたりするけれど、まあその辺はエルフ師匠の趣味かなんかだろう。

 あまり深く突っ込んでもしょうがない。


「とりあえず、これを写して脱出しましょう」

「中央のクリスタルにはうっすらと外の様子が映っている」

「ワープゲート的な?」

「ワープゲート的な」


 人差し指を立てて答えるエルフ師匠。

 わかりやすくて有り難い。

 行った道をもう一度攻略するのも面倒くさいしね。


「壁画の内容メモして終わりでいいんじゃ無いっすかね?」


 ラッシュ君の言い分ももっともだけれども。


「メモし忘れた意匠とかに意味があるとか、そういう展開は避けたい」


 後で、壁画を思い出して描く成功判定とかやられても、それはそれで困る。

 大抵そう言う時は大失敗フラグだ。

 そしてゲームマスターが困る。困って無理のある展開が始まったりする。

 何回かやった失敗だ。


「ああ、確かにありそうな展開っすね」

「じゃあ、アレしたいです。インディージョーンズみたいに紙を壁に貼り付けて、木炭で擦って写すの」

「ああ、映画でやってたやつ」

「あれは一度やってみたいやつ」


 映画やアニメを見た後は、TRPGで似たような事をやりたくなる。

 これはプレイヤーの本能みたいなものなので仕方ない。


 ゲームマスターも同様で、ジュラシックパークが上映されていた時には、現代の街並みにティラノサウルスが出てくるシナリオをみんなやった。

 それでいいんだ。

 俺達は素人の趣味人で、俺たちが楽しめればそれで成功なのだから。


「じゃ、インディージョーンズ方式で壁画は完璧にコピー出来た」

「やることは終わったな。指差し確認」

「壁画のコピーよし」

「【ゴルゴーン】よし。ちゃんと生きてます」

「壁画の部屋に仕込まれた鏡はどうするかな?」

「持って帰る必要も無いですよね。壁の方に向けておきましょう」

「ラッシュ的には【透視の額冠】は手に入らなかったのが厳しい」

「ワシの方もダメだったし、仕方なかろ。もっと実力を上げてから、もう一度挑むのもよかろう」

「TRPG的に、クリアダンジョンの再攻略とか可能なんすかね」


 言われてみれば、そう言うのはあんまりやらないなぁ。

 キャラクタービルドに必要なアイテムなんかは、後で店売りで出てたりするし。


 ……【ゴルゴーン】の目玉なんて売ってるかなぁ……。


「じゃ、3人はワープゲートで脱出と」

「…………」


 でもってこれから出番だと、おけさんが指をボキボキ鳴らす。

 珍しくやる気にあふれていらっしゃる。


「で、どうするの?」

「…………」


 神殿1階のマップを指示するおけさん。

 【ゴルゴーン】の石化光線が使えなくなった今、神殿内の移動は自由に出来る。


「えっと、ここの鏡と、ここの鏡?」


 神殿中央に鎮座する【遠見の鏡】と、入り口の上に設置された【遠見の鏡】。

 2つの鏡面を合わせて【にかわ】で固定する。


「じゃ、そのあたりで3人が神殿正面にワープアウト」

「【呪いの装備】を解除」


 エルフ師匠の宣言に、すかさず答えるおけさん。


「神殿最奥部から『ぎゃあああああ』みたいな叫び声がして、しばらくしたら静かになった」

「え、どゆことです?」


 ツーカーで会話するエルフ師匠とおけさんに、ついていけないむにむにさんが首をひねる。


「神殿中央の【遠見の鏡】は、神殿正面に逃げた相手を攻撃するためのものだから」


 オープニングで石になったNPCもここから発射された石化光線にやられた訳だ。


「それを別の【遠見の鏡】で繋いだって事っすね」


 いやぁ、マンチマンチとラッシュ君。

 むにむにさんも少し遅れて理解する。


「そう。【呪いの装備】が剥がれた【ゴルゴーン】が、ワープアウトした3人を咄嗟に狙う。ただし、繋がっていたのは自分の横の別の鏡だった」


 マップを指でなぞって説明するエルフ師匠。

 最奥部中心から神殿中央に。

 それからくるりと回って最奥部に戻り、最奥部中心の【ゴルゴーン】のメタルフィギュアに指を向ける。


「哀れ【ゴルゴーン】は自分の石化ビームで石となりましたとさ」

「……回収……」


 おけさんの言葉で思い出す。


「じゃあラッシュ。お前さんの【透視の額冠】を回収に行くとするかのう」

「石になってたりしないっすかね」

「大丈夫。その辺はご都合主義が発生するから」

「ゲームマスターがご都合主義とか言わないで下さい」


 まあ実際、ご都合主義な訳ですが。

 と言うか。魔法なんかで石化した時、装備品も一緒に石になるのは、ちょっと考えるとおかしいような気がしないでもない。

 かと言って、装備品は盗まれたり風化したりして、素っ裸の石像が並ぶというのも、それはそれでどうかと思う光景だ。


「ところで、石になった【ゴルゴーン】から目玉だけ取り出して、石化解除薬をかけたらどうなりますかね?」


 ちょっとそこは気になった。


「とりあえず【職人】でロールしておいて」


 そう言って、エルフ師匠はマスタースクリーンをパタンと畳んだのだった。


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