セッション3-6 スシパーティ
「えー、さて。本日のディナーは手巻き寿司です」
「豪勢」
「アタシやっぱりここに住むわ」
「私も住みます」
「ってか、お値段大丈夫っすか?」
酢飯を抱えてリビングに行くと、喜びの声に出迎えられる。
正直な話、今日はちょっと奮発してしまった。
でもまあ、手巻き寿司パーティは楽しいからいいとしよう。俺も腹いっぱい食うつもりだし。
それはそれとして、お値段を心配する声がラッシュ君1人と言うのはどうなんだろうか女性陣。
「大丈夫大丈夫、材料大体お手製だから。ま、次あたりなんか持ってきてよお菓子とか」
刺身は業務用スーパーの冷凍特大サイズを切り分けたもの。
カニはカニカマ。きゅうりは言うに及ばず。後は納豆、カンピョウ、タクワンなんかも安いモンだ。
一つ問題と言えば、俺が大好きなイクラはさすがに高かったので入っていない。
代わりに明太子と、塩昆布漬けサーモンで我慢してもらおう。
こいつはこいつでかなり美味い。
まあ、そんな感じで比較的安くは上がっている。
多分、回るお寿司屋さんで食べるよりもかからないんじゃないかなと思う。
「それじゃ遠慮無くいただくっす。次は近所の和菓子屋でなんか買って来るっす。後、ジュースも担当します」
「じゃ、アタシも持ってきたジュース出そ」
なんて言いつつ、おけさんは勝手知ったるとばかりに冷蔵庫を開けて缶ビールを引っ張り出す。
待て。そんな所にビールを入れた覚えは無いぞ。
いつの間に入れたんだ?
「エルフさん呑む?」
「ファンタがいい」
「はいはい。グレープ買ってありますから」
「むにちゃんも呑む?」
「未成年に飲酒を勧めちゃダメだぞ」
「はいはい、分かりましたよ―」
手酌でビールを注ぐおけさん。
俺はと言うと、ジュースを皆に注いで回っている。
結局、酒を呑むのはおけさん1人だ。
ただし本人は気にした様子も無く、そのままぐびぐびと行っている。
「ドワさん呑めないワケじゃないんでしょ?」
「子供がいる所で大人が酔っぱらう訳にはいかんでしょ」
「最近は子連れ居酒屋とかあるらしいっすけど」
「俺の時代では想像もつかん話だなぁ……」
おっさんの古い考えだと言われるかもしれないけれど、その辺のモラルは拘りたい。
他人はともあれ、俺自身は『硬い大人』でいたいと思う。
「むにちゃんはおじさんに愛されてるわねー」
「そんな……嬉しいです」
顔を赤らめながら、むにむにさんは海苔に酢飯を乗せている。
ちんまりと乗せたご飯の量が、いかにも小柄な彼女らしい。
「遠慮しないでガバっと入れていいんじゃないっすかね」
さっきの言葉の通り、遠慮無く山盛り酢飯を巻いているのはラッシュ君。
いや、いいんだ。遠慮しなくていいんだ。
若い子は遠慮しないでいっぱい食べてもらいたい。
「ご飯が多いとネタをあんまり乗せられない」
そして、ちんまり乗せた酢飯の上に山盛りのネタを乗せているエルフ師匠。
「そんなに入れたら味分からなくなるでしょ」
「具だくさん手巻き寿司はロマン」
「それは分かります」
ロマンだったら仕方ない。
「卵焼きは醤油味かー。酒の肴には丁度いいわねー」
「直接食わないで巻いて食って下さい」
「炭水化物はお酒があるし。で、甘い卵焼きは買ってないの?」
「甘いの欲しいなら焼くけど?」
「え、これ自作?」
卵焼きを買うとコスパが悪い……というか、生卵のコスパが良すぎるのが悪い。
卵焼きフライパンがあれば、後は手間の問題だしな。
「……女子力たっか……」
「やっぱり私の選択は間違ってなかった」
「一生卵焼きを作って養って」
「やっぱ、料理出来る男子はモテるのかぁ……」
そんな事ぁ無いぞ。むしろ、女子力アピールはモテの敵である。
女性としては、自分と比べられているみたいでイヤらしい。
確かに俺だって、これ見よがしに「お前より仕事出来るんだ」とか言われたら、対抗心しか沸かないもんな。
「私、料理はまだあんまり出来ないけど。一緒に頑張ります。教えてください」
むにむにさんは素直で可愛いなぁ。
「アタシ自分の使う分だけ働くから、家事もやって養ってくれない?」
「養ってくれるだけでもいい」
エルフ師匠とおけさんはツラの皮が厚いなぁ。
「馬鹿な事言って無いで食いましょう」
お目当ての塩昆布漬けサーモンをまだ食っていないし。
「そう言えば質問なんですが。『反省会』ってあるじゃないですか」
「そんなものはない」
「そんなものはない」
「そんなものはない」
むにむにさんの言葉に即答する俺達。
TRPGが終わった後に反省会なんてものをやる文化は存在しない。いいね。
「そんな一斉に否定しなくても」
「存在しないモノは否定しかできない」
きっぱりと言い切るエルフ師匠。
「そんな嫌うもんっすか?」
「実際ロクなもんじゃあないからねぇ」
怪訝な顔のラッシュ君に、唇をひん曲げて答えるおけさん。
彼女の言葉の通り、TRPG業界の『反省会』と言うヤツは、本当にろくでもない文化だった。
サークル内で立場の強い奴が、自己満足のために重箱の隅をつついて晒し上げるパワハラ会議。それが『反省会』の正体だ。
まったくもってロクなもんではない。
俺たちがいたサークルにもそんなモノは存在していて。
エルフ師匠が強権発動して止めさせた。
そんな経緯がある。
「セッションの良くなかった事を振り返って、プレイング技術を向上させる。ってネットで言っている人がいましたけど。そういう使い方なら良いのでは?」
素直なむにむにさんは、意識高そうな物言いに騙されやすい。
それが良くない。
それが、ブラック企業をのさばらせる原因なのだ。
人間は意識低く生きていくべきなのだ。
「人間、反省するのはその瞬間だけだから」
絶対次の日には忘れているよと、エルフ師匠は言う。
言いながら、もしゃもしゃと具山盛り手巻き寿司を食っている。
手巻きと言うけれど、具が多すぎて巻ききれず、二枚の海苔でサンドした寿司っぽい何かだった。
まあなんか、エルフ師匠はTRPG以外の部分はもうちょっと意識を高くすべきだと思う。
所詮、TRPGは遊びで娯楽で、誰かと戦って勝ったり負けたり。そういう類のものでは無いのだから。
意識低く、その時が楽しければそれでいいのだと思う。
「今回、もうちょっと何か出来たかなって思ったんです。それで……」
「それなら、『次はこんな事をしたい』って話をすればいいんだよ。そのためのセッション後のお食事会だからね」
「そう。やりたい事、言ってくれればなんかする」
「メールなんかでもいいわね。ゲームマスターだけでなくて、プレイヤー同士でも相談するといいと思うわ」
TRPGに関しての事なら、頼りになる先輩ムーブの出来るエルフ師匠とおけさんであった。
「むにさんは、ドワさんと常時メールしてるんだから相談すればいい」
「やっぱつきあってるんすか? マジで? 中学生っすよ!」
超羨ましいと、首を突っ込んでくるラッシュ君。
うーん。回答し辛いなぁ。
「付き合ってないですよ」
「いやでも、凄く親密じゃん?」
自分と比べて親密過ぎると、不満顔のラッシュ君。
「行儀見習いみたいな感じです」
にっこり笑うむにむにさん。
可愛らしい微笑みの中に、決して引かない強さを感じる。
「やべえ。一度でいいからこれくらいモテたいっす」
「モテ期到来」
「人生3回はモテ期来るらしーわよ」
「俺だって、今までの人生で初のモテ期だよ」
「最後のモテ期でいいですよね?」
にっこり笑うむにむにさん。
可愛らしい微笑みの中に、決して引かない強さを感じる。
「それで、むにむにさんは何がやりたいの?」
「今回、あんまりゴルンと絡めなかったかなと」
「はいご馳走様」
「じゃ、次はもっと濃厚接触させる」
「おかしい。ラッシュはプレイヤー1のはずでは……」
腕を組むラッシュ君。
まあ、恋愛プレイは確かに楽しい。当人同士はなんか妙なノリになってとても楽しいものである。
「プレイヤーキャラクター同士の恋愛ネタは、プレイヤーは同性間でなければならないルールがある」
「F3にでっすか?」
「うん」
「エルフ師匠。いけしゃあしゃあと嘘は言わないで下さい」
異性間恋人プレイ禁止は、エルフ師匠が作ったサークルのルールだ。
もちろん、F3のルールブックのどこにもそんな事は書いていない。
「異性アバター同士を同性同士がイチャイチャさせる……なんという地獄」
「やってる瞬間だけは楽しいんだよなぁ」
「見ている方も、だいぶ面白い光景だったわよ」
「面白かった」
その時の写メが残ってると二つ折りの携帯電話を取り出すエルフ師匠。
「こんなスマホ使ってる人いるんですね」
感心したようにむにむにさん。
ちなみに俺も会社の連絡用はガラケーだったりする。
「男の人同士がイチャイチャしてるのって。ちょっと……いいですね!」
「わかる」
「わかるわー」
「分からないで下さい」
まったくこの人達は。
いたいけな女の子を腐った道に引き込まないでもらいたいものです。
「つまり、ラッシュはゴルンとイチャイチャするしか手段が無い?」
「見たく無い光景だなぁ」
「本格的レスリング感があるっすね」
何だその本格的ってのは。
いや、分かるけど。
「本格的レスリングと言えば。ラッシュ、今回でサイクロップス先輩みたいなバイザーをつける事になったんですが。壁画はバンダナなんですよね」
『先輩』は余計ではないだろうか、ラッシュ君。
「じゃ、バンダナだと思った部分をよく見るとバイザーだった」
「なんてこった」
「いやぁ。見間違えたなぁ」
「設定は生えるもの。過去は改変されるもの」
うんうんと頷くエルフ師匠。
口元についているご飯粒が無ければ格好がついたかもしれない。
「まあ、ラッシュはとりあえず最強ビルドを目指すとします」
「後で相談」
「ういっす」
「ああ、エルフ師匠。俺も相談あるんだけど」
そうだ。忘れる所だった。
「なに?」
「むにむにさんのお父さんがメンバーの誰かと食事がしたいらしいんですよ」
「ドワさんで決定」
「当然」
「必然」
「最初っからそのつもりですよ」
「ちょっと待って!」
チョイスが最悪だよ。
「俺だと酷い結果にしかならないでしょ。お父さんに変な心配させるだけだよ」
ここはエルフ師匠かおけさんが話をするのがスジでしょうが。
そう食い下がる俺に、4人はにまにまと笑うばかり。
「いつかはやらなければいけない対決だし」
「早いに越した事は無いでしょ」
「親公認とか一気に展開が進むっすね」
「楽しみです」
これはダメかも分からんね。
「奇しくもシナリオと同じ流れ。ちゃんと報告するように」
そう言い切って、エルフ師匠は次の手巻き寿司を巻き始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます