セッション5 雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!(6)

「犯人確定」

「ばかも~ん! あいつがルパンだ~!」

「とにかく行きましょう」


 ノリ良く応えてくれる一同。

 ゲームマスターとしては実にありがたい。


「では、連絡係に連れられてエングの居室前まで移動する」

「エングってEだっけ?」

「Eです」

「連絡係はレンくんと呼称。以後よろしく」


 こういうモブの名前を勝手につけるの、エルフ師匠好きだよなぁ。

 確かに、こうやって何の背景も無かったはずのモブが、名前を付けられる事でNPCに昇格する。

 レンくん(仮称)は今後もパーティの連絡係兼便利屋として働いてもらう事になるだろう。


「よろしくお願いします」

「よろしくっす」

「『よろしくお願いします』と、レンくんも返すよ。で、エングの部屋の前だ」


 そう言って、俺はダンジョンフロアタイルを机に広げる。


「お、戦闘」

「えー。エングの部屋の扉は堅く閉ざされていて、その前には土くれのヒトガタが1体、細いデッサン人形みたいなのが4体こんな感じにいる」


 そう言いながら、扉の絵柄のタイルを中心に、ゴーレムのメタルフィギュアを立たせてやる。

 応えるように、プレイヤー達も自分のプレイヤーキャラクターのメタルフィギュアを配置する。

 前列はアランソンとラッシュ、後列はララーナとシュトレゼン。

 隊列としてはアランソンとゴルンが入れ替わっただけなんだけど。4人の内の1人が変わってどうなるか。


 さてと、心の中で戦闘準備を整えて。俺はさらに説明を続ける。


「部屋の中からは『俺じゃねえよ!』とか『入るな!』とか言う叫び声みたいなのが聞こえてくる」

「犯人特定」

「自白までもらったっすね」

「扉を守っているのはゴーレムですか?」

「土くれの方は【クレイゴーレム】、デッサン人形は【パペットゴーレム】だね」


 戦闘の匂いを感じて、むにむにさんの目が真剣になる。

 ちゃちゃっと、ダイスを手元に移動して、ボールペンを握り直す。

 戦闘好きだよねぇ、むにむにさん。


「強いですか?」

「【クレイゴーレム】はまあまあ強い。【パペットゴーレム】は雑魚」


 むにむにさんの質問に、エルフ師匠はそう断言する。

 【クレイゴーレム】、【パペットゴーレム】共に【ゴーレム】系のモンスターとしては低レベルのモンスターだ。


 特に【パペットゴーレム】はレベルは2。【耐久力】もダメージ量も少なく、【知的行動】もとれない。

 データ的にも、添えられた説明文でも、【魔法使い】が軽作業をさせるための【ゴーレム】で、戦力としては脅威にはなりえない。

 対して【クレイゴーレム】は4レベルモンスター。

 【耐久力】が高く、ダメージ量もこのレベルにしては高い部類。

 攻撃や回避の判定値が低いのと、【知的行動】がとれないのが、プレイヤーキャラクターと戦うには致命的に不利。と言う感じ。

 1体だけでは脅威にはなり得ないだろう。


 まあ、ガチでやるなら高い【耐久力】を利して前列で頑張らせて、【毒】とか【呪い】とかのいやらしい特殊能力を持ったモンスターが後列から攻撃する。みたいな感じにするといいと思う。

 今回は、残念な事にそういう戦いではないのでやらないが。

 残念だけど。


「行動順は、アランソン、ララーナ、ラッシュ、シュトレゼン、【パペットゴーレム】、【クレイゴーレム】の順」

「今宵の【二刀流】は血に飢えておるわ。さっさとぶっ潰してEを裁きの場に引っ張り出そう」

「戦い挑むって事は敵でいいですね! さっさと倒して解決です!」

「…………」

「まだ犯人確定じゃないっすよ~」


 やる気満々の女性陣に、ラッシュ君はおずおずと言う。

 うん、セッションは始まったばかりなんだから、これで解決って事は有り得ない。

 その辺はちゃんとみんな分かっている。

 分かっている……よね?


「じゃ、異論が無いなら戦闘開始。アランソンの【二刀流】。うりゃ!」


 ゲームマスターの返事も待たずにエルフ師匠はダイスを投げる。

 エルフ師匠は特別に訓練を受けているプレイヤーなのと、俺とコンセンサスが取れているので問題ありませんが、普通の人はゲームマスターの許可があるまで勝手にダイスを投げてはいけない。

 というか、ダイスは振るもので投げるものではない。


 まあいいや。


「【クレイゴーレム】に命中」

「【耐久力】で受けます」

「じゃ、【二刀流】【連舞」【強打】【特攻】で81点」

「ダメージやべえ」

「エルフさん、私の分も残して下さいよ」

「…………」


 ぱたん、とおけさんは開きかけていたマジックブックを閉じる。

 魔法を使うまでもないと判断したのだろう。


「アランソンの攻撃力やべえな……【クレイゴーレム】は死んだ」

「よし、まずは1体」

「はいはいはい! 次、ララーナが攻撃します! 目標【パペットゴーレム】」

「ラッシュは【ファランクス】で防御専念っす~」


 賑やかしの戦闘のつもりだったけど、もうちょい敵を強くしても良かったなぁ。


「勝利!」

「勝利です!」

「結局何もしなかったっす」

「…………」


 そんな事を思っている間に戦闘は終了していた。

 戦闘というよりも、一方的な虐殺だった。


「それじゃあ、真犯人を引きずり出しましょう」

「扉は堅く閉ざされている」

「扉の材質はなんですか?」


 ノータイムで聞いてくるむにむにさん。

 物体の材質を聞くという事は、TRPGにおいては『破壊するまでにどれくらいかかりますか』と聞いているのと同じ意味である。

 むにむにさんも順調に染まっていると見るべきか。

 最初のセッションから割とそんな感じだったような気がしなくもない。


「鉄枠付きの木製」

「蝶番をこう、上手いことぶっ壊すとか出来ないっすかね」


 ラッシュ君も順調に染まってきている。

 そうそう。そうやって、TRPGプレイヤーは特有のムーブを始めるものなのだ。

 扉は壊すもの。壁は穴を開けるもの。そんなよく分からない生き物に進化していくのだ。


「…………」


 まかせなさいと、シュトレゼンが使ったのが【腐食】。対象は扉の蝶番だ。

 【腐食】は酸性の液体を作って金属部品を壊す【錬金術】で、扉や宝箱を破壊する時に使う。

 ルールブックには、『敵の防具にダメージを与えるなどの使い方をする』と書かれているが、そういう使い方をするプレイヤーは滅多にいない。

 似たような効果の【魔法】や【錬金術】はあるし、【投擲】に成功しないと命中しないし。


「『やめろ、壊すな。今開けるからちょっと待て!』という声が中からする」

「引きこもりによくある無意味な時間稼ぎ」

「破壊します」

「破壊っすよね」

「…………」


 ころころとダイスを転がすおけさん。

 判定は成功。

 ゲームマスターの許可なしに(以下略。


「では、扉の蝶番がシュウシュウと煙を上げる。みるみる色が変わってボロボロになっていく」

「家庭訪問の時間だオラァ!」


 アランソンのメタルフィギュアを手に取って、エルフ師匠は扉に蹴りを入れる仕草をさせる。

 とは言え、扉の絵を書いたダンジョンフロアタイルなので、形としては床を蹴ったのと同じなんだけど。

 まあ、ニュアンスは分かる。


「突入します!」

「盾構えて【ファランクス】。反撃に備えるっす」


 続けて、ラッシュ君とむにむにさんも、それぞれメタルフィギュアを扉の先に押し込んでくる。

 ラッシュの位置はど真ん中。割とどこから攻撃されても防御が出来る位置に置くあたりにラッシュ君の拘りを感じる。

 ララーナの位置はなんか適当。こっちはこっちでむにむにさんらしい。


「ほい。それじゃ扉は倒れて部屋の中が露わになる。中にはパジャマ姿のエングと万年床」

「典型的引きこもりの部屋」

「空気悪そう」

「女性陣は迂闊に室内のモノ触っちゃダメっすよ。汚れてるっすから」

「女性キャラ、ララーナだけだけどね」


 そう言えばこのパーティ。プレイヤーは女性の方が多いけど、プレイヤーキャラクターの女性はララーナだけだったな。

 それはそれとしてだ。

 すっかり引きこもりキャラになってしまったエング君。

 俺の手元のシナリオノートには、『小綺麗に整理された研究室めいた自室』と書いてあったりする。


 うん、アドリブで変えちゃった。

 その場の勢いって怖いね。


「『うわ! やめろお前ら! 入ってくるな!』とか言いながら、エングは君達を押し返そうとする。その後ろには見慣れた斧が立っている」


 怪訝な顔をする一同。


「見慣れた? 斧、っていうと?」

「【ドワーフ王の斧】が、エングの部屋に立てかけられている。しかも、【石化】が解けた状態で」


 さて、シナリオの第一の山場だ。

 正直な話、このままエングを犯人にしても、犯人探しを放棄して先に進む事にしてもいい。

 それでも、その後の流れは大きく変わらない。

 第二の事件が起きて、それからシナリオボスとの戦いだ。

 さて、プレイヤーはどう出るか。


「「「やっぱりお前が犯人か!」」」


 まずは予想通りの反応をありがとう。


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