セッション5 雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!(5)

 にまにまと、おけさんが笑っている。

 改めて見ると美人のおねーさんと言った風情の顔立ちだけど、笑った顔はずっと昔の女子高生の頃と変わらない。

 プレイングは当時から、プレイヤー発言の少ないスタイルだった。

 単純に、TRPGというものに不慣れだったのかもしれない。


 初心者でもガンガン発言出来る、ラッシュ君やむにむにさんは結構少数派なんだよね。


「【解呪】と【転呪】ね。オババって【ドワーフ】よね」

「種族【ドワーフ】はフレーバーで、データ的には【魔法使い】だよ。サンプルキャラにもそういうのがいるし」


 TRPGにおいて『フレーバー』というのは、全てを肯定する魔法の言葉だ。

 ゲーム的、データ的有利は一つも得られない代わりに、何でもかんでも言ったもん勝ちになる世界。

 そんないい加減さも、冒険者らしくていいのかもしれない。


 まあとにかく。

 拡張ルールブックのサンプルキャラクターにも種族はハーフエルフ(F3は混血種族はルール上存在しない)の【戦士】だとか、データ上存在しないホビット的異種族(後に実装された)の【盗賊】だとかは存在する。

 そしてTRPGは、ゲームマスターがこれと言った事は事実になるゲームだ。

 だからいいのだ。


「ああ、それで【解呪】と【転呪】ね。ふーん。そうなると……ふむふむ」


 おけさんは、頷きながらルールブックをめくりはじめる。

 F3ルールにおいて、【解呪】は【白魔法】の呪文、【転呪】は【黒魔法】の呪文になる。

 【解呪】はその名の通り、【黒魔法】等の【呪い】の影響を解除、あるいは軽減する回復魔法。

 【転呪】は【呪い】を別の対象に転移させるという、実に【黒魔法】っぽい魔法だ。


 【呪い】を転移する先は術者本人から、生贄の依代や、【呪い】をかけた相手まで色々とパターンがある。


 この、【呪い】そのものは消えないのがポイントで、【呪い返し】や【呪い返し返し】みたいに、相手への反撃や、一発逆転の秘策に使ったりと、シナリオ上で重宝させてもらっている。


 攻撃魔法が充実したシステムはプレイヤーに好かれるけれど、こういうフレーバー的な運用の出来る魔法が充実していると、ゲームマスターとしては本当に有り難い。


「【呪い】の応酬は置いておいて。まあ、大体分かったんで次いこ」


 エルフ師匠は、目に見えないものを端に寄せるジェスチャーをしながら言う。

 いや、情報開示まだなんですが。


「オババさんの情報というのを聞いていないのでは?」

「こっちの聞きたいことは聞いたから。そっちは後で聞くかもしんない」


 眉をひそめるむにむにさんに、エルフ師匠はメガネを光らせ答える。


「まあ、どうしても話したいなら聞いてやらない事もない」


 強気で来るなぁ。

 それなら情報開示は別の機会でもいいか。【ドワーフ王の斧】発見のタイミングとか、機会はあるし。


「了解。『聞きたくなったらいつでも来な』とオババは君達を見送るよ。じゃあ、アリバイ聞いて回る?」

「そうっすね。とりあえずAから順って感じっすか?」

「うむ」

「そうしましょう」

「…………」


 ラッシュ君の提案に同意する一同。

 さすがにこれで揉める事は無いと思うけど、行く先が決まらない時はゲームマスター側から動く必要があった。

 自発的に発言してくれるのは、本当にありがたい。


 さてと、それじゃあ次は族長か。


「では、王国内の一際大きい区画に君達は呼び出される。天井は高く豪華な装飾が施されているその区画こそが、族長であるアザンとその一族が暮らしている」

「たのもー」


 気の抜ける声で声をかけるエルフ師匠。

 ロールプレイのために声の準備をしていた俺は、思わず吹き出してしまう。


「緊張感削げるから、時と場所を選んでくださいよそれ」

「いいじゃん。それより先、進めよ」

「はいはい。っんんっ! 『よう来たな。捜査は進んでおるか?』とアザンが言う。隣には息子のブルザもいる」


 しわがれた低い声で受け答え。

 うむむ、結構喉に来るな。やっぱり素直にボイスチェンジャーでも使った方が良かったか。


「AとB二人いるんですね」

「親子だし、副官みたいなものだから大体行動は共にしているよ」

「アリバイ確認」

「『そうさのう……』ごめん、声作るの大変だから情報だけ。事件当時もABは共にいた。他にも一族が十数人いたとの事」


 流石に極端に声を変えて会話は難しいね。

 普通で行こう普通で。


「身内の証言でアリバイになるっすかね……?」

「それと、そもそも殺す理由が無いと主張。族長の命令ならゴルンは従うし、捜査を命じたのも族長だかと言うのが根拠」

「今んところは単純に、殺害可能なレベルの奴を上げただけっすからね」

「A、Bはアリバイ△、動機は現時点バツと……」


 むにむにさんが、広げたボール紙にメモを書いた付箋を張る。

 聞き込み情報は、こうやって全員が分かるようにまとめると、プレイヤーにもゲームマスターにも有用だ。


「ありがとう。助かるよ」

「こういうのも楽しいです」


 にっこりとほほえみ合う俺とむにむにさん。

 実はこれも仕込みである。

 事前に情報のまとめをお願いしていたし。このまとめ方も、昨日の内に集合して検討した結果であったりもする。


「ちなみに、族長さん的には犯人の心当たりとかはあるんすか?」

「『古のドワーフ王の復活はデイル一族の悲願である。ゴルンが旅立ったのも、復活に必要な素材を集めるためであるし、ゴルン自身もそれを望んでおる。わざわざ殺す必要は無いであろう。そもそも、我らとて復活自体は反対しておらん。ただ、船を作る程度の事。我らだけで果たして見せて、その上でゆっくり復活させれば良いだろうと言うだけの事』」

「権力欲とかは無いんですか?」

「『無いと言えば嘘になるが、そんな事より自分の仕事に口を出させられる事の方が許しがたい。政治は政治の話だ』職人として口出しされたくないって感じみたいだよ」

「なんともドワーフらしいですね」

「ここで得られる情報はこれで全部だね」


 情報も出すだけ出したので、次に行けと誘導する。

 探索シナリオの場合、こういうぶっちゃけが重要だ。

 そうでないと、情報が無い所を意味もなく探し続けるとか言う事態が多発するのである。


「じゃあ、次はC?」

「ですね。CはDの一族なんで居住区は一緒。面接も一緒に現れるよ」

「一緒に居ても派閥は別なんですね」

「『派閥は政治的なものではないからな』と、Dが言うよ」


 むにむにさんの疑問に演技声で答える。

 声帯模写もゲームマスターに必要な技能の一つ……と言う俺自身は数パターンくらいしか演じ分けは出来ないけど。

 それでも、試してみる事に価値があるのだ。


「あ、お父さんですね。はじめまして、これからよろしくお願いします」

「義父との初対面であった」

「息子はよそ者にはやらーん!」

「私が幸せにします!」

「何の話をしているんだキミ達は」


 気を抜くと、どうでもいい脱線を始めてしまう。

 仲のいいメンツで遊ぶと、そうやってわちゃわちゃしているだけでも楽しいんだけれども、シナリオの進行の妨げになってしまっては本末転倒というものだ。

 こういう時はキチッと締めていかなければならない。


「じゃ、アリバイ」

「CもDも特になし。それぞれ自室で仕事をしてたって話」

「やっぱ怪しいな父親」


 むむむっ、と顎に手を当てて考えるエルフ師匠。

 この人、会う相手全部を怪しいって言っていないか?


 まあいいや、それくらいの方がやりやすいし。


「『こんなものが証拠になるかは分からんが、その時にやっていた仕事だ』とCは船の図面を持ち出してくる」

「何かわかる事は?」

「【船大工】スキルでもあれば」

「フランキー呼んできて」


 本当に、プレイヤーとしてのエルフ師匠はどうでもいい事を言い出すよなぁ。

 思いついた事を口走っている感じ。

 それでも締める所はちゃんとしているのは大したものだと思う。


「残念、フランキーはグランドラインに旅に出てしまった」

「なら仕方ないか……。冒険者スキル的に何か分からない?」

「それなら、平目で【知力】でお願いします」


 成功したら適当な情報を流すとするか。

 そんな軽い気持ちでロールを求める。


「失敗」

「私もやります……失敗」

「ラッシュは成功っす」

「…………」


 ほら言えと言わんばかりの顔をするおけさん。

 まあ、ラッシュ君が成功しているからいいか。

 大した情報でも無いし。


「それじゃあ、図面を見ると、インク跡等からかなり最近に一度に書いたもの。ただし、乾いているので今日昨日作ったものではないのが分かる」

「つまり、ゴルンが殺された頃に書かれたっぽい?」

「そうなるね」

「決定的ではないですが、ある程度信用出来そうな感じですね。アリバイ△と」


 せっせとメモを書き込むむにむにさん。

 他の人も同じくらい真面目にやってくれないものだろうか。


「で、父親の方は?」

「特になし」

「怪しいなぁ」

「『一族の頭領ともなれば、つまらぬ仕事で忙しいのだ。アザンにも聞いてみろ。確かには答えられんから』だって」

「ぐぬぬ、反論出来ない」


 エルフ師匠は悔しそうに爪を噛むフリをする。

 別にそれほど悔しいとは思っていないだろうけれど。


「『大体、あれはワシの実の息子だぞ。どうして殺す事があろうか。わしにとて親子の情くらいはあるわ』との事」

「親子の情を出されるとキツいっすね。それじゃ、他の容疑者へのコメントなんかはあるっすか?」

「『アザンは口では権力欲は無いと言っているが実の所は分からん。借り物の権勢が惜しくなる等はいくらでも聞く話だ。他の連中は分からん。やるかもしれんし、やらないかもしれん。ただ、個人的にはエングであろうと思っている』」

「そのこころは?」

「『あいつは性根が小さい』」

「左様ですか。ひとまずはこんなモンすかね。聞き残しとかあるっすかね?」


 ぐるりと周囲を見回すラッシュ君。

 首を傾け考える一同。


「カーセルの意見は『どうでもいいからさっさと船を作ろうぜ。犯人探しとかどうでもいいよ』って感じ。ここで得られる情報は以上」

「じゃ、次はE。えっと、オババのひ孫ね」

「性根が小さい奴っすね」

「なんか一番犯人っぽい雰囲気ですね」

「…………」


 どんな【黒魔法】を使ってやるかとおけさんも舌なめずりをする。

 はてさて、それじゃあそろそろ、イベントを起こすといたしますか。


「では、部屋を出ようとした時、至急の報が駆け込んでくる『エングが部屋に籠城しました!』」


 聞き込みばっかりじゃ飽きちゃうからね。

 ここで一回戦闘を挟んで気分を変えよう。

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