セッション5 雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!(4)

 いつもの週末、いつものメンバー。

 いつもと違うのは、俺の座るテーブルの位置。

 いつもはエルフ師匠が座るその場所。

 デン、と置かれたマスタースクリーンの向こう側。


 そう、今日の俺はゲームマスターとしてここにいる。


「セッションを開始します」

「はい、作戦タイム」


 そんな俺の気合を反らすように、T字に手を組んでエルフ師匠は宣言する。


「早いっすよ」

「いいの。で、情報まとめ」

「ムービー中にパーティメンバーが死んだ件」

「ゴルンが王子様だった件」

「登場人物が多い」

「……さーって、なんか使える【黒魔法】はないかなっと」


 好き勝手言われている。


「とりあえず、登場人物はABCDEFオババとする」

「まあ、そのつもりでいました」


 TRPGにはよくある事。

 ゲストキャラの名前なんていちいち覚えていられない。

 というか、歳を取ると小説やマンガのキャラの名前もうろ覚えになるものだ。


 そう言う訳で、モブキャラの名前が出てくる事は無いし、名前付きのNPCもアザンさん。みたいに記号化して区別しやすくするのが定番だ。

 今回も、アザン:A、ブルザ:B、カーセル:C、デイル:D、エング:E、フーバ:Fという形になっている。

 オババはオババで分かりやすいから問題はないでしょう。


「ABC、DFFでそれぞれ派閥分け。オババは中立ね」

「AとBは親子。CとDは甥と叔父でいいんですか?」


 ノートにABC……と書き込んで、それをちょきちょき切り分けながら、むにむにさんは質問する。

 派閥分けやらなんやらを、それでビジュアル化するらしい。

 中々に良い考えだ。後々利用させてもらうとしよう。


「それでOK。ドワーフ王の血族は両派閥共にいる感じ。ゴルンのお父さんのDはその最先鋒って感じ」

「犯人こいつじゃん」


 唇を尖らせておけさんが言う。

 ホント鋭いなこの人は。


「ヤマカンで正誤感知センスライ系のムーブは禁止の方向でお願いします」

「ヤマカンじゃなきゃいーのよねー?」


 どうしようかしらと、維持の悪げな笑みを浮かべて、おけさんはマジックブックをめくる。

 推理シナリオやる上で、一足飛びに正解に持っていける魔法はやっぱり厄介だ。

 方法がどうあれ、犯人が分かれば殴って倒せばいいじゃない。そんな冒険者の世界では余計にだ。


「しょ、証拠の提出を要求します」

「自白も立派な証拠よねぇ……」

「自発的な告白を自白と言うのですが」

「自発的であればいいんでしょ。自発的であれば」


 くけけと笑う顔は蛇のよう。

 おけさんは、すでにロックオンを完了しているらしい。


「まあ、身内の犯行という事にして」


 エルフ師匠まで言い切りはじめる。


「捜査前から決定しないで下さい」

「強めの動機あるのこいつだけだし」

「決め打ちは外れた時が大惨事ですよ」

「そこはほれ。色々あるだろぉキミィ」


 そこは忖度するものだろぉ。みたいな感じに顔を歪めて言うエルフ師匠。

 幼い顔立ちのエルフ師匠ではあるが、こういう顔もなんだかよく似合う。

 遠慮なく顔を変形させているのが良いのだろうか。


「動機があるにしても、実の息子を殺すものでしょうか?」

「殺すと言っても、死者蘇生は出来るっすからね。ハードルは大分下がるんじゃないっすか?」

「でも、親子なら話し合いとかでなんとしようと思いませんかね」


 んー。と首をひねるむにむにさん。

 純真な彼女としては信じられないだろうけど、世の中そういう家族ばかりでも無かったりはする。


「その辺は人となりを見てからで。今分かっているのは派閥関係と血縁関係。ゴルンの父親が一番怪しい。それくらいね」


 むにむにさんが作った番号札を並べながらエルフ師匠が纏める。


「こうなると、まずはアリバイ確認ですね」

「アリバイ崩しから入るのが王道っすからね」

「後、オババね」


 今後の方針で話が弾む。


「とりあえず、オババを最初にして全員に面接。アリバイの確認と申し開きを一通り聞く。そんな所?」

「了解です」

「異議なしっす」

「…………」


 おけさんも、親指を立てて皆の意見に同意する。


「じゃあ、その方向で。君達はオババの自室に呼び出された。室内は実験道具がゴチャゴチャに置かれた、魔法使いというか研究者みたいな感じの部屋。今も何か怪しい薬を魔法の火で煮立っていて、ツンとした匂いで満ちている」

「これが毒だったりしたら、自分ら一網打尽っすね」

「さすがにそんな事はしないさ」


 やるなら事前の警告くらいは出しておく。

 逆に言うと、事前の警告出したらやるという意味でもある。

 そう、ゲームマスター道というのは冥府魔道の道なのだ。


「それでオババだ」

「しつもーん」


 説明を開始しようとする俺そ遮るエルフ師匠。


「オババって本名?」

「それ重要ですか?」

「気になるし」

「アランソンが聞くんですか?」


 忘れがちだが、今のエルフ師匠のプレイヤーキャラクターは、前回まで敵だったアランソンだ。

 元はエレンデル姫を守る騎士の一人で、エレンデル姫に横恋慕をした挙げ句、敵方に裏切ったという奴。

 中世騎士道物語とかだと、割とよくいるタイプだったりするのが面白い。


「そうなるね」

「えっと……ロールプレイしてください」

「『ふむ。不躾にすまんが一つ気になる事がある。オババというのは本名であるのか?』」


 思った以上にストレートなロールプレイをかますエルフ師匠。


「不躾過ぎるっすっっっっっ」


 盛大に草を生やすラッシュ君。


「普通に失礼ですね」


 むにむにさんも呆れている。


「そういうのが姫様に嫌われてたと」


 うんうんと頷きながらエルフ師匠。

 いや、別に嫌われている設定は無かったと思うけど。

 単純に、眼中に無かったと言うか、恋愛対象にされていなかっただけで。


「『そうだよ。ナンか文句あるかい?』オババはちょっとムッとした感じで答えるよ」

「すみません、この人空気読めないんです」

「これで惚れた相手からも逃げられたくらいなんすよ」

「…………」


 後でシメておきますと、おけさんのジェスチャーが入る。

 容赦が無いなぁ。


「『まあいいさ、ゴルンの坊やが殺された事で一つ心当たりがあるんだよ。そいつを教えておいてやりたいが、代わりに一つ願いがある。いや、聞いた以上は必ずやれと言っている訳じゃない。ただ、それを望んでいるババアがいるとだけ覚えておいてほしいんだ』」

「それ。結局、断れなくなる奴」


 エルフ師匠の言う通り。

 人間の心理って奴は複雑で、契約だとか強要だとかをされると反発する気が出てくるけれど、順序立てて情に訴えられると断りづらくなるものだ。

 人間誰しも悪役にはなりたくないもので、TRPGという遊びの中では余計にそういうものらしい。


「先に条件を聞きましょう」

「『うむ。アタシの思うにね、犯人が見つかる前に【斧】の方が先に見つかるよ。それも完全な形でだ。石化を解除されている奴がだよ』」

「根拠はあるんすか?」

「『そいつは本題で説明するよ。まあとにかく、【斧】が見つかったら、それ以上の詮索をしないで欲しいってこった。アタシの方から口添えするから、そのまま船を作って、何も無かったものとしてこの国を出て欲しい。簡単だろう?』」


 にやりと、唇だけで笑って見せる。

 パーティ一同は、どうしたものかと顔を見合わせている。


 さて。大抵のシナリオではここで答えが出るまで時間を止めるんだけど。そいつを待っていると結構間延びをしてしまう。

 情報はどんどん流していくに限るのだ。


「『それじゃあ、心当たりってヤツだけどね』」

「その前に」


 さらなる情報を流そうとする俺の口を、エルフ師匠の人差し指が縫い止める。


「こっちも聞きたい事がある。事件当時のアリバイ。どこで何をしてたのか」

「あ、そうですね。そっちの方が優先です」

「一通りの情報が揃った後にオババの話を聞いてもいいっすね」

「…………」


 一同揃ってエルフ師匠に同意する。

 なるほど、そう来たかぁ。

 まあ確かに、『お願い』だけでも情報ではあるし、縛りを受けないように情報収集をする方向か。


「『その日はエングと居たよ』」

「エングって?」

「E」

「ああそう。容疑者同士のアリバイかぁ……」


 ふむむと考え込むエルフ師匠。


「エングさんと二人で何をしていたんですか?」

「『なんだい。ひ孫といちゃいけないんかい?』」

「一族で居るって言うなら分かるっすけど、二人ってのはちょっと引っかかるっすね」


 むにむにさんとラッシュ君も鋭い所をついてくる。


「『色々と手伝ってもらっていたんだよ。【ドワーフ王の斧】の石化解除も直近に迫っていたからね』」

「つまり、Eは【ドワーフ王の斧】の石化解除に関わっているって事っすね」


 きらりん、と目を輝かせるラッシュ君。


「…………」


 唐突に、おけさんがダイスを転がす。

 【黒魔法】判定。成功。そういう事らしい。


「今、沸騰させている試薬だとかも石化解除に関するものだ。オババも『アタシがお膳立てをしてるからね。エング一人でも石化解除は出来るだろうね』と、肩を竦めて答える」


 俺の回答におけさんはヨッシャとガッツポーズ。


「という事で、もう一回【黒魔法】でロールして」

「…………」


 訝しげに首をひねりつつ、再度ダイスを転がすおけさん。

 今度も成功。

 まあ、元々ロールなしで出てくる情報だったし、ここで公開していいだろう。


「石化解除と並行して、魔術儀式の準備も行われているのがわかる。【解呪】もしくは【転呪】だね」

「ほほーう?」


 説明を受けておけさんが、珍しくセッション中に声を出した。

 そう言えば、なんでこの人はセッション中に努めて喋らないようにしているのだろうか。

 永遠の謎である。

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