セッション4-14 ミノタウロスの迷宮(13)

「はーい。エルフ師匠に質問でーす」


 挙手をする俺。ビシっと指を差して発言を許可するエルフ師匠。

 まるで事前に申し合わせたような掛け合いだけど、別にそういう事は一切ない。

 呼吸があっているのは、いつものお約束だからなんだけど。


「こいつ殺っちゃっていいっすね?」

「ダメです」

「サイコロ振りまーす」

「ダメです」

「…………」

「はいそこ、ストップウォッチ禁止。ムービー中は動けない」


 エルフ師匠の指摘にケッと舌を出すおけさん。

 ムービーシーン宣言が入ってから、体感で5分くらい。


 F3の1ターンはちょっと長めの30秒だが、それでも10ターンの計算だ。

 昔、ムービーシーン宣言をしないでセッションボスの悲しい過去を語り始めて、たっぷり30ターン分の準備を込めた一斉攻撃を食らったゲームマスターがいた。

 俺の事だ。


 ストップウォッチ禁止とはそういう意味である。

 俺が一晩かけて考えたボスの悲しい過去は一切プレイヤーの記憶に残る事はなく、一発で【耐久度】をはるかに超えるダメージを食らって消えた。

 あんな悲劇を二度と繰り返してはいけない。


「説明すると。次のセッションでわたしが使うから」


 その件は置いておいて、と。目に見えない箱状の何かを横に置くジェスチャーをしながらエルフ師匠。

 そのネタも相当古いですぜ、エルフ師匠。

 ラッシュ君は微妙だけど、むにむにさんは生まれてすらいない。

 漫画のセリフではないけれど、時事ネタは風化するのだ。


「ノンプレイヤーキャラクターとして使うんですか?」


 プレイヤーキャラクターのお付きとして、ゲームマスターが操るノンプレイヤーキャラクターが同行する。というシチュエーションは割と多い。

 シナリオの必要性の場合もあるし、単純にプレイヤー側の戦力の足りない分の補強のためのユニットの場合もある。

 プレイヤーが1人とか2人とかしか集まらなかった時、お助けユニットとしてゲームマスター使用キャラが同伴。みたいな事も時々やったものだった。


 あまりやりすぎると、プレイヤー側贔屓判定が増えすぎるので、その辺は良し悪しだけど。


 後はまあ、あれか――。


「うんにゃ。次のセッション、プレイヤーやるから」


 ゲームマスターを持ち回りでやるやつだ。


「マスターはドワさんお願い」

「俺っすか」

「いいじゃん。前もやったし」


 TRPGには、リレーマスターという遊び方がある。

 一人が固定してゲームマスターをやるのではなく、持ち回りでゲームマスターを交代するセッション。

 事によっては、5分で交代。なんて遊び方もある。


 まあとにかく、ゲームマスターは大変だ。

 事前にシナリオを組んだり、戦闘バランスを調整したり。プレイヤーのやりたい事の相談を受けて、シナリオに反映させたり。

 まあとにかく、無手で遊びに行くみたいな事は、ゲームマスターには許されないのだ。


 エルフ師匠も人の子で、ゲームマスターばっかりやっては疲れてしまうという事だろう。


「うーん。まあいいですが……」

「何かある?」

「キャンペーンもそろそろ佳境じゃないですか。そこで横道シナリオやっていいんですかね?」


 キャンペーンの流れで言うと、次のシナリオはドワーフ氏族に行って船を作ってもらうやつ。

 それで海に乗り出して、世界の果てとやらに行って、最後にエレンデル姫を救う魔法のアイテムを手に入れる。

 エルフ師匠の事だから、航海シナリオはめんどうだからパスとか言い出しかねない。

 どちらにしても、キャンペーンは半ばを超えて風呂敷を畳むフェイズに入っている。

 ここで本編とは関係ないシナリオを入れるのもどうだろうか。


「そこは問題なし。ドワさんには本編やってもらうから。具体的にはドワーフ氏族に船を作ってもらうシナリオ」


 ふふんと得意げに、薄っぺらな胸を張ってエルフ師匠は言う。

 何かいいアイデアでもあるらしい。


「と言うか。そろそろ、むにむにさんもラッシュ君もゲームマスターやってみたい気持ちが出てきた頃だし。間違いなくやりたいとわたしは確信しているし」

「……えぇ……」

「うへえ……」


 エルフ師匠は、汚れない瞳で確信しきったように言う。

 困惑するばかりのむにむにさんとラッシュ君。急にそんな事を言われても困るよね。


「なんで。今、ドワさんとわたしでセッションの打ち合わせするから。そこにみんなも入ってもらって、シナリオを作る雰囲気というのを体験してもらいたい。最初の目論見から、実プレイがどれくらい外れるのかとか。そういうのも含めて」


 どうだと言わんばかりのエルフ師匠。

 確かに、エルフ師匠の言うことももっともで。次の世代のゲームマスター育成は、先達たる俺達の役割ではあるんだけど。


「それならエルフ師匠がゲームマスターやってもいいんじゃないですか?」

「わたしもたまにはプレイヤーやりたい」


 それはそれ、これはこれ。と両手でジェスチャーするエルフ師匠。

 そのネタもだいぶ古いです。

 時事ネタは以下略。


「じゃ。アランソンを仲間にして、君たちは一路ドワーフ氏族の元へと向かう事になった。セッション成功。経験点を配分するよ」


 パンパンと手を叩いてエルフ師匠は宣言する。

 出てきたのはかなり多めの経験点。【グリフォン】を相手にしたにしても結構多い。

 計算すると、レベルの上がりが遅いゴルンもララーナもギリギリレベルアップ出来るくらい。


 ホクホク顔でキャラクターシートを書き換えて、ルールブックを眺めて次レベルのビルドを考える。


「うし、ラッシュは【盾使い】をさらに上げるっす」

「ゴルンはやっぱ【斧使い】だなぁ」

「【弓使い】と【野伏】のどっちにしようか考え中です。というか、【野伏】って航海とかでも使えるんですか?」

「無いスキルは金で解決すればいいのよ。人を雇うとかね。シュトレゼンは【黒魔法】。これでやっと、満足出来る活躍が出来るわ」

「おおこわいこわい。次のゲームマスターじゃなくてよかった」

「逃げないで下さいよ。その次からはエルフ師匠に戻るんですから」

「どうだろうねぇ」


 わいわいガヤガヤとレベルアップに勤しんで。

 それからふと気付く。


「こっちの判断無しにアランソンが仲間になるのが決定してなかった?」

「気付いた時にはもう遅い」

「猛毒!」

「流行りの追放ですね」


 にんまぁと笑うエルフ師匠。

 くっそ、多めの経験点は、そっちに気を向かせて、既成事実を作るためのものか。

 こういう所があるから、エルフ師匠を相手にするには油断が出来ない。


「じゃ、次のシナリオのアイデア出しからはじめよう」


 エルフ師匠が意気揚々と宣言して、【ミノタウロスの迷宮】の探索シナリオは成功の内に終了となったのだった。

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