セッション6 ありったけの夢航路(4)

 ランダム数値が荒ぶる事は、TRPGをやっているとよくある。

 ゲームマスターの振るダイスが、クリティカルとファンブルを交互に繰り出してくるとか。

 後衛が暇つぶしに投げた石が、最大ダメージを出してシナリオボスを瞬殺とか。

 ワンダリングモンスター表を振ったら、奇跡の確率をすり抜けてシナリオボスより強いドラゴンが出現するとか。


 今回のラッシュ君も、なんだかそんな感じだったらしい。


「【マーマン】と……『酒場で飲み比べ』?」


 F3の【マーマン】はそのままズバリの『男の人魚』だ。

 上半身は人間で下半身は魚。水中で呼吸が出来て主に海中で暮らし、地上での行動に多大なペナルティを受ける。

 プレイヤーキャラクターと同じように職業もあって、【マーマン(戦士)】とか【マーマン(魔法使い)】みたいな感じでデータ化されている。

 雑誌の付録の選択ルールでプレイヤーキャラクターの【職業】としてのデータも公開されていたけれど、実際プレイヤーキャラクターとして使っているのを見たことはない。


 通常の冒険に出られないから仕方ない話ではある。


「【マーマン】の酒場とは、いったい……」


 思わず俺もつぶやいた。

 いやまあ、公式イラストの【マーマン】は髭面のいかにも海の男風で、酒くらいは飲みそうだけれども。


「海の中だと海水に混じっちゃいますよね?」


 同じく首をひねるむにむにさん。

 海中では、酒を盃に注ごうにも、樽を開けた瞬間に海水に混じって拡散してしまうだろう。

 はて、【マーマン】はどうやって飲酒をしているのだろうか。根本的な問題が発生してしまった。


「水に混じらない特殊な酒があるのだよ」

「え、マジっすか?」

「すごい。ファンタジーって感じですね」


 自信満々に答えるエルフ師匠。

 そんな設定あったんか。F3やって長いけど知らんかった。


「うん。今決めた」


 ドヤ顔で言うエルフ師匠。

 そうだった。この人は、そういう人だった。


「今決めたんすか」

「公式では設定無いよ」

「無いのかー」

「無いんですか」

「【マーマン】は酒好き。って設定はあるけど」


 いい加減だなぁ、公式……。


「公式なんて、細かいツッコミを入れると破綻するもの」


 辻褄合わせがゲームマスターの華だと。エルフ師匠は薄い胸を張って言う。

 確かに、そういう所は結構ある。

 きっちり完璧に決められた世界設定より、ユルユルガバガバ設定に辻褄合わせを重ねた結果、違法建築物みたいになったヤツの方が愛されるものだったりする。

 そういう設定遊び自体が好き、という人もいるだろう。


「じゃ、舞台は深海にある【マーマン】の酒場?」

「ああいや、そうするとみんながそこに行く理由が無いっすね。展開は決めたんで大丈夫っす」


 ぐっ、と力強くサムズアップをするラッシュ君。

 エルフ師匠の無駄話の間に、イベントの流れを考えついたらしい。

 そうなると、こんなバカな雑談も、あながち無駄ってワケでも無いのかもしれない。


「さて、航海を続ける君たちは、海の上に突然、ばかでかい看板が立っているのを目にする。真珠や珊瑚で飾られて、キラキラ光る巨大な看板には『荒波亭』『【マーマン】の酒場』と書かれている」

「海に直接ですか?」

「そうそう。直接ずどんと言う感じっすね。かなり遠方から見ても分かるくらいに大きくてド派手なヤツっす。で、その足元にカウンターが浮いていて、【マーマン】なんかの海棲種族が水面から上半身を出している。店主はドワーフみたいな顔をした【マーマン】。酒樽抱えて客に酒を振る舞っているって感じっす」

「青空営業だ」

「日によって営業場所も変わりそう」

「それなのに、何故か毎日飲みに来る常連客がいるやつだね」

「じゃあ、全部それ採用っす」


 その場のノリで設定が決められていく海上の酒屋『荒波亭』。

 TRPGにはよくある光景である。


「さて。通りがかった君たちを、酔っぱらい達は気がついて取り囲んでくる」

「『おおう。俺の酒が飲めねえのか?』って感じか」

「そうっすね」

「飲み会でよく見る光景」


 こくこくと頷くエルフ師匠。

 サークルはもとより、俺の職場の年末年始もそんな感じ。

 最近は、パワハラだとかアルハラだとかが叫ばれてかなりマシにはなっているけれど、そういう面倒くさい年寄はまだまだ多数派で存在する。


 お酒は楽しく飲みましょう。おじさんとの約束だ。


「むくつけき【マーマン】が酒臭い息を吐きながら『俺らの酒がのめねーってのかぁ!?』みたいな事を」

「『何おぅ! ドワーフの肝臓をなめるでないわ!』と言って船から跳び下りる」

「……あ。下、ただの海っすよ」

「ぼちゃーん」

「『ゴボボボボ、ガボボボッ 誰か、誰か助け!』」

「ああ、ドワさんが……じゃなくて『何やってんのよドワーフ! 泳ぎも出来ないのに海に飛び込んで!』」

「『ゴボボボ、だって酒があるんじゃもんゴボボボ』」

「『いいわ。アンタ一生そこで海水飲んでなさい!』」

「…………」


 寸劇をしている間に、シュトレゼンが【黒魔法】を発動させる。

 【罪の証】、3レベル【黒魔法】だ。

 効果は【水に沈む事が出来なくなる呪い】の付与。

 よく言う「魔女を川に投げ込んで、浮いてきたら有罪火炙り、浮かなかったら無罪」というアレをイメージしたものなんだけど。

 これを【黒魔法】の【呪い】とするあたり、公式サイドの真っ黒さが伺える。


 コレを見た時は「そうかー、この世界の魔女裁判はそうなのかー」とか一人で納得していたものだった。


 そう言うわけで、色々と訳ありの【呪い】ではあるけれど、溺れないのはありがたい。

 なお、こいつは【呪い】のため【解呪】するまでは効果が持続する。

 持続してしまう。


「そう言えば、F3のドワーフも泳げないんでしたっけ?」

「泳げるよ」


 むにむにさんの質問に答えるエルフ師匠。

 そう、F3のドワーフは泳げるのだ。

 別システムとの差別化を図ったのか。それともバイキングのイメージを優先したかったのか。

 船を作って外洋に出て、海賊行為を行ったりもする。

 泳ぎが達者なサンプルNPCだっているくらいだ。


 でもやっぱり、俺としてはドワーフはカナヅチでいて欲しい。

 ゲーム的に不利であってもそれは譲れない。


 こだわりというものはそういうものなのだ。


「でもまあ、ゴルンは泳げなかったという事で」

「それが原因で氏族から旅立ったのだった……」

「そういう設定はありません」


 まったく、エルフ師匠はすぐに勝手に他人の設定を作るなぁ。


「ともかく飲み比べっすね。んじゃま、こちらのチャートに従って【耐久力】でロール勝負っす」

「【種族特徴(ドワーフ)】で飲みます。『ドワーフの肝臓を見よ!』」

「ではそれでオッケーっす。ロールの結果はどうっすかね?」


 わいわいと【飲み比べ】勝負を続ける俺たち。

 ほどなく、ドワーフの胃袋と肝臓の前に【マーマン】は負けを認め、そして俺たちは次の航海へと駒を進めて行く……。

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