セッション6 ありったけの夢航路(3)

「24! と57です」

「両方なし」

「24ありました」

「同じく24」

「…………」


 抽選された番号にチェックを入れる一同。あたりがあったのは俺とむにむにさんの2人だけだけど。

 まあ、ビンゴゲーム……もとい航海は始まったばかり。

 焦ることは無いだろう。


「それじゃイベントっすね。24と、57だから……えっと出現モンスター『クラーケン』っす」

「うむ」

「いきなり大物ですね」

「…………」


 序盤からの大物に沸き上がる一同。

 どうやって殺そうかとスペルブックをめくりだすおけさん。


 【クラーケン】は海洋系モンスターとしてはかなり強力な部類に入る。

 なにしろ【耐久力】が高くて、ダメージがでかくて、攻撃回数が多い。というシンプルな強さを誇っている。

 ステータス的には、以前あれだけ苦労した【ゴルゴーン】や【グリフォン】よりもさらに上。

 【耐久力】の数値だけなら各種【ドラゴン】よりも上だ。


 もちろん、今の俺たちで倒せる相手ではない。

 いや、シュトレゼンがなんやかんやすれば倒せそうな気もしないでもないけど、普通にやったら無理だ。


 なのでまあ、出現し、襲われ、逃げる。までがイベントになるわけだ。


「……で、発生イベントが。『島で交易』……?」

「は?」

「ほう」

「交易って、交易ですか?」

「…………」


 全員の顔にハテナマークが浮かぶ。

 プレイヤーである俺たちどころか、ゲームマスターのラッシュ君まで困惑している。


 交易て。


 【クラーケン】相手に交易て。


「……いったい……」


 ランダムイベントだとこういうのが時々起こる。

 まあなんか、その辺を上手く誤魔化したり、回したりするのがゲームマスターの腕と言えばそうなんだけど。

 初心者マスターのラッシュ君には難しいか?


「……うーん。そうっすね」


 どうしようかと考えるラッシュ君。

 ここで、プレイの勢いを止めるというのも良くない。

 折角ビンゴマシーンで盛り上げたのだから、このまま楽しい勢いは維持したい。


「そーいや、関係ないけど」


 俺が助け舟を出そうとした時、エルフ師匠がぼそりと言った。


「決めてないね。船の名前」


 言われてみればそのとおりだった。


「んー。それじゃこうしましょう。島にいた……のはアレっすから。君たちが最初に上陸した島。それは島ではなかった! 島ほどもある超巨大なクラーケンだったのだ!」

「【レジェンダリー】だ」

「大陸サイズ金魚ですね!」


 身振りをするラッシュ君。

 どこまでの続く海の上、苔むし木々の生えた小島がのそりと動いて、超巨大な【レジェンダリー・クラーケン】の姿を現す。

 その情景を想像すると、冒険している気分が沸いてくる。


「【クラーケン】は言う。『ここからは余の領域。名もなき船を通す事は出来ぬ。余を満足させる良き名を与えるのじゃ』」

「いいひと」

「守護神みたいですね」

「それじゃ、いい名前つけてやりしょ」

「船の名前か……」


 うーん、と首をひねる俺。


「とりあえず、それぞれ良さげな名前を一つづつ候補に上げて下さい」


 ラッシュ君の指示に従い名前を考える。


「ゴーイング「却下」……ちぇ」


 早速却下されるエルフ師匠の案。


「サニー号の方がもう相当長くなってますよね」

「ジェネレーションギャップを感じる」


 産まれた時には後の方だったらしいむにむにさんの言葉に、エルフ師匠は唇を尖らせる。

 まあ、エルフ師匠の世代というと、それよりさらにもっと前の作品になるんだよな……。


「えー。脱線してないで次お願いするっす」

闇船フィンスターニス


 ぼそりと答える俺。


「おお。強い中学二年生力を感じる」

「ぱっとドイツ語のそういうのが出るあたりがドワさんよね……」


 付き合いの長いエルフ師匠とおけさんは、呆れたように言う。

 いいじゃないか。

 カッコいいじゃないかドイツ語。


「ちなみにどういう意味ですか?」

「ドイツ語で『闇』っすね」

「すぐに分かるラッシュ君も、俺の同類と見た」

「第二外国語はドイツ語っすから」


 がっしと腕を組み合う俺とラッシュ君。

 俺も大学の第二外国語はドイツ語だった。

 ネイティブの発音が意外と格好悪いというか、イモっぽいなぁという失望感と、男性名詞女性名詞がよく分からないまま単位を終えた記憶しかないが。


「えっと、【世界樹の枝】を使ってるので、そこを使いたいです。『輝ける世界樹』号とか?」

「【クラーケン】を納得させないとダメなんでしょ。それなら海関係入れた方がよくない? 【海神】号とか?」

「ここはニコイチ」


 むにむにさんとおけさんのアイデアに、エルフ師匠が口を出す。


「つまり、闇の世界樹の海神号?」


 言ってから、エルフ師匠は首をひねる。


「なんか分からないけど強そう」

「並び順変えましょ」

「闇は無くていいですよ」

「じゃ、闇の替わりに深淵で」


 なんだか名前もまとまってくる。

 深淵の海神。

 なかなか良さげ。なんとなくクラーケンっぽい。

 とりあえず、タコの顔はしていそう。


「では『深淵の海神と世界樹』号ですかね」

「ちょっと調整『深淵の海神に祝福されし世界樹』号。これだ」


 長い。

 長いがちょっとカッコいい。

 エドワード・ティーチの『アン王女の復讐』号みたいな感じがする。


「いいっすね。いい名前になったと思うっす」

「ラッシュ君的にはいいの?」

「ゲームマスターの立場っすし。そうでなくても、名前に異論は無いっすよ。カッコいいと思うっす」

「じゃ、きまり」


 びしり、とエルフ師匠はラッシュ君を指差し言う。


「この船の名。それは『深淵の海神に祝福されし世界樹』号!」

「それ、誰が言うんすか?」


 そう、プレイヤー発言とプレイヤーキャラクター発言は必ずしも一致しない。

 発言の宣言があったからと言って、誰が言ったかはまだ確定はしていないのだ。


「エルフさんのプレイヤーキャラクターってアランソンですよね?」

「そう」


 前回プレイヤーを務めたエルフ師匠。

 その時使ったアランソンを、そのまま継続という事になっている。

 まあ、ゲーム的にもアランソンがいる事が前提でバランスをとっている感はあるのでいいんだけど。


「じゃ、アランソンが言ったって事っすね」


 いや、それでいいのかラッシュ君。


「知らん間にパーティ乗っ取られているような感じがする」

「ラッシュが言った事にしません?」

「いや、この強引さがエレンディル姫に嫌われた。そう決めた」


 設定は後から生えてくるもの。

 エルフ師匠が断言したし、周囲も異論は無いのだから、そういう事になるだろう。


「これ、エレンディル姫が復活しても惚れ直される芽は無いね」

「ないよ」

「哀れですね」

「男なんてそんなモンっす。我々と世界を救ったり救わなかったりする旅に出るっすよ」


 ひどい扱いになったものだ。

 まあ、もともとは俺のアドリブから現れたキャラクター。

 ここまでキャラが育ってくれたなら、親としてこれ以上ない喜びだ。


「えー。それじゃんん、ゴホン!」


 と気分と声色を変えるラッシュ君。


「『良き名である。で、あるならば名の通り余の祝福を受けるが相応しかろう。征け。海原はお前らを迎え。千里の海路はお前らを疾く送るであろう』と祝福の言葉と、なんか【祝福】らしい儀式をしてくれて……後はそうっすね。でっかい法螺貝を渡してくれる」

「法螺貝って言うとあの、ぶおおって吹くアレ?」


 俺の質問にうなずくラッシュ君。


「そうっすね。海の上でこれを吹くと、海の眷属が一度だけ助けてくれる。そういうタイプのアイテムっす」

「ファンタジーみたいだ」

「ファンタジーです」

「海洋冒険ファンタジーですね!」

「悪い使い方が出来そうねぇ……」


 四者四様の感想。

 悪い使い方は出来るだけしないで欲しいが。

 まあ、いいだろう。


「それじゃあ、航海は続く。次のイベント抽選するっすよ!」


 ラッシュ君の気合一閃。

 ぐるりとビンゴマシーンが回って出てきた数値は……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る