セッション5 雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!(1)
「さて、シナリオ作成と一言で申しましても色々とございます」
なんのつもりか伝法な口調で、エルフ師匠は切り出した。
シナリオは無事終了。
続いて次のセッションのためのミーティング、というか次にゲームマスターをやる俺のために、プレイヤー各位からの要望を集めると言う段だ。
キャラクターシートとダイスは各々片付けて、ダンジョンフロアタイルやメタルフィギュアなんかの小物も綺麗に仕舞う。
テーブルの上には、ちょっと奮発した焼き菓子類。それに、先程落としたコーヒーがいい香りを漂わせている。
「しかし、本格的っすね」
「うむり。本格的にはじめようと思う」
「多分コーヒーの事ですよエルフ師匠」
「わかってるし」
わかってるんだかわかってないんだかよくわからない顔でエルフ師匠は頷いた。
エルフ師匠のコーヒーカップには、コーヒー4割、牛乳5割、砂糖1割のコーヒー牛乳。
ブラックはとても飲む気にはなれないと言うのだから、外見通りのお子様舌だ。
年齢は俺より大分上のはずなんだがなぁ……。
「それで、シナリオ作りですよね。具体的にどんな感じなんですか?」
「テキトーでいいのよテキトーで」
「それだと話が終わってしまうので。ちょっとおけさん黙ってて」
「えー、アドバイスくらいさせなさいよね~」
優等生に話を進めようとするむにむにさん。
それに、コーヒーにダバダバとウイスキーを流し込んだのを飲みつつおけさんが答える。
おけさん一人のせいで酒臭い。
ぐでぐでと、上機嫌でむにむにさんに絡みついている。
大丈夫かこの人。
「シナリオの発想方法も、ギミック主義、シナリオ優先、三題噺、完全アドリブと様々ございます」
「最後は違うでしょ」
「わたしは基本的にギミック主義。このモンスターを出したいとか、このダンジョンギミックを使いたいとか。そういうのから全体を組み立てていく感じ」
エルフ師匠は人差し指を立てて説明する。
エルフ師匠はダンジョンアタック専門のギミック主義者。
ただし、そのダンジョンの中にストーリーが無いと納得出来ない。そういうタイプ。
中にはそういう事を考えないゲームマスターもいる。
天然の洞窟に、唐突に現れるホムンクルスの群れ。
こいつはきっと、奥に魔法使いでもいるのかと思ったら、そんな事も無くシナリオ終了。
後で真意を問いただしたら。
「データ的に丁度いい強さだったから」
とか、そういうの。
エルフ師匠はそういうタイプのゲームマスターとは異なって、出てくるモンスターやギミックはちゃんとそれらしいものに統一する。
それだけではなくて、ギミックを解いていくと、ダンジョンはどういう意図で作られたのかとか、そういうのが分かるように出来ている。
神殿を占拠した【ゴルゴーン】が鏡と石化ビームで迷宮を作ったり。
そういう物語性をダンジョンで表現するのがエルフ師匠だ。
「ドワさんはシナリオ優先だよね?」
「まあ、そんな感じですね」
俺はと言うと、シナリオ自体の『物語』を大切にしたいタイプ。
依頼を受けて旅をして、こんなイベントがあって、こんな人とこんな会話をして。そしてこんな結末になりました。
そんな流れでシナリオを作っている。
『物語』は基本的に一本道で、NPCの語りも多め。
気を抜くと、ロクに戦闘も無くて最後についでのような戦闘をやって終わらせるみたいなシナリオになってしまう。
自分的には微妙なシナリオであっても、プレイヤーには概ね好評をいただいている。
「元々小説書き志望だったからねぇ。色々な失敗もしたもんだ」
「吟遊ってヤツっすか?」
「痛い所を突かれたが、他人の事を吟遊マスターとか言ってはいけない。それは戦争になるから」
ラッシュ君に言い含める俺。
吟遊ゲームマスター。吟遊詩人ゲームマスター。まあ、そういう感じの言葉がある。
プレイヤーには何もさせず、ただただ『俺の考えたすばらしいシナリオ』を延々垂れ流すゲームマスターの事だ。
シナリオ優先型のゲームマスターは、こうはならないようによくよく注意しないといけない。
TRPGというものが珍しかった時代はまだしも。今となっては、プレイヤー全滅の上、NPCがドラゴンを倒した後に、火口の決戦場で一騎打ちを演じる様を語るとか。
そんな事をやろうものなら、大失敗セッションとしてSNSに晒される事間違いない。
ただまあ、似たような事を俺もしたと、正直に白状するので許して欲しい。
なんだかんだで、お気に入りのNPCのいうものは可愛いものなのだ。
「ドワさんがシナリオ優先型なら、次もシナリオ優先でやるべきではないですか?」
「まあ、実際そうなるとは思うんだけどね。一応ある程度説明しないと」
むにむにさんの言う通り、結局語り多めのシナリオになるだろう事は間違いない。
ダンジョンシナリオなんかも、やってやれない事は全然無いんだけど、プレイングやマスタリングの癖というヤツは如何ともし難いものがある。
やっぱり所々で癖というか色々なものが出てきてしまうのだ。
「三題噺は分かるっすよ。落語とかのアレっすよね」
「そうそう、出されたお題を使って話を作るやつ。落語だとかだと即興でやるけど、とりあえずお題だけ用意して後は流れで。ギミック主義でもシナリオ優先でも使える技術」
三題噺は、どちらかと言うと、シナリオ優先で最初の発想をするのに使うやり方。
例えば百科事典を適当に開いて、最初に目に映った単語を拾う。これを3回やって、それをお題にシナリオを作るとか、そういうヤツだ。
シナリオのネタに詰まった時には重宝したものだった。
「完全アドリブはまあ……非常時用だね。正直おすすめしない」
「真っ白なシナリオペーパーを、プレイヤーにバレないようにマスタースクリーンに裏に貼る瞬間の緊張感がたまらない……」
「エルフ師匠そんな事やってたんすか」
「割と頻繁に」
驚く俺に、エルフ師匠はケロリと言う。
緻密なゲームバランスとギミックの数々がエルフ師匠の真骨頂だと思っていたんだけど、実際のマスタースクリーンの向こう側は、割とガバガバだったのかもしれない。
「リプレイだとかだと、プレイヤーの機転でシナリオ崩壊させたりとかあるじゃないっすか。あれはどう対処するんすか?」
「まず、無駄にシナリオ崩壊させるような人間関係を作らない事かなぁ」
人間関係こそがTRPGにいちばん重要な事だ。
プレイヤーが無茶振りをするのは、大抵の場合ゲームマスターの無茶振りをしている時だ。
後はまあ、面白おかしいリプレイを見て、自分も真似してみたくなった時。
でもそれは、ゲームマスターも同じ事をする。
やっぱり重要なのは、お互いに楽しめているかどうか。
お互いに、楽しみ方の同意が取れているかどうか。だと思う。
「やりたい事をちゃんと言葉に出して言えば、トラブルの9割は回避出来るよ」
「1割はどうなんすか?」
「どうやっても合わない人間というのはいるからねぇ……」
こればかりは人間同士なので仕方ない。
そこで無理に合わせる必要も無いと思うし。
不快な思いをするならば、そこを避ける事も重要だ。
「そう言う訳で、やりたい事を口に出して言おう。なんでもいいよ」
「エルフ師匠が言わないで下さい」
「ゲームマスターやるのわたしじゃないし」
「だから言わないで下さいって言ってるんです」
まったくいい性格をした人だ。
「まあ、要望があったら聞くよ。全部叶えられるかどうかは分からないけど参考にはするから」
「温泉行きたい」
おけさんが、ノータイムでそんな事を言い出す。
「ほら、たまには皆でさ。ひなびた旅館でいい風呂入って、美味しいもの食べて、夜中までダラダラするとか。いいんじゃなーい?」
けらけらと笑いながら言うおけさん。
顔は真っ赤で、酒の匂いをプンプンさせている。
見ると、さっき開けたばかりのボトルが、もう半分くらいになっていた。
完全に酔っ払っていた。
「いや、今はそういう……」
「いいね。温泉」
きらーんと、エルフ師匠はメガネを光らせる。
いやまあ、確かに温泉旅行は楽しいだろう。
このメンツでダラダラするのもいいし、旅先でTRPGと洒落込むというのもそれはそれでいい。
夜中に騒ぐなと言う話もあるけれど、だいたい旅館なんてオールで騒ぐものである。
部屋から出て他のお客さんに迷惑をかけるとか、旅館のものを壊すとか、そういうのさえやらなければ、無礼講でもいいという話もある。
まあ、その辺は旅館の雰囲気と防音設備次第だけど。
「はい、温泉。ラッシュ君、温泉といったら」
パンパンと拍手して、唐突に連想ゲームを始めるエルフ師匠。
この人は、突然予想外の事をする。
今回は何か考えがあっての事っぽいけど、割と考え無しでやる事もある。
マスタースクリーンを立てていない時のエルフ師匠は、割とポンコツ気味なのだ。
「うぃっす。うれし恥ずかし湯けむり混浴っす」
「よし。むにむにさん、湯けむりの先に見えるもの」
「えっと……雪と人影と……殺人事件?」
「はい。次のシナリオは『雪の湯けむり温泉殺人事件。ドワーフの里で冒険者は見た!』で決定! ドワさん後はよろしく」
何か、そういう事になったらしい。
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