セッション2-3 高慢と偏見(ゾンビはいない)
「まったく、信じられないわ」
ぱくぱくムシャムシャと、山盛りパフェが消えていく。
「むーちゃん、絶対騙されてるよ」
その速度、予想の三倍。
当然か、三人いるんだから。
「まやちゃん、みどりちゃん。なんで付いて来てるの……」
昼下がりのファミレスで、下校途中のむにむにさんと合流してお話と、その予定だったはず。
そのはずが、何故か女子中学生が3人に増えていた。
「まあまあ。下校時間に押しかけた俺が考え無しだったし」
「そうです。むーちゃんに変な噂が流れたら、おじさんどう責任取るのよ」
「むーちゃん学校にいられなくなるかも」
コーヒーをすする俺。
容赦なく俺を攻め立てるお友達2人。
1人はまやちゃん。
茶色がかった髪をカチューシャで纏めたお嬢様風。
ツリ目がちの目が敵対的に俺を睨んでいる。
もう1人はみどりちゃん。
メガネにお下げの委員長風。
上目遣いの怯えた瞳が俺を睨んでいる。
どうにかして今日の事を知った、まやちゃんとみどりちゃん。
むにむにさんを心配してついてきた。
そう言う次第ということだった。
「噂が立っても、私は気にならないし……」
「いや、そこは気にしようよ」
制服姿でも、むにむにさんの吶喊ぶりは変わらない。
コンベンションの時ほどキメキメでは無いけれど、ちょびっと色のついたリップをつけていて、髪もゴム紐じゃなくて細長いリボンみたいなので綺麗に結んで纏めている。
スカートも他の女子よりちょっと短い。
多分この辺が校則ギリギリのラインなんだろう。
「私、本気ですから」
「だからむーちゃん騙されてるって」
「騙されてるよ」
「騙されてないよー!」
きゃいきゃいと高い声で騒ぐ姿はかしましい。
他人ごとなら微笑ましい風景だった。
「他人事ならなぁ」
「はいそこ。他人のフリしない」
まやちゃんはその辺を許してくれない。
「むーちゃんを騙したおじさんが全部悪いんですからね」
「騙してないって」
「騙されてないって」
「声ぴったり」
「私たちのむーちゃんをよくも……」
何の話だ一体。
ダメだ。
このまま向こうのペースに合わせていると、まったく話が進まない。
「ああもう、まずはっきりさせておくけどね。俺は考え直して欲しくてここに来ている」
え? という顔をするまやちゃんとみどりちゃん。
そして当のむにむにさんは。
「そう言うと思いました!」
その言葉は予想通りと、得意顔で答えて言った。
「え、どゆこと?」
「むーちゃん騙してるロリコンじゃないの?」
「ロリコンでも無いし騙してもいないから」
「とにかく。私の話を聞いて下さい。そうすればみんな納得してくれますから」
むにむにさんは得意顔を崩さない。
腕を組んで人差し指を立てて、アニメや漫画の解説キャラみたいに語り出す。
「まず、現代の結婚適齢期は人類と言う生き物にとって遅すぎるのです。かつては、私たちくらいの年齢で、もう成人として扱われていました。結婚もして子供も作っています」
まあ確かに。
十代中ばと言うのはさすがに早すぎるけれど、独身貴族を楽しんで、三十を目前にして慌てて婚活。みたいなケースはよくあるし。
俺なんかはそれすらスルーして、今では四十路が目前だ。
実際それでは遅すぎる。
体力的にも厳しいし、贅沢や妙な知恵がついた後だと、生活様式を変える事に腰がやたらと重くなる。
それは、俺自身が婚活やってて思う事ではある。
正直なんか、このまま結婚しないのかなと思う瞬間がよくある。
「結婚が遅くて良い事は一つもありません。出産も子育ても若くて体力がある内にやるのが望ましいのです。そして私たちはもう、子供を作ることの出来る身体です」
鼻高々で続けるむにむにさん。
まあ、言っている事は正しい。
正しいんだけど、何というか。何か違う。
違うよなぁ……。
具体的に何がどうおかしいかって指摘は出来ないのがもどかしい。
「でも、由美せんせーが言ってたじゃない。早まって自分を大切にしないでいると、結婚した後後悔するって」
みどりちゃんの反論。
しかし、むにむにさんはそれも予想していたと、一言返す。
「でも由美先生、結婚してないじゃん」
子供は残酷だ。
「三十歳過ぎてるのに」
本当に残酷だ。
「……まあ、そうだけど……」
「由美先生は結婚に理想を持ちすぎてるのがよくないと思うよ」
「それくらいにしてあげよう」
会った事は無いけれど、その由美先生が可愛そうになってきた。
「結婚と言うものは、夫婦お互いの幸福のための契約で。結婚にふさわしい相手というのは、その契約を履行出来る相手かどうか。というが一番重要なのです」
「むーちゃん。それはドライ過ぎる考え方なんじゃない?」
「そうだよ。愛情とか重要だよ」
「お見合い結婚と同じだよ? 愛情は結婚生活で育てていくものだよ。それをちゃんと夫婦で理解していればいいんだよ」
なんだか旗色が悪い。
まやちゃんとみどりちゃんの反論も、段々と歯切れの悪いものになってきた。
論争になると思って理論武装してきたむにむにさんと、何も考えずにこの場にいる俺達の差が出た形である。
「それなら、近い歳の人同士で結婚を前提にしたお付き合いをしてみたら?」
「無理でしょ。中学生の男子とか」
うん無理だ。
ごめん、そこは確かにそう思う。
「ガキだしね」
「約束守らないし」
「いやらしい事しか考えてないし」
「服とか臭いとか気にしてないし」
「ガキだし」
むにむにさんに、まやちゃんとみどりちゃんも同調する。
まあ、中学生男子なんてそんなモンだけどさ。
俺も女子には好かれてはいなかった。
多分、嫌われていた。
「その点、ドワさんは紳士です」
どやぁ、とむにむにさんが胸を張る。
いや、俺の事で自慢されても。
「一人暮らしなんだっけ? その割に服ちゃんとしてるよね」
「外見をうるさく言われる仕事をしているからね」
一応、背広のクリーニングとワイシャツのアイロン掛けは欠かしていない。
ワイシャツも着るたびに強力洗剤で浸け置き漂白をしている。
最近は形状記憶ワイシャツという便利な奴も流通していて、非常に重宝している。
「香水とかつけてる? 安心する匂い」
乾燥対策のベビーパウダーの匂いです、それ。
「さっきから常識的な事言ってるしね。ロリコンかと思ったら」
「うん、ちゃんとしてる」
普通のおじさんはこんなものです。
中学生の女の子に、と言うか実際に目の前にいる女性に性欲を丸出しにしたら、人生詰むんです。
「えっとね。それは全部、大人の男性としては普通の事だよ」
曖昧に笑う俺。
むにむにさんは我が意を得たりと声を上げる。
「そう、そのとおりです。結婚を前提にしたお付き合いをするなら、年齢を重ねた大人の男の人じゃないとダメなんです!」
「あ、そっかぁ」
「そう言えばそうだね」
納得しかけるまやちゃんとみどりちゃん。
君たちが説得されてどうするんだ。
「さらに言えば、中学生男子に一家を支える経済力はありません」
「むーちゃん。そのとおりだよ!」
「すごい。ちゃんと考えてる」
「そりゃあまあ。経済力はあるけどさ……」
多分、三十歳代男性の平均値よりは多少多めに給料は貰っている。
仕事先が潰れたり、雇用を切られたりと言うことも、まあまず無いくらいの地位にいる。
独身で仕事に無理が効いたおかげだろうか。
「総括すると私たちは、出来るだけ若い内に、年上で経済的に余裕があって、こんな突拍子もない事を言ったら一度は止めるくらいに常識と良識のある男性と結婚すべきなのです!」
「つまり、このおじさんじゃん」
「むーちゃんの行動的な所、ホント尊敬する」
どうですか、と鼻息荒くむにむにさん。
友達2人も勢いと詭弁にすっかり騙されている様子。
「そんな大層な人間じゃないぞ。俺」
俺は、この歳までロクに彼女もいない身だ。
婚活だって失敗続き。
多分、女性からしたら魅力の無い男だろう。
「それは、良い所を見ていない人たちが悪いんです!」
うーん。
なんだろう。
何か、こう、違う。
多分、彼女の言葉はある見解では正しいんだと思う。
一応、理屈の筋も通っている。
ただ、何かが間違っている。
間違っているというか、違和感がある。
その違和感が言葉に出来ないのがもどかしい。
「大層でなくても、同年代男子よりはよほどマシよね」
「うんうん。女の子の事、ちゃんと考えているし」
「そうそう。覚えてる? ここの椅子に座る時も私たちに席を譲って最後に座ったでしょ」
「わかる。そこ良い」
「メニュー出して『なんでも好きなの頼んでいいよ』って、一度言われてみたかった」
「それで迷っていると、先に『実はこれが食べたくて』って言って」
「だよねー。紳士だよねー」
いや、その辺は普通にマナーの範囲です。
女子中学生にワリカンさせるわけにもいかんだろうし。
敵対心ばりばりの場を和ませようとしただけなんです。
「だから、こんな優良物件を見逃す訳にはいかないんです。ね、私を助けると思って。お試しからでいいですから」
ぱん、と両手を合わせて、むにむにさんは頭を下げる。
「むーちゃんの話を聞いてると、いい男に思えてきたわ」
「うんうん。そう思えてくるから不思議」
生まれて始めてのモテ期到来。
なお、相手は女子中学生。
一体どういう事なんだ。
「……うーん。あのね……」
理屈はまあ分かった。
多分に先走り過ぎで、若さゆえの暴走という感じの理屈。
だから、年長者としてちゃんと話をしてあげなくてはいけない。
子供は大人に憧れて、一秒でも早く大人になりたがるけれど。
若さというものは光のように過ぎ去って。
大人になって、鬱陶しく思った時間がどれほど輝いていたのかを思い知って後悔する。
そして二度と戻る事は無い。
だから俺は、青春というものを無駄にして欲しくは無くて。
「ああ。なんだろうね……」
どうしてなのかとため息をつく。
思いつく言葉は聞いたことがあるような陳腐な言葉ばかり。
その一つ一つが、今の俺には、泣きたくなる程の憧れと思い出のある言葉だけれど。
同じ言葉を冷めた目で見ていた、中学生の俺を覚えている。
だから、俺の言葉は彼女らの心に届かない。
それが分かる。
「……俺、おじさんだよ」
「知ってます」
真剣な顔で答えるむにむにさん。
「俺の方がだいぶ先に死んじゃうよ」
「……時間をかけて、覚悟します」
なんだろう。
「年齢違うから、話とか合わないよ」
「趣味、一緒じゃないですか」
なんか、プロポーズっぽい流れになっている気がする。
「これさ。ここで逃げる方が男らしく無くない?」
まやちゃん、そんな事を言うのはやめてくれ。
もうちょっと、こう。援護射撃をしてくれ。
「私、家事とかも頑張ります。足りない分はお母さんから教えてもらいます。家の事はちゃんと出来ます」
「むーちゃんの料理おいしいよね」
「そうそう。お嫁さんに欲しいくらい」
もう、まやちゃんとみどりちゃんは、すっかりむにむにさんの味方になっている。
「女の人にモテた事も無い男だよ?」
「私一人にモテてくれればいいです」
女々しい俺に、しっかり答えるむにむにさん。
ダメだ。
立場だ逆だ。
いや、逆じゃない。
逆だとダメだ。
「おじさんさー。むーちゃんにここまで言わせたんだよー」
「ちゃんと答えないとダメですよ」
これはもうダメですね。
まやちゃんとみどりちゃんは完全にむにむにさんサイドだ。
前を見る。
紅潮したむにむにさんの顔が、びっくりするほど近くにあった。
瞳が期待と不安で潤んでいる。
本気の目だった。
幼さの故の思い込みだとは思う。
大人になったら思い出したくも無い過去になるかもしれない。
だけれども、今この時、むにむにさんは本気だった。
ああまったく。
俺だって、そういう気持を向けられるのは初めてなんだ。
「……分かった。俺の負け」
そんな時、どんな言葉をかけていいのかなんて、TRPGのセッションでだってやっていない。
「とりあえず、次の休みにデートしよう」
「いいんですね? OKですね? 結婚しましょう」
「気が早い気が早い。もうちょっとお互いを知ってから。それで俺に愛想が尽きなければね」
ゆっくり進んで行こうと思う。
その中で、彼女が自分で正しい道を見つければいいと思う。
なにしろ俺たちは、お互いの本名すら知らないんだから。
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