セッション2-4 オタク訪問
「おじゃましま~す」
「おー。いい部屋住んでるじゃん」
「大丈夫っすか、センパイ。エロ本、ちゃんと隠してます?」
「必要なら、部屋の前で待つ」
開いた玄関から、むにむにさん、おけさん、ラッシュ君、エルフ師匠の順に入ってくる。
「ちゃんと掃除してあるから中にどーぞ」
次の休日。
全員の予定が上手く合ったので、セッションの続きと相成った。
場所はもちろん俺の部屋。築20年の中古分譲マンションローン15年。
「ひゃー。タイル新品だ」
「新築みたいですね」
「マンション見た時にはどうかと思ったけど。今どきオートロックも無いし」
「リフォーム会社すごい」
ローンは部屋のリフォーム代金。
お陰で中身は新築同然。
床も壁紙も防音仕様で、キッチンは人工大理石一枚張りだ。
「お、炭酸水作るアレがある」
「独身男の部屋には必ずこれあるのは何でなのかしらね」
「よそんちの事は分からんすわ」
ちなみに俺は流行りの時に買ったやつ。
あまり使わない内にガスボンベの二酸化炭素が抜けてしまった。
多分、他の人は自宅でハイボール作ったりする。
俺は宅飲みしないから腐らせてしまったけれど。
「そして、独身男宅お馴染みの鉄製フライパンと圧力鍋」
「妙に独身男宅の家財道具に詳しいですね、おけさん」
「まあ、色々あったからね、アタシも」
まあ、俺から見ても美人だからな、おけさん。
あれから今まで、誰ともおつきあいをしていないって事も無いだろう。
「はいはい。リビングはこっちです」
「本棚発見」
リビングの壁一面を覆う本棚に、エルフ師匠が目を向ける。
「本棚……TRPG棚?」
本棚には赤箱D&Dから始まって、最近購入したパグマイアまで、ずらりとルールブックが並んでいる。
メジャーどころではトラベラー、ルーンクエスト、ソード・ワールド、T&T、ワースブレイド、バトルテックにTORG等。
マイナーどころでは、ファンタズムアドベンチャー、戦国霊異伝、退魔戦記 、探偵物語、ギャラクティックアーツにメックナイツ。
その他諸々、手に入る限りのルールブックがそこにある。
半分以上はやるアテも無いのに、社会人の財力にまかせて購入した代物だ。
開く機会も無いままに、バージョンが上がってしまったルールもある。
プレイ経験は無いものの、アニメの参考資料として何故か頻繁に開くルールブックもある。
新版が出たテンションでアマゾンで購入した未訳TRPGもいくつかある。
他には中世ヨーロッパを中心とした歴史や、各国神話やファンタジーの資料本。
ダイスやメタルフィギュアも綺麗に飾ってある。
「おお、すげえ。見たことの無いのがいっぱいある……」
見上げるラッシュ君のテンションも高い。
やっぱり同じ趣味のある人間は分かってくれる。
一度だけ、婚活で自宅に上がるまで行った女の人がいたけれど、この本棚を見るや。
「これ、処分するのも大変ね」
とか言い出したので、その場でお帰り願った。
お互いに趣味の共有は出来なくても、互いの趣味の許容が出来る相手でなければ、結婚しても幸せには慣れないから仕方ない。
「これ、一財産じゃない」
おけさんの言う通り、集めるためにはお金をかけた。
特に旧版D&Dなんかは、後になって買い集めたコレクターズアイテムで、金と時間をだいぶ取られた一品だ。
ここまでする必要があるかと問われれば、あるとしか答えようがない。
例え、手に入れた直後に復刻版が出たとしても。
俺はまったく後悔していない。
後悔していないんだってば。
「業界に貢献。えらい」
「セッションが出来なくても、こうやって買い支えようって。言ったのはエルフ師匠ですよ」
「言ったっけ?」
「言いました。最後に」
「じゃ、そういう事にしておく」
確かに言ったんだけどなぁ。
そんな事をわちゃわちゃと言いながら、棚の一角からF3のルールブックを引っ張り出す。
ついでに追加ルールとマスタースクリーン。それから書籍に纏められなかった雑誌掲載データの切り抜きも。
「ラッシュ君。この間言ってたアレ。この追加データね」
「お、助かります。これでラッシュのシールド捌きが冴え渡る事に……」
「それと、例の幻の短編小説」
「おお。この作者のファンなんすよ。噂だけは聞いてたんすけど、こんな所で読めるとは……」
なんて話をしていると。
ふと見ると、むにむにさんは本棚の前でペタンと座って虚空を見ている。
で、一言。
「私、今日からここに住みます」
「やめよう。冗談でもやめよう」
「冗談じゃないです。ここ住みます」
マジな目でむにむにさんが言う。
いや、だから。そういう先走りはやめてください。
他の人がいるときに言われると、下手すると警察官のお世話になってしまう。
「あ、じゃオレも住む。遊びたいし、小説も読みきらないと」
「ちょっと惹かれるわね。その提案は」
「全部プレイとなると、年単位かかる」
なんかだかみんな、住む気になっているぞ。
「駄目です。私が住むんですから」
「うーん。確かにこの人数が住むには狭いな」
「隣の部屋とか買えないの?」
「お仕事頑張って」
「いやいやいやいや、冗談はいいので」
なんだか冗談じゃなくなってきた風がする。
お隣売りには出していないし。
変に聞かれて、ご近所付き合いに支障が出ても困るし。
「はい。この話はおしまい」
「後で話しましょう。真剣に」
「だからおしまい。セッション開始するよ!」
パンパンと手を叩く。
リビングの真ん中の大きめのテーブル。
上にはペットボトルの烏龍茶とジュースとコップ。
つまみ用のお菓子も完備。
人数分のクッションも床に敷いてある。
「じゃあまあ。そういう事で」
どん、とテーブルの上にマスタースクリーンを置く。
ダイスとルールブックを脇に揃えて、その前にどっしと座る。
「それじゃセッションを始めるぞ」
マスタースクリーン越しに皆を見る。
よく分からないような顔をするラッシュ君。
え、と声を出すむにむにさん。
面白そうに唇を釣り上げるおけさん。
「今日はドワさんがマスター」
そしてエルフ師匠が補足して、今日のセッションが始まった。
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