セッション2-2 アフターセッション その2

「知らない間に手が早くなったわね」


 いや、しらんがな。


「通報しました」


 やめてエルフ師匠。


「俺としては、何が何やら分からないんだけど。なんだこれ」


 むにむにさんとはそれほど親しく話した記憶は無い。普通にセッションしただけだ。

 プライベート関係の話もロクにしていないはず。


「独身だって話くらいはしたかなぁ」

「それで、がっついてると思われたんじゃない?」

「それでこれは飛躍しすぎでは」


 意味も分からず、とりあえずメールを開いてみる。


「……長っ……」


 ガラケーの小さな画面に、みっちりと並ぶ文字の塊。

 スクロールさせると、そいつがずっと下まで続いている様子。


 こいつはちょっと読む気が失せるな……。


「んで。どんな事書いてあるの?」

「ちょっと待って……」


 ぴろりん。

 再び響く間抜けな電子音。


「また、むにむにさんからだ」


 どれどれ。メールのタイトルは……。


『間違えました。いえ、間違いじゃないんですが』


「 「 「 ??? 」 」 」


 新たなメールのタイトルに、俺達の頭の上にハテナマークが浮かんだ。

 追加情報でさらに謎が深まってしまった。

 さっぱり意味が分からない。


 ぴろりん。


 またメール。


『早まりました。結婚願望はあります。結婚しましょう』


「なんだこれ」


 何か件名だけで会話を仕掛けてくるスタイルだ。


 ぴろりん。


『将来設計があって。会った時に詳しく説明します』


「よく分からないね」

「うーん。むにちゃんこういう所あるのよね」

「どういう所?」

「先走るというか、思い込みが激しいと言うか……」


 ああまあ確かに。

 ララーナのロールプレイでもかなりのバーサーカーっぷりを発揮していた。

 頭に血が上ると周囲が見えなくなるタイプの娘なのだろう。


 ぴろりん。

 また着信。


『結婚を前提にお付き合いをお願いします』


「俺の婚活史上一番熱心なアタックなんですがこれ」


 俺の知ってる婚活は、お誘いもセッティングも、デートの計画も支払いも、男持ちが当たり前。

 で、男の方から次の段階へと進めて行く。

 最終的に結婚を申し込むのも男性から。


 それが普通だと、相談所のオバさんには注意をされていた。

 女性に対しては積極的に誘ったりするな、と指導をしているとも言っていた。

 これはこれで、だいぶ古い価値観だとは思っていた。


「婚活じゃない」


 確かにそうですねエルフ師匠。


「しかし本当になんだこれ」

「むにちゃん。中学2年生だからねぇ」


 中学2年生と言えば、中二病。

 俺もおけさんも。そして多分、エルフ師匠も通った道。


「俺もその頃は必殺剣とか使ってたな。剣道で」


 当時、坊主頭の剣道少年だった俺。

 継ぎ足の一歩前を歩み足にするという、今にして思えば何でそんな事をしようと思ったのかと問い詰めたくなる「必殺技」を持っていた。

 これが結構、対戦相手が間合いやタイミングを見誤ってグダグダになってくれたものだった。

 真面目にやってる実力者にはまったく効かない「必殺技」だった。

 全然無駄な動きだからね。


 そんな無駄な事を練習している時間を出小手にでも費やせば、それなりの選手になれただろうなぁ。と、今になって思うけれど。

 でも、当時はそれが正しいと思っていたし、何よりそれが楽しかった。


 だからそれが、俺の「正解」だったのだと、今は思う。


「まあ、そんな感じ。真面目でいい娘なんだけど、よく分からない所で極端で頭でっかち世間知らず。そんな感じ」

「マンチキンは、そうして生まれる」

「それは言い過ぎじゃないですかね。エルフ師匠」

「だから、わたしはマンチキンの気持を否定しない」


 エルフ師匠は『オレのクレバーな判断でゲームマスターが用意したピンチを圧勝』と言う局面を意識して用意している。

 それが、エルフ師匠の卓が楽しい理由だ。


 その上で、プレイヤーの単純なワガママは許さない。

 その線引きがエルフ師匠はしっかりしている。


 それに気付いたから、俺はエルフ師匠を師匠と呼んだ。


「マンチキンね。確かにそんな感じかも」


 送られてきたメールをつらつら眺めながら、おけさんが言う。

 貴方が持っているそれ、俺のなんですが。

 そんなツッコミを許さない程、泰然自若とした姿だった。


「他人とは違う何かで近道をしたい。サボりたいとかそういうんじゃなくて、そういう賢い選択を自分は出来ると信じている。そんな感じの内容よ」

「まるで先生みたいだなー」


 おけさんの職業は聞いていないが、学校の先生だと言われても違和感は無かった。

 人に物を教える職業、そんな雰囲気がある。


「やめてよ。学校なんて二度と行きたくないわ」


 どうやら違うらしい。

 深く詮索する気は無いけれど。


 1通目のメールを流して読む。

 つまりは、年齢の若い内に結婚をして子供を作って、元気な内に子供が独立したら、思う存分オタク活動をエンジョイしたい。

 元気な内に子育て出来れば体力に余裕はあるし、夫が年上の俺なら経済的にも安心出来る。

 セッション中に気が合うのは分かったし、人柄も良いと思った。

 大体そんな感じらしい。


「どうするの?」

「スルーって訳にもいかないですよ」


 エルフ師匠に答える俺。

 同じ趣味を持つ年長者としての責任と言うものもある。

 むにむにさんの主張も分からんでもないけれど、それが妙な方向に行って、取り返しのつかない事になってしまうかもしれない。

 それこそ、金持ちのロリコンおっさんに引っかかったりしたら目も当てられない。


「むにむにさん可愛いじゃないですか。一つ間違えて悪い大人に騙されたりしたら大変だ」

「垢抜けてる」

「センスいいよね」


 エルフ師匠もおけさんも認める通り、むにむにさんは可愛い。


 俺たちの時代。オタク趣味の中学生と言えば、学校指定のジャージか、お母さんが買ってきたしまむらセットと相場が決まっていた。

 もちろん、髪もロクに整えなかったし、女子だって化粧なんかはしていなかった。


 しかしやっぱり年代の違いなのだろう。

 むにむにさんは、なんかふわっとした色のワンピースに、なんかアクセサリー付きのジャケットを羽織っている。

 横で結った髪も紺色のゴム紐なんかじゃない。

 よく見るとリップなんかの化粧もうっすらしている。

 ファッション関連の語彙が無い俺には、その可愛さを1割も表現出来ないが、なんかファッション雑誌の表紙とかにいても違和感ない。


「相当頑張ってきたのよね。今日」

「そうなんすか」


 やっぱり頑張っていたらしい。

 あれを毎日やってるとか言われたらどうしようかと思った。


「色々相談受けたからねー。それでも、上手くまとめたと思うわ。よく勉強してる」


 オタク女子もファッションの勉強をしなきゃいけない時代か。

 女子は大変だなと思う。


 なお、男性代表ラッシュ君は、とても落ち着く格好をしていた。

 具体的に言うとユニクロ。


 でも、不潔な感じはしなかったので、その辺気を付けているのだろう。

 それすら偉いと思える時代が昔はあった。


「よく勉強をしているから、間違う」

「ツンデレ演技はよくやってると思うけど、ちょっとやり過ぎだったかなぁ」

「ドワさんのドワーフ演技も相当じゃない?」

「アレ、ほとんど素なんだけど」


 ドワーフキャラばっかりやってきたからなぁ。

 演技が素になったのか、素があれなのかは自分自身もよく分からない。


「見張りゴブリンを深追いした所。本来のシナリオをブレイクして、有利な展開を持っていきたい気持を感じた」


 俺はあまり気にしていなかったけれど。エルフ師匠はよく見ている。


「だから、早い段階で倒させて、重要アイテム取得イベントに変更した」


 大抵のゲームマスターなら、無理に逃がそうとして事故起こしたり、分断状態が続いたりしたかもしれない。

 しかも、無理をした結果は大した成果も無し。

 本来ならばそういう展開だった訳か。


「エルフさんは考えてるわね。アタシはたまの休みだから全部お願いしちゃったわ」

「もうちょっと、積極的に動いてもよかったんじゃよ」

「色々細かい所でチュートリアルしてたしアタシ」


 石投げとかしていたな。

 その辺、おけさんも気が回る方だった。


 一番何も考えてないプレイだったのは俺だった。


「ドワさんはいつも通りのプレイでおっけー」

「無理に新しい事するもんじゃないよ」

「まあ、そう言ってくれると助かりますが」


 はあ、とため息ついてから、ぬるくなりかけたビールをあおる。


「何にせよ、早い段階でちゃんと会って話をしようと思います」

「ついでに次のセッションの予定とかも詰めておいて。アタシは土日休みだから」

「わたしは1週間前に言ってくれればいつでも大丈夫。定休は月曜」


 了解しましたと、二人に答えてから、俺はむにむにさんに送るメールの打ち始める。


『一度、ちゃんと会って話をしよう』


 まあ、こんな感じかな。

 つまみと追加のビールを頼んで、俺はメール返信ボタンを押した。

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