セッション2-1 アフターセッション
「それでは。再会を祝して」
おけさんのよく通る声が居酒屋に響き渡る。
「 「 「 かんぱーい 」 」 」
俺とエルフ師匠とおけさん。
それぞれが手に持ったガラスのジョッキが高い音を立ててぶつかり合う。
「いやぁ。まさかおけさんと酒を飲む日が来るとはなぁ」
「あれ。ドワさんいた時って未成年だっけ、アタシ」
「未成年。高校生だった」
「うっわ、JKかぁ。あん時は若かったなぁ」
おけさんが、たははーと笑いながらジョッキをあおる。
形のいい喉が、ごくりごくりと上下に動いて、たらりと一本ビールが垂れる。
「……うーん……」
「セクハラ禁止」
ふと浮かんだ助平心をエルフ師匠は見逃さない。
「え、何? 欲情した?」
「そういう事言わない」
「エルフさんは堅いなー。カレシ出来ないよー」
おけさんも数えてみれば三十代。
酒は呑むし、下世話な話もする。
多分、俺が知らない間に異性と交際したりもしただろう。
外見も変わった。
当時は三編みメガネの地味めな文学少女風だった。
今はショートカットの出来るOL風。
薄い色の化粧とラフな服装が、いかにも活動的。
「カレシとか、いいし」
対するエルフ師匠は変わらない。
分厚いまんまるメガネにぱっつん前髪のロングヘア。
無地の長袖シャツにデニムのオーバーオール。
顔には化粧っ気の一つも無い。
格好も見た目も、最後に見た時から一つも変わっていない。
「変わってないなぁ」
眉をひそめてけらけらと笑うおけさん。
よく喋る。
元々、よく喋る人だった。
セッション中に地蔵なのは、単純に彼女のプレイスタイルだったっけ。
「ドワさんは見事におっさんになったけど」
「最近じゃ、身も心もドワーフだよ」
「じゃ、髭生やさないと」
「職場が許してくれないんだよなぁ」
その辺結構厳しい我が職場であった。
「面倒くさいよねぇ。アタシなんか、毎朝2時間かけて髪セットしてメイクして。大変よ」
「ナチュラルメイクで十分美人だと思うけどなぁ。おけさんは」
「ナチュラルメイクってのはね。ナチュラルに見えるメイクであって、薄かったり手間がかからないメイクじゃないのよ」
「……そうなんだ」
エルフ師匠が驚くのか。
「エルフさんはもうちょい、化粧とかしなさいな。せめてお肌のケアはしないとダメよ」
「面倒だから」
「なんでノーメイクノーケアでこの肌の張りが保てるのかなぁ」
なにせエルフだし、エルフ師匠。
「マジで全ての女性の敵よ。エルフさん」
「そこまで言うか」
「そんな事より、これからのこと」
ジョッキの烏龍茶をちびりと舐めて、エルフ師匠が言った。
そう、セッション後に居酒屋集合は、別に旧交を温めるためだけではない。
「最初っからキャンペーン組む予定だったんですね」
「うん。むにちゃんはね」
おけさんが言った。
むにむにさんは元々、おけさんとSNSの相互フォロアーで、TRPGに興味があると相談されて、二人連れでコンベンションに来たらしい。
「でもさ。やっぱりTRPGってメンツ次第でしょ。だから、昔の知り合いで連絡つきそうなエルフさんに声をかけたのよ」
「TRPG。すごい久しぶりだった」
エルフ師匠もブランクは長かったらしい。
俺がTRPGサークルから離れたのは、仕事の都合で色々あったからだ。
ただ、その頃からTRPGも下火になっていった。
いわゆるTRPG冬の時代だ。
トレーディングカードゲームの隆盛や、日本経済の不景気。
色々な要因があったけれど、新しいシステムが発売されなくなったり、展開が打ち切られたり。
そんな悲しい事が続く時期があった。
エルフ師匠もおけさんも、そんな中、段々とTRPGから疎遠になったらしい。
「緊張した」
そんな訳で、エルフ師匠もゲームマスターやるのは久しぶりだったらしい。
その割に、まったくいつも通りだった気もするが。
「むにちゃん、すっかりハマったみたいだし。これからもキャンペーン続けたいって言ってるのよ」
「ちなみにラッシュ君は?」
「知らない子」
「メンバー募集で入ってきた子」
女性ばかりの卓に入ってくるのも勇気あるなラッシュ君。
「メンバーが足りないからドワさん呼んだ」
「丁度近くにいて良かったです」
「用事とかあったんじゃないの?」
「ドタキャンされました」
きらん、とおけさんの目が光る。
「女か」
鋭いなぁ。
「婚活失敗しました」
「ドワさんも婚活する年頃かぁ」
「婚活するには遅過ぎたんだよなぁ」
結婚相談所のオバさんから口を酸っぱくして言われた。
もう5年早ければ、引く手あまただったとかなんとか。
余計なお世話である。
「ドワさん割合スペック高い方じゃないの?」
「年齢がねー」
「歳の話はしないで」
おけさんも他人事ではないぞ。
「何にしてもさ。今後キャンペーンやるって言うなら俺は構わないですよ」
ラッシュ君も乗り気だった。
「そうね。それなら、あのキャラで続けるとして」
「問題は、場所」
エルフ師匠は手にしたジョッキをテーブルに置く。
烏龍茶は半分も減っていない。
「そうね。むにちゃんは中学生だしねぇ」
おけさんは空のジョッキを店員さんに渡して言った。
早くも三杯目。
酒豪だなぁ。
「今も昔も、金と場所は問題になるなー」
昔は男連中で集まって、カラオケボックスでTRPGなんて事もやった。
ただそれは、バイトもしている大学生の男どもの話で、女子中学生ともなるとそうもいかない。
それなりにしっかりした場所、遅くなりすぎない時間。
そして、それを借りるための金が問題になる。
「お金は問題。すごく、難しい」
ぶっちゃけた話。会場代なんかは俺が払ってしまっても構わない。
それくらいの稼ぎはもらっているし、何より身軽な独身者だ。
趣味にそれくらいの金を払う余裕くらいはある。
いっそ、セッション後の飯を奢るくらいはしてやれる。
「平等って奴は難しいなぁ」
ただそれで、むにむにさんさんやラッシュ君が、奢られるだけの立場になって、今まで通りでいられるか。
多分、今まで通りには出来ないだろう。
ましてや、むにむにさんは未来ある中学生だ。
俺たちは親御さんから、大切な身を預かっているのだ。
俺たちの扱いで、彼女の考え方が歪んだり偏ったりしては大変な事になる。
たとえ年齢が違っていても。
たとえ自由になる金が違っていても。
俺達は同じ趣味を持つ平等な仲間だ。
たとえそれが建前上の話であっても、その建前だけは守らなければならない。
「そんな事を考えなきゃらない年齢になったって事かぁ」
「歳食ったよなぁ」
「私は当時から色々考えてたよ」
エルフ師匠は当時からサークル運営に関わっていたからね。
本当に、年齢不詳だよなぁ。エルフ師匠は。
「ネットTRPGはどうかな?」
ネットTRPGとは、インターネットのチャット等を使ったTRPGセッションだ。
TRPG専用のチャットルーム等もあったりして、今では有力なTRPGプレイ環境であるらしい。
「キーボード打てない」
エルフ師匠が言った。
まあ、打てないなら、チャットは出来ないか。
「と言うのは冗談だけど。ネットTRPGはタイムラグが気になる」
俺もネットTRPGを観戦した事はある。
あれはあれで良いものだと思うのだけれども、やっぱり普通のセッションよりも時間がかかる。
何より、実際に顔を合わせるライブ感はちょっと薄い。
「誰かの家でやるのが一番かな」
「ちなみにおけさんの家は?」
「ワンルームのアパートだからムリ」
考え込む。
そもそも、趣味の友人のプライベートにはあまり踏み込みたくは無い。
実の所、これだけ付き合いの長いエルフ師匠やおけさんの本名だって俺は知らない。
知ろうとしないのが、粋だと思っている。
「ドワさんのとこは?」
「一人暮らしの男の家に女子中学生を上げて良いものか……」
俺の部屋は3LDKの分譲マンション十五年ローン付き。
2、3日かけて部屋を片付ければ、リビングで卓を囲む事も多分大丈夫。
とは言えなぁ……。
「いいんじゃん? アタシらもいるし」
「間違いは起きないし」
「親御さんは心配じゃない?」
サークルの先輩の家にお呼ばれ女子中学生。
ラッシュ君じゃないけれど、字面だけなら薄い本展開だ。
俺が親なら心配な事この上無いだろう。
「じゃ、親御さんの許可得たら?」
あっけらかんと言うおけさん。
「いやぁ。そう言う訳には……」
ぴろりん。
間抜けな電子音がした。
初めて携帯電話を持った時から使っているメール着信音。
「メール?」
「え、誰から?」
はて誰だろう。
そう思って携帯電話を取り出し開く。
「今更ガラケー?」
「使い勝手がいいんだよ」
「わかる」
さすがエルフ師匠は分かっている。
そんな事を言いながらメール着信画面を開く。
メールのタイトルはシンプルだった。
『結婚しましょう』。
一瞬、婚活サイト関係かと思う。
思って、差出人を見て目を疑った。
「え?」
「は?」
「んん?」
差出人はむにむにさんだった。
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