セッション3-2 石の迷宮
「じゃあ、手鏡を天井の鏡に構えて通路に出ます」
「抗石化薬も忘れずに飲んで下さいね」
「了解。飲みました」
そっと、ゴルンのメタルフィギュアを通路に動かす。
「一瞬、【回避】の時間あるけど、いいよね」
決め打ちで言うエルフ師匠。
「いいです。身体で受けます」
「じゃ、ゴルンの背後から石化光線が飛んでくる。びびびびびびー」
「退避、退避します!」
「石化する前に安全地帯に退避出来た」
石化光線の壁で出来たこのダンジョン。
ようやく色々分かってきた。
「石化光線を反射させようとしても、別の鏡から光線が飛んでくる、と」
「出てくる光線は一度に一つっすね」
「石化光線が出るまで【回避】出来るくらいのタイムラグがありますね」
「…………」
一心不乱に鏡の位置をマッピングするおけさん。
方眼紙に赤ペンを入れていくと、意外と普通に通行出来る。
マップを見る限り、所要所で回り道をさせられるくらいだ。
回り道の先にはトラップやモンスターが待っているだろうけど。
「それと、こっちの動きを完全に把握していますよね。どうしてでしょうか」
むにむにさんが首を捻る。
そういやそうだ。
ゲームマスターたるエルフ師匠は俺達の動きを把握出来るが、モンスターである【ゴルゴーン】は把握出来ない。
その辺の情報の切り分け、適当なゲームマスターも多いけどエルフ師匠はきっちりやる方だ。
「こっちの動きを監視するギミック的なものがあるのかな」
「例の鏡で見ているんじゃないですか?」
「見える範囲には石化光線が飛んでくるんじゃないかな」
となると何だろう。
何かのマジックアイテムか。
それとも使い魔的なモンスターを使っているのか。
「あ、それラッシュは知ってる。マジックアイテムっす」
あっけらかんとラッシュ君が答える。
「昨日来たハンドアウトのメールにあったんすよ。【透視の額冠】があるって。それ使ってるんすよ多分」
【透視の額冠】はその名の通り、【透視】が使えるようになるマジックアイテムだ。
形状は目までを覆うサークレット、というか額までを覆うゴーグルと言った感じ。
イメージイラストはちょっとモノアイっぽい感じだった。
使用中、通常の視力は失う代わりに、【透視】の視力を得る。そんな感じのマジックアイテムだったはず。
「ラッシュとしては、【透視の額冠】があれば盾使用時の視界ペナルティを解消出来るんで、是非とも欲しいんすよ」
自分自身の盾による視界ペナルティは盾使いキャラの弱点ではある。
とは言え、【攻撃】成功率がいくつか下がるくらいだから、気にするプレイヤーは多くない。
ああいや、【完全防御】状態だとそうもいかないか。その状態からショーテルで攻撃するから、視界ペナルティは重要な問題になるはず。
ラッシュ君としては、自キャラの最終ビルドに向けてアイテムを揃えている。
そんな感じのプレイングだろう。
「それなら是非とも討伐しようではないか。実はワシもな、ヤツを倒さねばならぬ理由があるのじゃよ」
ドワーフ口調で討伐に賛成する。
「いや、ラッシュ的には【透視の額冠】が手に入ればいんすけど」
「ララーナはハンドアウトで『【ゴルゴーン】を殺す事は出来ないってありました』
「…………」
私はどちらでも良いと、おけさん。
「倒す気なのはワシだけか……」
「無理する事は無いんじゃないっすよ」
「そうそう。殺さないでなんとかする方法もあるかもしれません」
「ちなみに、ララーナはどうして殺しちゃいけないの?」
「……思いつきませんでした……」
ああ、むにむにさんにも投げたんか、エルフ師匠。
「じゃあ、ララーナは今後の伏線という事にしておいて。ゴルンはアレだ。……ワシには、数千年前に石化の呪いをかけられた先祖がおる。しかし、その先祖がどうして呪いを受けたのか、敵は誰なのか、何一つ分からないのじゃ……」
まあなんか、今後のシナリオフックに出来そうな話をでっち上げる。
「解呪の魔法も石化解除薬も効かなかった。せめて一言、敵の名を知ることが出来れば……。そのためにも、特殊な【錬金術】素材が必要となる。【ゴルゴーン】の瞳はその一つなのじゃ」
「…………」
はい、おけさん。『金で解決できるのでは?』みたいな顔しない。
「それならつまり、殺さないで目玉だけをくり抜くとか?」
ラッシュ君。それは普通に殺すよりも大変だと思うぞ。
「この【ゴルゴーン】でなくてはいけない理由は無いんですよね」
「まあ、そうなるね。場合によっては後回しでも大丈夫」
「そこはラッシュも同じかな。【透視の額冠】はそんなにレアでも無いっぽいし」
「すみません。それじゃあ今回は討伐無しの方向で」
「…………」
まあ、任せなさいと、おけさんが胸を叩く。何か作戦があるっぽい。
確かに、シュトレゼンは【黒魔法】3レベル。
この辺からF3のバランスが危うくなりはじめる。特に【黒魔法】はバランスブレイカー的魔法が存在する。
前回使用した【盲目】からして、0レベルの癖に対処無しなら、シナリオボスを完封する事すらあるし、【幻覚魔法】系統は通ったらそこで終わりになりかねない。
「…………」
これこれと、おけさんが示したのは3レベル魔法の【呪いの装備】。
装備品にかける魔法だ。効果を受けた装備品は、装備した者の手や身体に貼り付いて離れなくなる。
いわゆる『呪われアイテム』をつくる魔法の一つだけれども、味方の武器にかける事で武器落としを防いだり、拘束具にかけて効果を上げたり、そんな感じに使う事が多い。
「これで……ああ。【透視の額冠】」
そのとおり、とおけさん。
【透視の額冠】装備中は本来の視力を失う。【ゴルゴーン】の石化光線も装備中には使用不能と言うことになる。
「なるほど。それで石化光線を防いで……」
後はどうするんだ?
確かに【ゴルゴーン】の石化光線は脅威の一つだが、それを置いておいても強力なステータスを誇るモンスターだ。【黒魔法】や【錬金術】の威力も高い。
「…………」
後は頑張れと、肩を叩いてくるおけさん。それ以降はノープランらしい。
殺しちゃいけない縛りをどうするのかのアイデアも無いっぽい。
「まあ、出た所勝負か。周囲を確認して鏡の位置を探ります」
「【鉱夫】で」
「成功」
「じゃ、こんな感じ」
マップの上にコインを置くエルフ師匠。
ついでにフロアタイルの上に赤いマーカーを置いて、石化光線の射撃範囲を示してくれる。
「それじゃあ、ビーム沿いに右を進むか」
「すると、左側の通路に石像が立っているのに気付く」
ああ、やっぱり来たか。
「石化光線の犠牲者ですね。冥福を祈りましょう」
「死んでないんだよなぁ」
【石化】は状態異常の一つに過ぎない。
それを言うと死亡も状態異常の一つと言えなくもないけれど、【石化】は死亡状態の復活よりもかなり簡単に回復出来る。
何百年も【石化】状態になっていたNPCが現在に復活して……。というシナリオは公式、非公式問わずいくらでもある。
【石化】しているこいつらも、身体さえ無事ならば復活させるのは容易い。
ただし、その望みをぶち壊すのがF3というシステムだ。
「その石化した冒険者が、ギギっとぎこちない仕草でこちらを向く。それから石化した武器を振り上げて襲いかかってくる」
やっぱり出たか【
F3オリジナルモンスターで、実体は無い。人型の石像に取り憑いて動かす。
石像を破壊するか、【白魔法】の【浄化】等を使う事で消滅する。
強さはゴブリンよりもちょっと強いくらいで、【装甲値】がやたら高いのが特徴。
大体、石化攻撃をしてくるモンスターのお付きで現れる。
「倒し辛いんじゃよ。心情的に」
思わずドワーフ口調で愚痴ってしまう。
「わかるっす」
「ドワーフはこれだから。アタシは容赦なんかしないんだからね! なんて言いつつ、弓を持つ手が震えている感じで」
「ナイスツンデレ」
むにむにさんはもはや、ツンデレキャラのプロである。
「【
「【
ツンデレ演技をしつつ、むにむにさんは容赦はしない。
「ワシも同じヤツを攻撃するかの。命中じゃ」
「ラッシュも同じく。【シールドアタック】命中です」
「【
3~2レベルパーティが全員で殴ってやっと1体か。硬いなぁ。
「…………」
シュトレゼンは待機。
何かあった時、ポーションや魔法をすぐ使えるようにする構えだ。
「【
「盾で受けます」
「【タックル】成功。盾を掴まれた。CはBごと盾とラッシュを引っ張る。【筋力】でロールして。重量級の二人相手だからマイナスこれだけ」
うお、そう来たか。
「え、さすがにそれは無理……失敗」
「じゃあ、ここまで引っ張られる」
メタルフィギュアを動かすエルフ師匠。
「次の行動で失敗したら、石化ビームの範囲内に入るから」
なかなかにエグい攻撃である。
「うわあ、殴って。早く壊して!」
「仕方ないわね! 【貫通】付与の矢を使用します」
「ワシもダメージ強化の【特殊行動】で殴るとするかの」
「…………」
シュトレゼンは抗石化薬の準備をしている。
慌てて殴って【
最後の一体となれば負ける要素も無い。
次のラウンドにはCも同じ運命を辿った。
「あぶねええええええ」
「エルフさん情け無用ですね」
「最初の戦闘でこれか……」
これはちょっと覚悟しなくてはいけないだろう。
【
そういう罠も満載のはず。
ふと見ると、にんまり笑うエルフ師匠。
トラップやギミックで右往左往するプレイヤーを眺めるのが大好きな人であった。
それが、ゲームマスターという人種ではあるんだけれども。
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