セッション3-3 奇襲攻撃
「ええっと、これどうやって通るんだ?」
「完全にパズルですよね、これ」
ラッシュ君とむにむにさんは困惑している。
「ええっと……仕掛けをC-B-Aの順番に起動させて、最後にここのトラップに飛び込みます」
「正解」
俺の回答に、よくできましたと微笑むエルフ師匠。
「最初に出てきたトラップが先に進む入り口だったんですね」
「まるでパズルみたいだあ」
疲れた声を上げる二人。
実際パズルだからね。
「じゃ、次のシナリオはリドルで行く」
「エルフ師匠。それだけは止めて下さい」
エルフ師匠のリドルは超難解だ。
そうで無くてもリドルは解けない事がよくあって、最初に出された謎が結局解けないまま、公民館の利用時間が過ぎた事だってある。
さすがにアレには懲りたのか、エルフ師匠のシナリオでリドルが出てきた事は無い。
「ビルボ・バギンズには分かるなぞなぞにしておくよ、し、ししし……」
「指輪だ」
「扉は開かなかった」
「メロン」
「扉は開いた」
はいはい。
TRPGやってる全員がトールキン読んでると思わないように。
「時々、ドワさんとエルフさんが何言ってるか分からないです」
「トールキン読もうね」
「映画は見たっすよ」
「映画はメルロンだったね」
「ゴラムはゴクリの時代、メルロンはメロンだった」
「分かりますが、知らないと意味不明ですね」
「だからエルフ師匠は思いついた事を垂れ流すの止めて下さい」
「…………」
無駄話を続ける俺達を、早くシナリオを進めろと、おけさんがせっつく。
仕方ないじゃないか。こういう時、ツッコミを入れずにはいられない連中なんだから。
「じゃ、最初のトラップのスロープを滑っていくと……」
「あ、エルフ師匠ストップ。ロープ垂らして下って行った事にしてもいいですか?」
「ダメって言ったら?」
「【にかわ】使います」
「じゃ、ロープで下っていった」
あぶねえ。
パズル解けた安心で、敵や罠が待っている先にむざむざ突っ込んでいく所だった。
「スロープの出口までゆっくり下ります」
「途中でワイヤーが張ってある場所が2箇所くらいあったけど、それは無事に越えた」
「危なかったですね」
「容赦ないっすね」
「容赦する理由ないから」
エルフ師匠がにまにま笑う。
ワイヤートラップは、脅しか、元々あっても即死ではなかったのか。そんな感じだと思う。そうやって、無警戒を咎めて緊張感を与えるマスタリングのテクニックだ。
多分、きっとそうだろう。
「じゃ、スロープの出口の手前まで無事につく。何かする?」
「とりあえず、手鏡をちょっと出します」
【ゴルゴーン】が待っていて、顔を出した瞬間石化光線が飛んでくる。
ありそうな展開だ。
「ここに来て手鏡大活躍」
「【ゴルゴーン】がいたらどうしましょう」
「抗石化薬を飲んで突っ込んで、後は流れで。かな」
「…………」
その時は任せろと、親指を立てるおけさん。
「頼りにしています」
「石化光線を封印したら、ラッシュがしんがりで、進む道があったらそっちに移動。無いならスロープを撤退で」
「ラッシュ一人だと死にかねないからゴルンも並ぶぞ」
「回復ポーションありったけ渡しておきます」
「ララーナはポーション残しておいて。近くに壁画があったら書き写してもらうから」
役割を決めてから、1,2の3と手信号で合図をする。
別にタイミングを図る必要は無いんだけれども、やっぱりこういう時はこんな雰囲気が必要だと思う。
隠密シーンで意味もなく手話っぽいジェスチャーで意思疎通してみたり。
そう言う雰囲気がTRPGには重要だ。
「奥側に向けて手鏡を出します。こっち側に鏡を向けない感じで」
「何も起きない」
「ゆっくり傾けて、外の様子を探ります」
「薄暗い天井。石の柱のある部屋。部屋自体はそんなに大きくない」
パタパタとダンジョンフロアタイルを広げるエルフ師匠。
「中央に一段高くなった祭壇。ロウソクが立ち並んでいる。中央を囲むように無数の鏡……」
「手鏡を戻します!」
「手鏡があった場所に石化光線が飛んできた」
反応が遅れたら問答無用でぶっ殺す。みたいな事はしないと思うけれど。
こいつはまったく緊張感があるな。
「エルフさんのマスタリングは毎回本気で殺しに来てますよね」
「キッついっすよね」
「わたしのマスタリングはまだ優しい方だよ?」
「D&Dで死にゲーしてた時代と比べないで下さい」
「1レベルパーティにドラゴンを出すゲームマスターがいるらしい」
しかも『よく分かる本』のリプレイで。
あれが普通だとみんな思っていた。
プレイヤーキャラクターは死ぬものだし。残機制を採用している所もある。
そんな環境で「ゴブリンが可愛そう」なんて甘っちょろい考えなんて思いもしない。
殺し殺されるのが当たり前。まったく狂った時代だったと云う。
「地獄のような時代ですね」
「このふざけた時代にようこそ」
「キミはタフボーイっすね」
「ちなみに俺。その時代にはTRPGやってないから」
さすがにそこまで年寄りじゃない。
「わたしはやってた」
その頃からやってたのか、エルフ師匠。
本当に、いったい何歳なんだこの人。
「閑話休題。それでどうする? 【種族特徴(エルフ)】のあるララーナには、巨大なヘビのようなものが、こちらに向かって這ってくるのが聞こえる」
「抗石化薬を飲んで盾を構えて飛び出します」
即座に答える俺。
「同上」
「二人の後ろに隠れて部屋に入ります」
「…………」
おけさんはスロープ内で待機。
「じゃ、こんな感じで接敵。戦闘するなら行動順は、ゴルゴーンが一番最初」
「ララーナより早いのかー」
呻くようにラッシュ君。
さすがは5レベルモンスター。石化光線が無くても物理攻撃だけで誰か一人くらいは死ぬかもしれない。
そうなると、前衛で攻撃を受けるラッシュは一番死に近い場所に立つ事になる。
緊張もするだろう。
特にキャラロストをした事が無いラッシュ君にはプレッシャーだ。
「部屋の中はどうなっていますか?」
「祭壇の反対側に奥に進む道。左側に上に続く階段がある」
むにむにさんの質問に、エルフ師匠は答えながらダンジョンフロアタイルを置いていく。
「奥側の通路がルートっぽいっすね」
「鏡を構えながら大回りに行くか」
「右回りで行きましょう」
「じゃ、【ゴルゴーン】の動きはこんな感じ」
ゴルン達のメタルフィギュアを動かすと、それに合わせるように、エルフ師匠は短い手を伸ばして【ゴルゴーン】のメタルフィギュアを動かしていく。
ほとんど真っ直ぐスロープの出口に行く感じだ。
「…………」
待ち受けるシュトレゼン。スロープの途中に石化解除薬を【にかわ】で固定する。
それから、【呪いの装備】の魔法の準備をして待つ。
これで、宣言をすると同時に魔法を発動する事が出来る。
こちらの準備が整うのを待って、エルフ師匠は【ゴルゴーン】のメタルフィギュアをスロープの前まで押……そうとして手が届かない。
一生懸命伸ばした手がぷるぷるしている。
なんでこの緊張したタイミングで萌えキャラムーブするかなこの人は。
「フィギュアは俺が動かしますよ。スロープの前まで移動ですね」
「そう。プレイヤー側向いて」
「はい。こんな感じですか」
「うん」
【ゴルゴーン】と俺達は、さっきとは逆の形で向かい合う。
その背後にはシュトレゼン。
「じゃあ、戦闘開始」
「……「【ゴルゴーン】の行動。スロープ内に向けて石化光線」……っ!」
同時に宣言するエルフ師匠とおけさん。
予想通りとお互い笑みを交わす。
「じゃあ、【呪いの装備】は【透視の額冠】にかかった。同時にシュトレゼンは石像になって滑り落ちてくる」
「その隙に、ラッシュ達は柱の影に隠れるっす」
さて、これまでは予定通り。
隠れたプレイヤーキャラクターを探すために【ゴルゴーン】が【透視の額冠】を装備してくれれば、石化光線は封じる事が出来る。
シュトレゼンはその後に救出に行くのでも、【にかわ】の効果が切れて落ちてきた石化解除薬に当たってくれれば回復できる。
多分まあ、雰囲気で回復させてくれるだろう、エルフ師匠の事だし。
「じゃ、【ゴルゴーン】は【透視の額冠】を装……」
ぴろりん。
間の抜けた電子音。
いつもの俺のケータイメールの受信音。
誰からだ? タイミング悪いなぁ。
そんな事を思いながら携帯電話を取り出して……。
ちゃっちゃらーらーらーらー。ちゃっちゃらーらーらーらー。
今期の人気アニメのイントロが2度流れる。
「あ、私です。メール来ました。ちょっとすみません」
スマホをとりだすむにむにさん。
隠れるみたいに部屋の端に移動する。
「じゃ、一時休憩」
メガネの向こうの目を細めて、エルフ師匠はマスタースクリーンをぱたんと伏せる。
少し唇の両端を釣り上げた顔は、悪戯っぽく笑っているような。
それを隠そうとしているような。
はてなんだろう?
呑気にメールをチェックしている俺は、その微笑みの意味をまだ知らなかった。
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