セッション1-1 ゴブリンの洞窟へ

 『フォーリナーズ フロム・ファーランド ~遠き国の来訪者~』


 通称FFF。もしくはF3。

 日本におけるTRPG最初期の作品の続編的位置づけとして発売されたシステムだ。


 TRPG自体の説明はそれほどはいらないと思う。

 クトゥルフとかダンジョンズ&ドラゴンズとか、そういうアレ。

 一時期、他のゲームに押され気味だったけれど、プレイ動画だとかクトゥルフブームだとかで復権しつつある。

 とても良い事だ。


 RPGだから、戦って奪って強くなる。行き着く先は英雄だ。

 そういう目的はあるけれど、すべてが人間相手のゲームだから、色々な事がままならない。

 そこが面白い。そんなゲームがTRPGだ。


 それでF3。

 これの一作目はお世辞にも成功した作品ではなかった。

 というかぶっちゃけ失敗作だった。

 俺も実プレイをした事は無いのだけれども、プレイした人は、とても実プレイ出来る代物では無いと言っていた。


 その反省を活かした本作は、システムの全面的な改定。

 当時一般的だったD&Dルール……今で言うとD20ルールか……に寄せた分かり易いルールへと全面的にシステムを変更。

 さらに、出版社と提携して、継続的なデータやリプレイの出版。そしてマルチメディア展開により一時代を築いた。

 オリジナルビデオアニメではあるけれど、アニメ化まで達成したのだから、力の入れようは大したものだったのだと思う。

 丁度、俺がTRPGというものを始めた頃にリリースされて、一番遊んだゲームもこれだ。


「それでは。セッションを開始します」


 ぶっきらぼうに宣言するエルフ師匠。

 その姿を隠すように立て掛けられたマスタースクリーン。

 天野喜孝の美麗なイラストの上に、その『フォーリナーズ フロム・ファーランド ~遠き国の来訪者~』のロゴが燦然と輝いている。


 久しぶりにF3をやるのだと。

 そう思うと、二十面体ダイスを握る手にも力が入る。


 しかし、21世紀になったと言うのに、TRPGコンベンションと言う奴はまるで変わっていない。


 ずらりと並んだ簡易テーブルの島々。

 別卓から響く笑い声と奇声とダイスの音。


「メタルダイスは禁止ですー!」


 そんな声まであの時のままだった。

 メタルダイスは本当に禁止だぞ。

 テーブルを傷つけるし。

 投げられると痛い。

 いや、本当に痛いんだよ。


 さて、同じ卓に座った老若男女。


 ゲームマスターのエルフ師匠。

 黒髪眼鏡のちみっこい女性だ。

 どこから見ても十代前半の女の子だが、初めて会った二十数年前からこの姿をしているし、その頃からエルフ先輩と呼ばれていた。

 理由は外見がまったく変わらないから。

 当時すでに初老にいた人達からも先輩と呼ばれていたので、果たして彼女は何者なのか……。

 気にはなるけれど、そこを詮索しないのが大人の付き合いなんだと、俺は承知している。


 次に俺。通称「ドワさん」。

 昔からドワーフキャラばかり使っていたからそのあだ名になった。

 今回も、もちろん使用キャラクターは【ドワーフ】だ。


 そして、「ラッシュ」と名乗る大学生くらいの男。

 彼は自分と同じ「ラッシュ」という名の【戦士】をプレイヤーキャラクターとしている。

 リプレイ等で俗に言う「プレイヤー1」と言うやつだ。


 それから「むにむに」さんと呼ばれている中学生くらいの女の子。

 彼女のプレイヤーキャラクターは【エルフ】のララーナ。


 この二人は今回が初対面。

 ちゃんと挨拶の出来る礼儀正しい子たちである。

 やはり、挨拶は大事だと、社会人になって実感した。


 それともう一人、俺が現役時代から知っている人がいた。

 通称「おけ」さん。

 当時は女子高生だったけれど、今では立派な社会人。

 『堅実な地蔵』の二つ名で名を馳せた名プレイヤー。

 彼女のプレイヤーキャラクターは【魔法使い】。名前はパパラマーナ・シュトレゼン。ちなみに男だ。


 この4人が、今回の旅の仲間。

 【戦士】、【ドワーフ】、【エルフ】、【魔法使い】。

 4人パーティにはありがちな、少しバランスの悪いパーティ構成。

 【盗賊】がいないのはちょっと苦しいが、そこはパーティメンバーそれぞれで代用が効くようにはなっている。


 なに、何も心配する事は無い。

 もっとダメなメンバーでプレイした事は何度もあるし。

 エルフ師匠のマスタリングなら、きっと大事故も起こらない。

 多分。

 きっと。


「さて」


 コンベンションの喧騒の中、不思議と響くエルフ師匠の声。

 ぐっとプレイヤー4人の緊張も高まってくる。


「ゴブリン退治の依頼を受けた貴方達はゴブリンが潜む洞窟の前にいる。現在は昼。洞窟の前には見張りらしいゴブリンが二匹、眠そうな顔で武器を構えて立っている。どの距離まで接近出来たか判定しますので【野伏】スキルでロールして」


 一息だった。


「ふえ?」


 むにむにさんが意味が分からないと声を上げる。

 それくらい、エルフ師匠のマスタリングは昔と変わらずキレッキレだった。


「ちょ、え? そこから始まるの?」


「【野伏】でロール」


 ころころとエルフ師匠はマスタースクリーンの向こう側でダイスを振った。

 困惑するラッシュ君の気持ちも分かるが……ここは俺の役割か。


「…………」


 にこにこと笑って、視線だけで早く動けと促すおけさん。

 あんたもかなり長い付き合いだろうに、貴方がやってもいいんだが。

 流石、『堅実地蔵』の二つ名は伊達ではない。


「あー。そっちのエルフの。ちいと頼みがあるんじゃが」


 低い声を作ってむにむにさんに話かける。


「え? あ、はい。じゃなくて……え、エルフのじゃないわよ! 私にはララーナって高貴な名前があるんだから。ちゃんと名前で呼びなさい!」


 上手く演技を返してくれるむにむにさん。

 いい子だ。

 演技じゃなくて、素で返す人が多いのに。

 おけさんだったら完全に素で返していた。

 というか、何も言わずにこっちを見るだけだった。


「あー。つまりじゃな、ララーナちゃんよ」

「ちゃんは余計よ」

「うむ、ララーナよ。ここはお前さんの【野伏】スキルで先行すると言うのはどうかのう?」


 俺の提案に、むにむにさんとラッシュ君は、おっと顔を見合わせる。


 むにむにさんのプレイヤーキャラクター、ララーナは【エルフ】だ。

 F3では、異種族は職業として扱われる。

 【エルフ】は魔法と直接戦闘、それに索敵や忍び足が出来るマルチクラス的職業だ。


 四系統ある魔法の一つの【属性魔法】。

 弓での攻撃を行う【弓術】。

 エルフとしての身体的特徴。美形であるとか病気にかからないだとか不死だとかを示す【種族特徴(エルフ)】

 そして、野営や索敵、忍び足を行う【野伏】。

 【エルフ】は初期値で、それらスキルを0レベル所有し、使用する事が出来る。


 つまり今回、忍び足をして敵に近づいたり、敵の接近を感知したりと言った役割は、ララーナが担う事になる。


「それじゃ、ラッシュとドワさんの……」

「ゴルンじゃ」

「ゴルンの二人でわざと目立つように近寄って。その間にララーナが【野伏】で接近する」

「相手の動き次第じゃが、前衛二人で足止めして背後から攻撃というのはどうかの?」

「いいですね。それで行きましょう」


「【野伏】でロール。ゴルンとラッシュのサポート付きだから+2の修正」


 待ってましたと言うように、エルフ師匠のコール。


 F3では、ロールの成否は


    「対応する能力値」+「スキル値」+「各種修正値」


の合計をロールした二十面ダイスの値が下回れば成功になる。


 今回は


    器用さを示す【技量】+【野伏】スキル値+2


が目標値だ。


「えっと、ララーナの【技量】が12、【野伏】は0レベル。修正が2だから目標値14。えいっと」


 むにむにさんがダイスを投げる。

 薄緑色の十二面体がコロコロと転がって、出た値は13。


「あぶねー」

「ギリギリだったー」

「成功ならオーライじゃろ」

「…………」


 喝采を上げる一同。

 おけさんは何か喋ろう。セッションに参加しよう。


「では、ララーナはゴブリンに気付かれる事無く、洞窟のすぐ近くまで接近出来た。見張りのゴブリンはぎゃあぎゃあと声を上げながら、武器を抜いてゴルンとラッシュに向かって歩いてくる。戦闘開始まで1ラウンド猶予」


 ぼんぽんと、エルフ師匠はゴブリンのメタルフィギュアを取り出して机に置く。


 さて、戦闘だ。

 気合を入れ直し、俺は掌の中でダイスを転がした。

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