セッション1-2 はじめての戦闘 その1

「それじゃ、ラッシュとゴルンが前衛。そしてラッシュはラージシールドを構えます!」


 ラッシュくんの宣言。

 ついで、おけさんのシュトレゼンが【錬金術】の【毒刃】を使用する。

 攻撃力を増強する【錬金術】の魔法だ。


 【錬金術】は四系統の魔法の一つ。

 バフ、デバフを得意として、多少の回復や攻撃も出来る系統だ。

 そして、他の系統と異なり、金を消費して魔法を使う。


 フレーバー上では、予め購入した錬金素材を消費する事になっているんだが、これを真面目に適用させると、結構なストレス源となる。


 買い込んだ素材は余らせて、必要な素材が足りない。

 素材が1足りなくて、肝心な所で魔法の使用を断念する。

 そんな事態が頻発した。


 それで公式も『錬金素材』というざっくりとした何かを購入する。もしくは、使うその場で金を消費して魔法を発動させるようにルールが再解釈された。


 ちなみに、エルフ師匠の卓だと常に前者。

 俺がゲームマスターの時も同じようにしている。

 理由はプレイヤーキャラクターのリソース計算がしやすくなるから。


 本当、これの有無がセッションの成否を分ける事すらあるのだ。


「では、ラッシュよ。盾の半分、使わせてもらうとするぞい」


 そう言いながら、ラッシュの左側にドワーフのメタルフィギュアを設置する。


 TRPGもゲームである以上、定跡と言えるものがある。

 スキルの一本伸ばしだとか、強力なアイテムの存在だとか。

 システムによって違うが、プレイヤーはシステムの中でより有利になる戦術を探して使う。


 そして、F3は盾の強いゲームだ。

 バランスを崩す程に強いと言っていい。


 盾の効果は、盾によって相手の【攻撃】を【受け】るのに加え、『装備する事で、攻撃に対する遮蔽となる』と言う副次効果もある。

 ミディアムシールドで【身体の一部を隠す遮蔽】。

 ラージシールドで【身体の半分を隠す遮蔽】。

 そして【遮蔽】の効果は、『攻撃側の命中判定にマイナス補正を与える』もの。

 スモールシールドは【受け】しか出来ない。


 【身体の半分を隠す遮蔽】ともなると、同レベル帯の相手では殆ど当たらなくなるので、それだけでも、十分に強力な効果を持った装備だ。


 それに加えて、F3の基本的な戦闘システムがその強さを助長させる。


 F3の戦闘は1ラウンドごとに行動回数を消費して【攻撃】や【回避】を行う。

 行動回数は1ラウンドにレベル+1回分だ。


 敵の【攻撃】に対し、自分の【攻撃】回数を減らして【回避】や【受け】を行うか、それとも相手の【攻撃】が命中する事を覚悟の上で、【攻撃】を増やすか、通常はその選択を強いられるのだが、ラージシールドを装備するだけで、【攻撃】に専念する事が出来るようになる。


 それだけで大分おかしいと思う。

 しかし、盾の強さはさらに先がある。


 【戦士】の持つ【盾使い】スキルだ。

 この中の特殊行動【ファランクス】。

 これは、『自分に加え、左側に立つ者に盾の効果を与える』と言う効果を有する特殊行動だ。


 つまり、ラージシールドを装備した【戦士】が横一列の隊列を組むと、最右翼の一人を除いた全員が【全身を覆う遮蔽】を壁にして、ひたすら殴り続けてくるのだ。

 なお、【全身を覆う遮蔽】の目標には直接攻撃をする事は出来ない。


 多分、製作者はローマの重装歩兵とか、スパルタ兵なんかがやりたかったんだろうと思う。

 それは分かる。

 分かるんだが、ロマンをゲームバランスよりも優先するのはどうなのだろうかと思う。


 そんな、製作者のロマンとワガママの恩恵で、ラッシュは【体の半分を隠す遮蔽】を、そして俺のゴルンは、自身の持つラージシールドの効果を加えて【全身を覆う遮蔽】で身を守って戦う事が出来る。


 仕方ないよね。

 ゲームシステムが元々そうなんだから。

 そりゃあ、やるよね?


「……そこは仕方ないと思っている」


 ぶすっとした顔のエルフ師匠。

 まあ、俺がゲームマスターの立場でも、安全な所からフリーで殴り続けてくるドワーフがいたら同じ顔をする。


「じゃ、接敵。戦闘開始。ララーナはどうする?」

「後ろから弓で【攻撃】したいです」

「じゃあ、【回避】は不能。【ダメージ】【命中】にそれぞれ+1の補正」


 言ってから、エルフ師匠はマスタースクリーンの影でダイスを転がす。


 おっと、これはどういう行動だ?


「……なんですか? 今のダイスロール?」

「ひみつ」


 むにむにさんの質問に、エルフ師匠は薄く笑って答える。

 エルフ師匠の一番弟子を自称してきた俺が予想するに、これは『アリバイ作り』だ。


 これから何かが起きる。

 起きるまでの時間をあのダイスで決めた。

 後でそう言うための動作だ。


 となれば、起きる何かは唯一つ。


「増援が来る前に片付けるとするかのう」


 俺は言った。


 と言うか、当初は接敵時に増援が来る予定だったと見た。

 しかもその増援は、さらなる誘導をするためのアクションをする。

 例えば助けを呼ぶために、洞窟の奥に逃げていくとか。


 そうすれば、プレイヤーは洞窟の入口で何だかんだと留まってはいられない。


 ゴブリンを煙で燻り出すだとか、水攻めをするだとか。そういう、一度はやりたくなるあれこれを、合法的に排除する事が出来る。

 多分、そういう流れだろう。


 だが、ララーナの【野伏】を使って見張りを挟撃、と言う作戦がプレイヤー側から提示された。

 だから、それを成功させてあげて、その後で既定路線へと誘導する。


 概ねはそんな所だろう。


 さっき振ったダイスの目は関係ない。

 一番いいタイミングで増援が現れる。

 エルフ師匠が何度も言っている。


「だって、マスタースクリーンのこっち側は見えないでしょ」


 エルフ師匠はそういう人だった。


「じゃ、1ラウンド目。攻撃順はララーナ→ゴルン→ゴブリンA、B→ラッシュ→シュトレゼン」

「【ドワーフ】より遅い【戦士】がいるらしい……」

「もっとツンデレっぽくお願い!」

「何よ! 【戦士】なのに【ドワーフ】よりも脚が遅いワケ? 信じられないわね!」


 ラッシュ君のリクエストにノリノリで答えるむにむにさん。

 サービス精神旺盛である。

 やはり【エルフ】はちょろツンデレ。この線だけは外せない。


「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます」


「……もう一回やったらセクハラ行為と見なします」

「そりゃないッスよエルフ師匠」

「純真な女子中学生に変な事やらせちゃだめ」


 すみませんでした。


「えっと、それでララーナですが、Aに弓で攻撃します」


 てやっ、とダイスを投げるむにむにさん。


「当たって……【回避】は無いんですよね。ダメージは+1して8」

「まだ元気」

「ゴブリンの癖にタフだなー」

「いや、こんなモンだよ」

「ラノベのイメージが強いんですよー。一発で倒せるけどわらわら湧いてくるやつ」


 いまいち納得出来ない様子のラッシュ君。

 F3のゴブリンは、弱いは弱いが最弱という程ではない。

 大体、1レベル【戦士】と同程度の強さだろう。

 【耐久力】が【戦士】の平均よりやや高いので、まともに戦うと、大激戦の果てに【戦士】が敗れる事も多い。


 少なくとも、ラッシュ君の言うような最弱モンスターでは決してない。

 しかし、そのイメージはどこから来たんだろうか。


「まよキンのコボルトじゃないんだから」


 いたなぁ、HP1の群れ。


「ま、ラッシュ様の前では最弱もそれなりの弱モンスターも同じだけどな!」

「次、ゴルン」

「それでその次はゴブリンですよね」

「…………」


 にまにま笑って煽るおけさん。

 ラッシュ君も苦笑い。


「ではワシの出番じゃな。ダメージを受けたAに大して斧で攻撃じゃ」


 久しぶりの命中判定。気合を込めて投げたダイスは。


「はずれ」

「ど、ドンマイドンマイ」


 むにむにさんのフォローの声。


「もっとツンデレエルフっぽく慰めて下さい」

「な、情けないわね。【ドワーフ】が頼りにならない分は、アタシがフォローしてあげるんだから」


 ツンデレエルフっぽく慰めてくれるラッシュ君。


「別にアンタのためじゃないんだからね!」


 俺も定型文で感謝を返す。


「男二人でバカな事してないで進める」


 俺とラッシュ君の脱線を、エルフ師匠はジト目で眺める。

 それから、おもむろにダイスを振る。


「A、Bはそれぞれラッシュとゴルンの【盾】を狙って攻撃。あたり。ダメージはそれぞれ5」


 そう、盾が猛威を振るうF3の世界。

 盾に対する対処法が無いわけではない。

 それが『盾への攻撃』。

 【回避】不能の攻撃であり、盾の(比較的高い)【防御値】を越えたダメージは、プレイヤーキャラクターと、盾自体の【耐久力】を削る事になる。

 プレイヤーキャラクター自身へのダメージは、そこからさらに、着ている防具の【防御値】を適用出来るのでダメージが通る事は滅多に無い。

 しかし、盾自身の【耐久力】は徐々に削られ、最終的には破壊される事もある。


「っと、ダメージなし。でも、盾壊されるかもしれないんだな。頼りっぱなしも出来ないか」

「なに、その時は直せばええわい!」


 かっかっか。

 ドワーフっぽく笑ってみせてやる。

 ちなみに、ラッシュは【盾使い】スキルによるダメージ軽減分があるからノーダメージだが、ただ盾を構えているだけのゴルンの盾は見事に1点削られている。

 頼りっぱなしには出来ないなぁ。


「そうだな。それじゃ、ラッシュはゴブAに攻撃。ここで倒してやる。命中!」

「【回避】成功」

「ぐわあああっ!」


 よくあるよくある。


「最後。シュトレゼン」


 攻撃順最後のシュトレゼン。手持ちの石をゴブリンBに投げて命中。


「【回避】失敗」


 微ダメージ。


「じゃあ、1ラウンド2巡目。行動出来るのはララーナとゴルン」


 と、このようにF3の戦闘は続いていく。

 2巡目、3巡目と、行動回数が残る限り繰り返し、行動出来る者がいなくなったら次のラウンドに移る。


「あ、そうか。それでおけさんがB攻撃したんだ」


 ぽん、と手を叩くラッシュ君。


「そう。あれはファインプレーだった」


 エルフ師匠は解説する。


「シュトレゼンの攻撃は、ゴブリンBに2巡目の行動をさせないための攻撃。ダメージは微小でも、行動回数を減らすために攻撃をするのも一つのテクニック」

「はー。よく考えてあるなぁ」


 感心するラッシュ君。

 その辺は、堅実地蔵の面目躍如と言った所だ。


「それじゃ、2巡目もララーナは攻撃でいいかな? それとも、増援警戒しようか?」

「うーん。とりあえずAは倒ちまおう。Bだけなら、ラッシュとワシでなんとでも出来るわい」

「了解。それじゃ、Aを攻撃……」


 ララーナの弓とそれに続くゴルンの斧が唸りを上げる。


「はい、丁度死んだ」


 こてん、とエルフ師匠はゴブリンのメタルフィギュアを倒した。

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