セッション4-2 ミノタウロスの迷宮(1)

「じゃ、【ミノタウロスの迷宮】の前からスタート」


 いつも通りのエルフ師匠の開始の言葉。


「次の相手は【ミノタウロス】っすね」

「ステータスの高さて押してくる、分かりやすい強敵だね。前衛の頑張りがモノを言う」


 【ミノタウロス】は【ゴルゴーン】と同じレベルのモンスターだ。

 ただし、【ゴルゴーン】と違い特殊能力は一切なし。魔法もまったく使えない。


 その分ステータスが高いかと言うと、割とそんな事も無く、【耐久力】が高めと言うくらい。

 厄介な【黒魔法】なんかも素通しで通るので、戦い方さえ間違えなければ、今の俺たちにとってそれほど強敵とは言えないだろう。


 まあ、今回は+1相当の武器は持っているか。

 たかが+1、されど+1。

 その1差で前衛が崩壊してパーティ全滅。そんな目も無くはない。

 後は【知的行動】の影響くらいか。


 ゲームマスターが本気で殺しに行けば、全滅しないパーティなんて存在しない。


 エルフ師匠のお言葉だ。

 だからこそ、エルフ師匠はシナリオの着地点は抑えていると信頼出来る訳でもある。


「頑張って下さいね、ラッシュさん」

「…………」

「よーし、ラッシュVer.3.00の実力を見るがいい!」


 女性陣2人の声援を受けてラッシュ君。

 俺の年齢だと、バージョン3.幾つと言うと、細かいバージョンアップをしそうな感じがしてよろしくない。

 バージョン3.55rev04とかで出てくるやつ。


「それはそれとして。皆の個別ハンドアウトを発表しよう」

「その宣言は卑怯なので却下」


 俺の提案を一瞬で却下するエルフ師匠。

 今回、秘密にしなきゃいけないネタって無いと思うんだけどなぁ。


「ちなみに。【ミノタウロス】が使っている斧が破壊されると困る。というかシナリオが詰む」

「はいはい嘘乙嘘乙」

「何やってんすかエルフ師匠」

「高度な情報戦という奴ですね」

「どっちの言っている事が正しいのかなー」


 なんだかよく分からないノリになっている。


「まあとにかく。【ミノタウロス】を倒すことを優先しよう」

「ういうい」

「がんばります」

「…………」


 まあ実際、【ドワーフ王の斧】はやばすぎて、プレイヤーキャラクターには間違っても持たせる訳にはいかない代物だ。

 +3と言えば、命中率が単純計算で15%も向上する。

 それに加えて、命中ロールにペナルティを与える事でダメージを向上させたり、特殊効果を与える事が出来るのがF3ルールだ。

 他のアイテムを合わせてのコンボとか始めると、多分とんでもない事が出来るようになる。


 それに【25%でエルフ即死】という特殊効果までついてくる。

 これだけで、エルフキャラは隣接出来ない。したら死ぬ。概ね確実に死ぬ。


 これはもう、フレーバー的な存在で俺の手に渡ることの無い代物だろう。

 もしくは、10レベル超えモンスターがゾロゾロ出てくるインフレキャンペーンがこれから始まるのか。


 どっちにしても、3レベルそこそこの俺達には縁遠い話である。


「じゃ、迷宮の中に降りていくと、こんな感じで玄室になっている」


 ぱたぱたと、ダンジョンフロアタイルを広げるエルフ師匠。

 6✕6マスの部屋の東西北にドアがある。南側は入ってきた階段だ。


「本格的ダンジョンっぽいですね」

「ここは右手の法則でってのはどっすかね」

「進まん事には話にならんからのう」


 ゴルンの【職人】で罠が無い事を確認してからドアを開けると、真っ直ぐに続く殺風景な通路。


「これは面倒くさそうじゃな……」

「マッピングがんばります」

「10フィートの棒を持ってくればよかったっすかね」


 10フィート棒は個人的にはあんまり役にたった記憶が無いなぁ。

 俺がTRPGし始めた頃にはもう、本格的巨大ダンジョンシナリオをやる事はあまり無くなっていたのが原因の一つだとは思うけど。


「まっすぐ行く?」

「【鉱夫】で方向感覚を」

「ダンジョンギミックの先読みをしない」

「いや、モロじゃないですかこれ」


 多分、回転床かテレポーター。

 真っ直ぐ進むと進行方向を変えられて、自分がどこにいるのか分からなくなる。

 そういうタイプのダンジョンだと見た。


「おおっと。そんな事を言っていると通りすがりのワンダリングモンスターだ」

「ごまかさないで下さいよ」

「はいはい戦闘開始、戦闘開始。【ノール】2匹」


 【ノール】は「強めの雑魚」として割とお馴染みな獣人系モンスター。

 レベルは3だが特殊能力も無く、鎧を着ていない再現なのか防御力も高くない。

 因縁やシナリオの根幹に関わる事なく、ワンダリングで出てくる雑魚としてお世話になる。


 モンスターと言えども、花形ばかりではセッションは回らない。それを【ノール】は思い出させてくれるのだ。


「戦闘終わったら【錬金術】の【コンパス】使います」


 それはそれとして、戦闘前に宣言しておく。

 【コンパス】は、その名の通り方位を確認出来る【錬金術】だ。

 一度発動させればその後シナリオ中は使い続ける事が出来る優れものである。

 本格的ダンジョンハックとなれば、いつかは使う必要があるのだから早い内に使っておいて損は無いだろう。


「覚えてたらね」

「メモしておきます」


 そんなこんなで戦闘開始。


「順番はララーナ、ゴルン、ラッシュ、【ノール】【ノール】、シュトレゼン」

「【ファランクス】と【全身防御】しておくっす」

「ラッシュの遮蔽に隠れつつ殴る予定じゃ」

「ララーナは【ノール】Aに弓矢で攻撃します」


 むにむにさんのララーナは、前回のレベルアップで【種族特徴:エルフ】を上げていた。

 エルフの国に里帰りというフレーバーもあるのだけれども、特典のエルヴンボウ取得が目的か。


 エルフだけが使えるこのエルヴンボウ。

 射程威力が通常のロングボウよりも高い上、持ち主の成長(【種族特徴:エルフ】の上昇)に従って、ダメージや命中にボーナスをつけたり、様々な特殊効果を付けたり出来る。

 テキストには「エルフの国で調整をしてもらわないとならない」とあるのが少々面倒くさいが、多くの場合は無視しているか、行ったことにして済ませている。


 TRPGのフレーバーは、雰囲気だけ味わえればそれでいい程度の代物なのだ。と、俺は思う。


「命中です。ちなみにダメージは25点です」

「【回避】はダメと。いたた……」

「エルフが最大火力になりつつある件」

「盾役やる戦士はカッコイイから……」


 というか、専業戦士は最終的には火力レースに負けて盾役をする事になる場合が多い。

 かと言って、魔法みたいな技を連発する戦士ってのも何か違う気がする。


 武器や特殊行動をなんやかんやと使って戦うF3は、その辺のバランスを考えてやっていたのだろうか。

 製作が解散してしまった今となっては、その意図は分からないけれど。


「じゃあ、ゴルン。【ノール】Aのトドメをもらおうかの」

「アンタのために瀕死にさせた訳じゃないんだからね」

「ラッシュさん。ララーナの台詞を取らないで下さいよー」


 むにむにさんのツッコミに、たははと笑うラッシュ君。

 やってみたかった、それだけだろう。気持ちは分かる。


「では、むにむにさんどうぞ」

「ドワーフに譲ってあげた訳じゃないんだからね! さっさと倒しなさいよ」


 さすが、むにむにさんの模範演技はレベルが違った。


「それじゃ、トドメと行くかの」

「ここで外すと美味しいっすね」

「そう言うフラグは口にしない……と、命中」

「【回避】失敗」


 ちっ、と聞こえるように舌打ちをするエルフ師匠。

 ラッシュ君もわざとらしく残念がった素振りをしている。


「で、ダメージがこんだけ」

「はい死んだ」


 こてんと倒れる【ノール】Aのメタルフィギュア。


「ラッシュも普通に殴ります」

「1ラウンド内で終わるね」


 ぼそりと呟くエルフ師匠。

 実際そのとおりになった。


「楽勝でしたね」


 とラッシュ君。

 多分、エルフ師匠は【回避】判定はだいぶ適当にやっているんだろうけど。

 まあ、こんな雑魚戦で時間をかけてもいられないし、マスタースクリーンの向こう側は見えないし。

 だから良い事にする。


「で、【コンパス】ですが」

「覚えてたか」

「メモってるって言ったじゃないですか」

「じゃ、戦闘中に向きが変わっていた事に気付く。そのまま進むと元の場所に戻っちゃう」

「戦闘ごとに床が回る感じですかね」

「ラウンド毎かもしれませんね」

「完全ランダムって事もあるっすね」

「ひみつ」


 まあ、教えてはくれないか。


「とりあえず真っ直ぐ行くか」

「じゃ、入り口の方に」

「いや逆だから」

「知ってる」


 俺のツッコミも軽く流して、エルフ師匠はマップを広げる。

 長い通路の先には扉が一つ。特に情報らしいものはない。

 殺風景な事この上無い。


「とりあえず【職人】で……の前に【鉱夫】で付近の異常を確認か」

「ここに罠があるとして、さっきの【ノール】はどうやって通行してたんすかね」


 それは言ってはいけないお約束だぞラッシュ君。


「突然無から現れた?」

「ネトゲの敵モブみたいっすね」

「そんな感じ」


 適当な相槌をうつエルフ師匠。そんな感じってどんな感じだ。

 とにかく罠の有無をロールする俺。


「成功」

「なにもない」

「どっちですか?」

「通路も扉も罠も鍵も無し。普通の通路で扉」


 まあ、それもそうか。


「それじゃあ開けます。隊列は……」

「ラッシュが最初っすね」

「頼むよ。次がゴルンで後衛組が続く感じ」


 開けた瞬間モンスターハウス。なんて事もある。

 警戒するに越したことは無い。


「じゃあ、扉を開けるとこんな感じ」


 パタンパタンとダンジョンフロアタイルが置かれていく。

 6✕6マスの部屋の東西北にドアがある。

 そして南側には階段だ。

 

「「「「なんだこれ」」」」


 思わず全員の声が揃ってしまった。

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