セッション4-3 ミノタウロスの迷宮(2)
「確かに方角は合っていますよね」
「うん。向いている向きは東」
首をひねる俺達。
「って事は、廊下に出たドアの逆側から戻ってきたって事っすかね」
「【テレポート】トラップですね」
「そう判断するのはまだかなぁ」
首を振り振り俺は言う。
この手のトラップは何度も見てきた。エルフ師匠の性格からしてこのパターンは……。
「ドワさんはアドバイス禁止」
しかしエルフ師匠は無情に告げる。
「なんでですか」
「ダンジョンギミックは引っかかって楽しむものだし」
「RTAみたいなのも好きですよ、私」
「リスクが避けられるなら、そっちの方がいいっすよね……」
むにむにさんとラッシュ君の言葉に俺もそうだそうだと同調する。
「何よりわたしが面白くない」
すごい勝手な理由だった。
というかそういう人だった、エルフ師匠は。
「折角作ったギミックを、プレイヤー知識でスルーされる悲しみ。みんな知ればいい」
恨みの籠もった目で空を睨むエルフ師匠。
いや分かるけどさ。
俺がやりそうだからと言うアテだけで、真犯人に【ディテクト・イービル】とかやるプレイヤーは確かにいて、もうちょっとちゃんと冒険してくれと愚痴の一つも言ったものだった。
「…………」
ちなみに、我関せずの顔をしたおけさんこそが、そういうプレイの急先鋒だったりもする。
このパーティでやらないのは、彼女なりに自重しているのかどうなのか。
「じゃあまあ、テンポが悪くなるか、致命的な場合のみ助言する系で」
「了承」
ぐっ、と親指を立てるエルフ師匠。
懐かしいネタである。若い人には分からないだろう。
「それで、ダンジョンの方ですね。元の部屋に戻ってきたみたいですが」
「やっぱりここはマッピングっすかね」
そう言って、冒険者セットを使うと宣言するラッシュ君。
「意外とこれ、使わないっすよね」
「それでも買っておくのがお約束だからね」
ロープとか楔とか、使いそうでなかなか使う機会が無い。
「そいじゃ、楔で扉を開いたままで固定して。ノブに……ノブあります?」
「ある」
「じゃ、ノブにロープをくくりつけると」
「あ、チョークもありますよ。これで印もつけましょう」
俺の心配とは裏腹に、水を得たようにダンジョン攻略をはじめるラッシュ君とむにむにさん。
こう言うのを見ると、若者の自主性に任せるというのもいいもんだ。
「おみそれしました」
「尊敬するが良い」
小さく言った俺に、エルフ師匠はのけ反るくらいに胸を張る。
猫背の背筋を伸ばしすぎて、どっか攣ったのか慌てて体勢を変えて腰を回したりしている。
「もうちょっと運動した方がいいですよ」
「金も貰わないで汗を流すとか信じられない文化」
健康のためにもいくらか動いた方がいいと思うんだけどなぁ。
まあ、エルフ師匠は昔から変わらないからいいのかね。
はじめて見た時から、外見は全然変わっていないし。
まさしくエルフそのものだ。
「んで、どうするか?」
「一度戻りますか? ロープ張りながら」
「っすね。扉と通路にチョークでチェック入れながら」
「今度はララーナが先行してエルフ感覚で何か分かるかやってみます」
いやあ、立派な冒険者の所作である。
やっぱり、老害が頑張りすぎるのは良くないな。
「…………」
物言いたげなおけさんの視線。
「…………」
それに黙って視線をあわせる。
「…………」
視線を返さえるが、何が言いたいのかよく分からない。
「会話しなさい」
エルフ師匠に怒られた。
「じゃ、もと来た道を戻るかんじ?」
「はい。ララーナが先頭で警戒しながら」
「じゃあワシは、【全力移動】で追いつけるくらいの距離を取って後に続くかの」
「ラッシュもゴルンの横で後に続きます」
「…………」
その後ろにシュトレゼンが続いた。
「じゃ、ララーナが通路の半ばまで来た時、奇妙な音とともに【ノール】が出現……えっと、今度は1匹」
ころころとダイスを振って言うエルフ師匠。
「奇妙な音?」
「ピュンというかビュンと言うか……アレ。バトルアニメのワープ音」
ああほれ分かるだろう、みたいな感じで言うエルフ師匠。
いや、わからんがな。
「みゅいんみゅいんみたいな?」
「それはタイムマシン」
「カァンって感じの音っすか? 最強の尖兵みたいな」
「ちょっと違うけどそんな感じでいいや」
いい加減だなぁ。
「まあとにかく、エルフの救援に向かうぞい。【全力移動】!」
「救援が来るまで【回避】専念です」
「後ろを確認しつつ、普通に走っていきます」
「…………」
通常移動で続くシュトレゼン。
まあ、【ノール】1匹ならゴルンとララーナだけでカタはつくだろうし、そんなに焦る事もない。
「後ろの様子は変わらない。空いたドアに持って来たロープが続いている。チョークの跡もちゃんとある」
「何か起きるのは戦闘終了後っすかね?」
「さてね。じゃ、ララーナは【回避】のために待機ね」
「です」
「ゴルンは【全力移動】追いついた。で、【ノール】の攻撃……ララーナに」
サイコロを振ってから、エルフ師匠は攻撃先を指定する。
それからもう一度サイコロ振って。
「【ノール】の攻撃。あたり」
「【回避】します……失敗……」
【回避】は初期値のままだもんなぁ。
失敗する事はままある訳で。
「じゃ、ダメージ14点」
「まだまだです!」
「エルフはワシの後ろに隠れておれ。と言いつつ武器を構えて【ノール】に接触します」
ゴルンのメタルフィギュアをララーナと【ノール】の間に入れる。
盾を持っている左側を前にして、ちょっとそれっぽく置いてみる。
「うーん。頼もしいっすね」
「ですよねー」
自分が褒められたかのように喜ぶむにむにさん。熱い視線をこちらに向けて来たりもする。
唐突な彼女ムーブである。
「ここはツンデレエルフキャラを通さないとダメっすよ」
「はい。えっと……仕方ないわね! ドワーフらしい所は譲ってあげるわ。だからさっさとアイツを倒すわよ!」
毎回ツンデレキャラをやれと言われるむにむにさんだけど、よくもまあレパートリーが続くもんだ。
キャラとして固定されてて良いとも思うけど、本人の負担になっているなら控えないといけないかもしれない。
実際、こういう事でサークルが壊れた事は結構ある。
「あのキャラはいじられキャラだから」と、プレイヤーキャラクターを笑い者にして、それを気にしてプレイヤーが離脱したりとか。
そんな事も起きたりする。
TRPGは人間相手のゲームで、相手は感情があるのだと、ちゃんと意識しないとダメなのだ。
「じゃ、戦闘続行ね」
ラッシュとシュトレゼンの到着を待たず、ゴルンとララーナの攻撃で【ノール】は容易く倒れた。
「【ノール】は倒れると、出現したと同じ感じで消える。シュトレゼンとラッシュは、ララーナとゴルンの二人がその場でぐるりと回転するのを目撃する」
「普通の回転床だった」
ありゃま、と言わんばかりに俺は言う。
うーん、やっぱりか。
「むしろ、モンスターを転送する仕組みの方が問題ですね」
「そっちは後で考えよう。それより先に行かないと」
「やっぱそうなると、後ろの部屋はフェイクだったんすかね」
ふむふむと、顎に手をあてるラッシュ君。
彼も大体分かったらしい。
「それでは、確認と行きましょう。正面の……ドアの開いてる側とは反対側のドアを開きます」
「開いた。東西北に扉があって、南側に階段のある6✕6の部屋」
ほーらやっぱりだ。
「部屋の正面の。西側の扉は開いています?」
「閉まってる。ノブにロープも無いし、楔の跡もチョークの跡も無い」
「振り返ると?」
「開いたままの扉があって、ロープが繋がっている」
「つまり、あっち側は同じ間取りの別の部屋だったって事ですか?」
「みたいっすね」
古典的なネタだけど、やられると結構迷うんだよなぁ、これ。
エルフ師匠がやりそうなのは、これで西側には本命の【テレポート】罠が設置してあるパターン。
いちいち確認しておかないと、あっと言う間に迷うやつ。
「はいそこ、シナリオの先読みしない」
俺の心を読んだのか、エルフ師匠が俺を指差す。
「言わなきゃいいじゃないですか」
「素直に罠にかかればいい」
「それは素直と言うんですかね……」
まあ確かに、考え抜いた会心の罠に、プレイヤーがひっかかってくれたりした時は、思わずやったと声を上げたくもなるけれど。
「いいから黙ってダイスを振って」
悪いようにはしないから。
それがエルフ師匠のモットーだ。
ゲームマスターを信じてくれれば、きっと面白いようにしてくれる。
そういう関係を作る事が、セッションを成功させる最大のコツなんだと思う。
「次はどこを攻めるかっすけど」
「私は東側の部屋の階段が気になります」
「なるっすよねぇ」
「でも、また通路を通ると【ノール】が出てくるんじゃないかな」
俺も一番気になるのはあの階段だけれども。
「出るとわかっていれば大した敵でも無いっすよ」
「そうやってゴブリンに負ける冒険者がだな」
「薄い本展開になってしまう奴っすね」
昔、自分の所のリプレイキャラの薄い本を出したサークルがいたとか言う伝説を聞いたことはある。
まあ伝説なので真偽の程はわからないけれど、同人誌にしても自己満足なんだから、そういうのもアリだと思う。
海外TRPGだと、アダルト魔法とかアダルト系追加ルールなんかもあるらしいし。
そういう文化も入ってきてもいいと思う。
「警戒しながら行きましょう。どうせいつかは行かないといけませんし」
「たしかに、エルフの言う通りじゃな」
「やっぱり、ここと次のシナリオでゴルンがララーナの事をちゃんと名前で呼ぶようになる展開なんすかね」
「そこはゲームマスターに聞いてくれ」
「プレイヤーの自主性に任せます」
馬鹿な事を言いながら通路を通り。
「じゃ、通路中央」
「出るか【ノール】」
構えるラッシュ君。
言いつつ顔は半笑い。俺もここは戦闘飛ばしてもいいんじゃないかな感は感じている。
「出たので戦闘開始」
しかしエルフ師匠はにやりとわらって続けて言った。
「出たのは【オーガ】だけど」
こういう所だよね。エルフ師匠のエルフ師匠な所は。
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