セッション4-4 ミノタウロスの迷宮(3)
「さて【オーガ】だ」
言いながら、首と両腕の筋をぐいと伸ばす。
いや、別になんの意味も無いけれど、それくらい気合を入れなきゃいけない相手だ。
「強いんですか。【オーガ】って」
「そりゃあ、【オーガ】っすからねぇ」
分かったような分からないような事を言うむにむにさんとラッシュ君。
それはともかく、【オーガ】はたしかに強敵だ。
レベルは4。
代表的な鬼族モンスターで、【耐久力】は高く、与えてくるダメージもでかい。
その代わりに、魔法も特殊能力も無い。
今回のシナリオボスの【ミノタウロス】より一回り弱い敵。
俺たちのレベルならば、取り巻きをつけてシナリオボスとして登場してもおかしくない相手だ。
「気合入れていかないと」
「頑張りましょう」
「ラッシュは最前線で【ファランクス】と【全身防御】は固定っす」
各々に鉛筆を取り出し、ダイスを出して準備する。
俺も見せ場用のとっておきの黒ダイスを取り出した。
「行動順は【オーガ】、ララーナ、以下略」
「はっや」
【筋力】値が高いからなぁ。
まあつまり、【ミノタウロス】も最初に攻撃してくると言うことだ。
「ええっと……ラッシュに攻撃」
「【全身防御】っす」
「じゃ、盾の上から【強打】と【兜割り】と【特攻】。【筋力増強】つき」
鬼か。
「鬼か」
「鬼ですね」
シナリオボス戦と関係ないからと、容赦を忘れたエルフ師匠がにたりと笑う。
「【
「聞いたことも無い数値だぁ……」
おおう。まるでクソゲーみたいだぁ……。
なお、TRPGにありがちな話ではあるが、F3もまた高レベル帯になるほどバランスがおかしくなる。
……ここからがほんとうの地獄だ。
「スパイクシールドもぶち割れた件」
「そこは後で直しちゃる」
「【耐久力】が見たこと無い数値になってる……」
「そいつはシュトレゼンの【白魔法】かなぁ」
「…………」
ぐっ、と親指を立てるおけさん。
つってもシュトレゼン。【白魔法】は0レベルのままではないか……。
いやまあ、時間をかければ回復は出来るけど。
「じゃ、次はララーナ」
「あ、はい。えっとそれじゃ……」
「…………」
行動宣言しようとするむにむにさんを、おけさんが押し止める。
なんかやるから行動を遅らせろと言うことらしい。
「え、何やるの?」
心配そうなエルフ師匠。
いやまあ、【黒魔法】3レベルが全力使うとかなり洒落にならない事になる。
「……【二重詠唱】【双子の傷】【生命循環】……」
「……ぶっ!」
エルフ師匠が吹いていた。
俺も同じく吹いていた。
【二重詠唱】は2つの魔法を同時に発動させる特殊行動だ。
行動順は最後の行動時点になるので、実質的に最後の最後になるが、【ミノタウロス】は全行動を使い切っているし、俺達は行動を遅らせているので問題ない。
【双子の傷】は3レベル【黒魔法】。
対象と術者が【耐久力】をリンクし、どちらかが受けたダメージは両方ともが受けるようになる。
発動には接触が必要で戦闘中ならば攻撃の【命中】判定の成功も必要とされる。
そして【生命循環】。
1レベル【黒魔法】の回復魔法で、自分の【耐久力】を減らした分、目標の【耐久力】を回復する事が出来る。
複数を目標にする事も出来て、その時には回復量は折半になる。
そして酷い事に、ルールブックのどこにも「他者を」とも「術者を除く」とも書いていない。
さて、ここまで言えば分かるだろう。
「……【生命循環】対象。ラッシュ、シュトレゼン……」
「はい死んだ。【オーガ】死んだ」
あっさり白旗を上げるエルフ師匠。
【双子の傷】は【耐久力】の減少を同期させる。
しかし、それは減少に限る話で、どちらかが【耐久力】を回復させても、もう片方には影響が無い。
そう言う訳で、【双子の傷】を使った即死コンボは皆が考えて、【生命循環】で自分自身を回復させつつ、【双子の傷】でダメージだけを与え続けるこいつが、一番楽だと落ち着いた。
「もっと鬼がいた」
「バランス大丈夫なんですか、これ……」
「いやまあ、【オーガ】の【特攻】が無かったら分からなかったよ」
【特攻】はダメージを上昇させる代わりに【回避】が出来なくなる上に敵の【命中】判定にもボーナスが入る。後、受けるダメージ値も増える。
攻撃の【命中】判定を必要とする【双子の傷】は、直接攻撃の苦手な【魔法使い】には使いづらい魔法であるけれど、【特攻】後なんかは充分に入るわけだ。
「【ミノタウロス】もこう行ければいいんですが」
「その辺はゲームマスター次第だなぁ」
というか、エルフ師匠が対策しない訳が無い。
今回だって、シュトレゼンの見せ場のためにあえてやった事かもしれないし。
「でもまあ、瀕死のラッシュも回復したっす」
「盾を直してとっとと行くぞい」
よく考えてみたら、こいつは決死のラスボス戦とかじゃあなかった。
ワンダリングモンスターを一体倒しただけの話。
さっさと切り替えて次にいかないといけないだろう。
ゴルンの【職人】でラッシュのスパイクシールドを補修して、俺たちは先を急ぐ。
「じゃ、反対側の玄室。階段昇る?」
「まあ、【職人】と【鉱夫】で周囲を確認しながらですが」
「ララーナはちょっと後ろですぐフォローが出来る距離にいます」
「ラッシュとシュトレゼンはさらに後ろ。全体が見えるくらいの距離で様子見」
我らがパーティも役割分担が出来てきた。
打てば響くこの感じ、冒険している感があって素晴らしい。
「2回ふって20が出なければ自動成功」
「ここで20を出すのが男っすよドワさん」
「やめろ。言うとホントに出るだろ」
思考は実現するとか言う本が昔あったけど、言ったフラグが実現しがちなのがTRPGだ。
迷信とマーフィーの亡霊が未だ支配するのがTRPGなのだ。
「20! にっじっう! にっじっう!」
「エルフ師匠やめて下さい!」
投げつけたダイスは16と8。
「ちっ」
完全失敗は免れた。
いやなんで、たかが20分の1のためにこんなにプレッシャー受けないとダメなんだ。
「じゃ、何事も無く階段を上がれる。部屋の中にも仕掛けはない」
「なんか腹立つなぁ」
「デストラップあった方が良かった?」
「遠慮しておきます」
軽口を叩きながら、エルフ師匠は用意していたマップを開く。
「で、ここから出てきた。入ってきたのはこっち」
結構大きい縮尺のマップだった。
街一つ分くらいが入りそうなくらいの範囲の地図。エルフの国の大通りから直通の黒点と、すこし離れた場所の黒点を指し示す。
「これ、プレイヤーに公開していいんですか?」
「ララーナいるし。【種族特徴(エルフ)】上げてるし」
「じゃ、ここはララーナに感謝だね」
「えへへぇ……」
嬉しげに笑うむにむにさん。
うん、素直に可愛い。将来、彼女の彼氏になる奴は幸せ者だと、思わず父親視点になってしまう。
「……しかし、だ」
「遠すぎないっすかね。こことここ」
マップの縮尺はよく分からないが、道の大きさとかを考えると数キロくらいはありそうだ。
「実は通路を数キロ歩いてきた、とか無いっすよねエルフ師匠」
「せいぜい100メートル」
「ですよねぇ」
キロ単位だったらロープがどう考えても足りない。
「って事は、どっかで時空が歪んでるって事っすかね」
「モンスターがワープアウトしてくるからなぁ」
俺の想像どおりなら……。
と言いかけて、エルフ師匠がその口に手を突っ込んで止める。
いや、止める方法は他にもあるでしょうが。
「はい、ドワさんのアドバイス禁止」
「きっつ」
「はいはい。それじゃどうする?」
今回、俺への当たりの厳しいエルフ師匠であった。
「またあの通路調べます?」
「同じ所何度も往復しても進展なさそうな気がするっす」
向き合ってうんうんと相談しあうラッシュ君とむにむにさん。
エルフ師匠が広げたマップをトントンと指で叩いて、思い出したように顔を上げる。
「いっそ、迷宮の外を調べてもいいですね」
「ああ、それいいかもしれねえっすね。ララーナもいることだし」
「それで決定ならいいよ」
2人の言葉にエルフ師匠は俺たちを見回して。
「異議なし」
俺としては異議な無い。
というか、エルフ師匠の事だからさっきの場所をまた調べるとかになったら、何かの誘導を入れ始めるし、今度は【オーガ】(いっぱい)匹出たとか始めると思う。
1匹に2匹ではない。
いっぱい、だ。
「…………」
異論は無いとおけさんも意思表示。
「じゃ、今度はフィールド探索。用意していた遭遇表が無駄にならなくてよかった」
エルフ師匠はこれ見よがしにお手製の遭遇表を取り出した。
エルフ師匠の字と分かる、丸っこくてゴチャゴチャした字がみっちり書かれた表だった。
見ているだけで、嫌な予感ばプンプンしてくる。
「ちなみに20は?」
「当然ドラゴン」
「死ぬわ」
「大丈夫。出ないでない」
アンタ。そのフラグで絶滅したパーティがどれほどいると思っているんだ。
「じゃ、最初の遭遇はっと」
いかにも嬉しげに、エルフ師匠は遭遇表のダイスを振るのだった。
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