セッション4-5 ミノタウロスの迷宮(4)

「20出ろ!」

「やめろ!」

「やめて!」

「やめてくれ!」


 気勢を上げるエルフ師匠に俺たちの悲鳴が飛ぶ。

 本当に、この人はどこまで本気か分からない。


「……ちっ。それじゃドラゴンは出なかった。えっと、代わりに……ええっと名前なんだっけ?」


 忘れるなよ。


「あのほれ。【グリフォン】が飛んでくる。鞍がついてて騎士が騎乗しているやつ」

「グリフォンライダーですか?」

「どっかで聞いたことがあったような……」


 どこでだっけ?

 なんだか記憶の端の方にあるんだけれども思い出せない。


「ドワさん。名前」

「……ああ。あいつか」


 エレンデル姫に惚れて道中の邪魔をしていた騎士。

 名前は……なんだっけ?


「なんだっけ?」

「忘れるなよ」


 やかましいわ。

 たしかメモがどっかに……ああ。あった。


「アランソン。そうそう。アランソンだ」

「ああ、思い出した。ラッシュの宿敵っすね」

「宿敵だっけ?」

「初期設定では」


 すでに忘れられた初期設定だけど。

 盾マスターを目指すと言っていたラッシュに対して、攻撃特化の二刀流。

 そんな感じのキャラ造形だったと思う。


 というか、元々聖都駐留軍の隊長だったのを、アドリブで変更したキャラだから、キャラ設定なんてメモしていない。

 【グリフォン】に乗っているのもワンダリング表の偶然の結果だったはず。


 正直、口調とかも覚えていない。

 このまま自然消滅する予定でいたんだけどなぁ……。


「二刀流のグリフォンライダーですよね。結構重要そうなキャラでしたが……」

「俺がゲームマスターやったの一回きりだからね」

「次、やろう」

「やめてください」


 拒否する俺に、口をへの字にするエルフ師匠。

 とは言えまあ。出した以上はどこかで決着つけてやるべきかね……。


「初期設定で忘れられてそのまんまのライバル。ジャンプ漫画で稀によくあるっすね」

「俺は初登場は物凄いモブ顔だったのが、重要キャラになるほどに顔にも個性が出てくる方が多いイメージがある」

「それは記憶のマジックっすよ」


 少ない事象だから強烈に印象に残って、むしろ一般的に発生していると錯覚するやつ。

 フラグとかジンクスとかも、実はそんな物らしい。


「マーフィーの法則だなぁ」

「じゃ、マーフィー……じゃなかった。アランソンが降りてきて戦闘開始」


 展開早いなおい。


「前口上とかあるんじゃないですか?」

「姫様を助けるのは俺だー。とかそんな感じ。行動順はララーナ、アランソン、以下略」


 こういう部分は本当にいい加減なのがエルフ師匠だ。

 というか、前口上とかやっている間にプレイヤー側に行動とられるのが嫌らしい。

 ただ、エルフ師匠は自分ではそういうプレイングをやる人で。

 曰く、『他人の嫌がる事をしましょう』との事だった。


 外道である。


「【グリフォン】の行動は無いんですか?」


 そう言えば、むにむにさんが疑問を挟む。

 【グリフォン】は相当な強敵で、万が一にでもエルフ師匠が行動させるのを忘れていてくれると助かるんだけどなぁ、とあえて言わないでいた事だ。

 まあ、そういう事に素直に反応してしまうのも、むにむにさんの可愛い所ではあるか。


「【魔物使い(グリフォン)】レベルが足りないからね。仕方ないね」


 【魔物使い】はNPC専用のスキルだ。

 特定の魔物を使役するスキルで、レベルごとに命令できる行動の範囲が増える。

 0レベルで呼べば来て、自分を攻撃の対象にされないと言うだけ。

 1レベルで騎乗。騎乗したままの戦闘は出来ない。簡単な指示には従うが、毎回具体的にやらないと勝手に動く。

 騎乗戦闘が出来るのはその先で、騎乗戦闘しながらモンスターにも戦わせるとなるともっと先だったはず。


 前回データのアランソンの【魔物使い】レベルは確か0。

 レベルアップしてようやく騎乗戦闘が出来るようになった感じか。


 正直、【グリフォン】を降りて別々で戦われた方が……というか、【グリフォン】単体の方が、アランソンが騎乗戦闘するより手強い相手だ。

 手強いと言うか、多分俺たちパーティではまず勝てない。

 レベルもステータスも【ミノタウロス】以上。

 ブレスや魔法こそ無いものの、【飛行】がそもそも厄介過ぎる。

 近接攻撃は全部当たらず、 後衛を直接攻撃してくる。


 高レベルの【属性魔法】か、何らかの手段で【飛行】を阻止するか、遠距離戦で圧倒するか。

 さもなければ、【グリフォン】に殴られても後衛が死なないレベル帯になるか。


 どれも今の俺達には足りない話だ。


「どうしましょう?」

「ぶっちゃけ、アランソンを倒した後の方が怖いなぁ」

「うへぇ。【グリフォン】のステータス値やべえっすね」


 うーん、と考える。

 実際ここでこんなのを出して、問答無用で殴りかかってくる。

 多分勝つのは厳しい相手で、リソースを食って勝ったとしても得るものは少ない。


 ……あー、つまり『外には出るな』って事か。


「一時撤退。階段を降りよう」

「追いかけてくるんじゃないっすか?」


 ラッシュ君の言葉に俺はすぐさまエルフ師匠に確認する。


「階段の大きさはどれくらいですか?」

「人間2列でぎりぎり。【グリフォン】は入れない」


 予想通りの回答だった。


「じゃあ問題ない。【グリフォン】さえいなければ、まあなんとかなる」


 ついでに言うと、上がった【錬金術】にいい魔法がある。

 狭い場所に無理矢理入ってくる敵に有効なやつ。


「では、迷宮内に撤退ですね」

「1.今いる場所は入り口とは別。2.迷宮内は時空が歪んでいる。3.外の森には迷宮の出入り口が複数ある。ここまでわかれば大収穫っす」

「じゃあ撤退」


 俺たちの宣言に、エルフ師匠はマップを畳む。

 それから、階段の入り口に【グリフォン】と騎士のメタルフィギュアを立たせる。


「アランソンは入り口から『卑怯だぞ出てこい』とか言っている。グリフォンは入ろうとして首を突っ込んでいるけど、頭の先しか入らない」

「アランソン自身は入ってこないんですね」

「単独で入ったら集団で殴られるって分かっているからね」


 賢明な判断である。

 プレイヤー1たるラッシュのライバル役としてどうなのかと言う話もあるけれど、敵を倒せる状況ならば地の果てまで追いかけて倒すのがTRPGプレイヤーのサガである。

 ここで深追いをしたら確実に殺している。


「ドワさんの殺意の波動を感じる」

「入ってきたらそりゃあねえ」

「だから入っていかない」


 アランソンとにらみ合いながら、迷宮に戻る俺達であった。


「入り口に罠仕掛けておくかの。奴が入ってきた時に引っかかるように」

「さすがドワーフ汚いドワーフ汚い」

「後ろから奇襲とかされたくないですわ」


 ゴルンの【職人】判定は成功。

 侵入すると大きな音が出て、小ダメージを与える罠を設置する。


「ついでに毒縫っとくか【錬金術】1レベルの……【痺れ毒】出来るな」


 【痺れ毒】は行動判定に-1のペナルティを与える毒である。

 ダメージは無いが、むしろこっちの方がずっと痛い毒だ。


「念入りっすね」

「倒せるなら倒せる時に倒したい。それがTRPGゲーマーのサガだから……っ」

「わかるっす」


 男同士の理解を深めてから迷宮探索再会だ。


「今度はどうしましょう? ワープしているならマッピングも出来ませんよね……?」

「次の通路の向こうでどこに飛ばされるか分からないってのは怖いモンっすよね」


 うーん、と腕を組むむにむにさんとラッシュ君。

 ここで考え込んでも仕方ないか。

 ちらりとエルフ師匠を見ると、こくんと頷いて発言を促してくる。


「ワープしていても、行き先が必ず同じ場所ならマッピングする意味はある。マップの概要を埋めて、それから見えてくるものもあるから、とりあえず進んでみるのがいいと思うよ」


 ただし右手法では攻略出来ない可能性はある。

 それはまあ、今の所は言わないでおいて。とにかくここは進まない事には始まらない。


「そうですね。とりあえず、直通の道という仮定てマッピングを続けます」

「それじゃ右手の法則に従って、右手側の扉に行くっす」


 てくてくとメタルフィギュアが右側のドアに向かい、エルフ師匠はフロアタイルをまっすぐ伸ばす。


「じゃ、通路。まっすぐ」

「進みます」

「警戒しながら。【コンパス】で方角は常に確認しています」

「その辺は考慮するよ。昔のゲームじゃないんだから」


 俺の警戒しきった宣言に、昔のTRPGのゲームマスター代表みたいなエルフ師匠が応えて言う。

 まあ、宣言していなかったから罠で即死とか、そういう事をしないのは信じている。

 同時に警戒してる素振りを見せないと、気合を入れるようなマスタリングを繰り出してくる事も信じている。


 エルフ師匠の相手は難しいのだ。


「じゃ、通路に罠等はなし。中間地点あたりで【ゴブリン】3匹、【ゴブリンシャーマン】1匹がワープアウト」

「方角は?」

「変わらず」


 まあ、ワープした事は間違いないのかな。


「【ゴブリンシャーマン】は結構強敵ですよね」

「今なら普通に勝てる相手だよ」


 下手するとララーナの弓で完封出来るかもしれない。

 それくらいには、俺達のプレイヤーキャラクターは強くなっている。


「いつぞやはハンデ付きっしたからね。今度はガチで勝つっすよ!」


 気合を入れるラッシュ君。

 拳を握って自分で「ゴリゴリ、ボキボキ」とか言っている。

 さっきは【オーガ】の一撃でえらい事になっていた分、リベンジと行きたいのだろう。


「じゃ、行動順はララーナ、ゴルン、ラッシュ、ゴブリンズ、シュトレゼン」

「それでは、ララーナは【眠り】付与の弓で【ゴブリンシャーマン】を狙います」

「普通に寝そうな流れっすねこれ」


 戦闘が始まって、むにむにさんの容赦ない攻撃が火を吹いて。

 後は隠したの【ゴブリン】を問題なく倒して。


「探索再開だ。とりあえず、方角変わっていないけど、そのまま進むかい?」


 探索を再開し。次の扉を開いて部屋を漁り。階段があれば外に出て現在位置を確認し。


「じゃ、そろそろいい時間だから今日はお開き」


 迷宮の大体の構造がつかめてきたあたりで、空はもう暗くなっていた。


「ドワさんはちゃんとむにむにさんを送る事」

「送り狼になっちゃ駄目よ?」

「やりませんよ」

「やってもいいけど……」

「ああ、リア充羨ましい……」


 そんな事を言いながら、今日は解散と相成って。


 ぴろりん。

 そしてメールの着信があった。

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