セッション6 ありったけの夢航路(7)
「はい。これっす」
じゃかじゃん。と、ラッシュ君が取り出したのは1枚のマップ。
きっちりと清書して綺麗な線で引かれたそれは、ラッシュ君が相当に気合を入れて作ったものだろうとひと目で分かる。
自信満々に微笑むラッシュ君の顔が、その印象を裏付けてくれる。
「……あー。これはやってしまいましたな……」
俺の横で、エルフ師匠が小さくつぶやいた。
俺もそう思う。
「まー。つまりは水流パズルっすね。それぞれこう、矢印方向に水流が流れていて、船は上流には移動出来ないっす。それで、このマークが岩礁なんすけど、岩礁は破壊可能で。岩礁が破壊されると、それによって水流が変化すると。こうやって、複雑な海流に守られた海域。それが『竜が護る海』の正体って事っすね! 海流だけに」
ウシャシャシャシャと、オタクらしい笑い声を上げるラッシュ君。
たらりと冷や汗を流す俺。
ラッシュ君が出したマップは言葉の通り複雑に入り組んだ海流をびっちりと書き込んだものだった。
そりゃあもう、びっちりと。
見るだけで、このパズルを解くのかと、面倒くさい気分が沸いてくるほどにびっりとだ。
「……これは、どうしたものかね」
やってしまった。
そう、人は。ゲームマスターという人種は、やってしまうものなのだ。
かく言う俺だって、何度ともなくやってきた。
ラッシュ君が作ったパズルは、慣れてしまえば簡単なものだろう。
彼の性格を考えると、出口から通路を逆算するか、入口から出口方向を目指さずに大回りをしてどこかの岩礁を破壊すると、丁度いい海流に乗れて、そのままゴール。みたいな感じだろうと予想は出来る。
予想は出来るんだけれども。
「めんどい」
エルフ師匠がぶっちゃけた。
「めんどい……っすか」
ぽかんとした顔をするラッシュ君。
まあ、そうだよね。
パズルというものは、作る側からすると答えを知っているので簡単なものに感じられる。
ただしそれは、解き方を知っているから言える事なのだ。
しかし今日、俺たちはTRPGをするつもりで来ている。
パズルを解く脳にはなっていない。
しかも、今までのランダムイベントを消化して、いい感じに脳みそが疲れている。
今、知能指数を測ったら、そりゃあ酷い数値になるだろう。
そんな状態で、みっちり書き込まれたパズルを見たらどうなるか。
「面倒くさいねぇ……」
素直な感想を言ってしまう俺。
むにむにさんもおけさんも、無言の内に同意する。
「えっと。迂回とかは出来ないんでしょうか?」
「あ、この海流マップはかなり簡略化されたものっす。実際は広大な距離を示すマップなので迂回は不可能っす」
咄嗟に、という風情で答えるラッシュ君。
折角考えた山場のパズルが、面倒だから迂回しますで済ませるのも確かに人情というものがない。
『迂回できない』は最初に考えた対抗策だろう。
「ゲームマスターの意向はわかった」
うむうむと、重苦しくうなずくエルフ師匠。
「だが、プレイヤーの脳みそは今、ウニくらいの知能指数になっている。このパズルは解けないよ」
「……そっすか……」
がっくりと項垂れるラッシュ君。
気持ちはすごくよく分かる。
若さゆえの暴走でもあるのだ。そこは年長者として受け止める必要もあると思う。
とりあえず、今日の所はこれくらいにして。次回パズルからやりなおし。
それが順当な所かもしれない。
そう、発言しようとした時だった。
「なので、ゲームマスターの想定外のクリア方法を提唱する。ぶおおおおおおおお。ぶおおおおおおおお」
突然、握り合わせた両手で口につけて、何かを吹くようなジェスチャーをするエルフ師匠。
何やってんだこの人?
いつもよくある事だけど、唐突なエルフ師匠の奇行に面食らう俺たち。
それに気付いてエルフ師匠は居住まいを正すと、人差し指を立ててこう言った。
「ほれ。【クラーケン】に貰った法螺貝」
「ああ、ありましたねそう言えば」
「ちみつなふくせん」
にんまり笑うエルフ師匠。
すっかりその存在を忘れていた。
「そうっすね。緻密な伏線でした。じゃあ、法螺貝を吹くとザバーと水音を立てて【クラーケン】が出現する。『我が祝福を受けし者よ。我を呼んだか?』」
「あっち側に移動お願い」
「軽いなぁ」
「なんかロールプレイしましょうよ」
「…………」
無言のおけさんも、サムズダウンで抗議する。
大不評の卓上に、エルフ師匠は仕方ないなぁという顔をして。
「ドワさんお願い」
「俺に振るんすか」
「アランソンがプレイヤー1になっても困るでしょ」
「ドワーフがプレイヤー1ってのも聞いたこと無いっすけどね……」
どちらかと言うと、プレイヤー1は人間戦士のラッシュ君の役割だろう。
とは言え、そのラッシュ君は今はゲームマスターをやっている。
そうなると、やっぱり俺の出番になるか。
「んー。それじゃまあ『おお、偉大なる
こほん、と咳払いを一つして、適当なセリフを並べ立てる。
文句としてはまあ、結構上手くいったのではなかろうか。
「雰囲気出てる」
「咄嗟にこういうの出るのは凄いです」
「立派立派」
「アドリブ力っすね。自分も鍛えないとダメっすねぇ」
皆の称賛が面映い。
まあ、こういうロールプレイの時にはみんなで褒め合うのが筋というものだ。
「では、【クラーケン】は頷いて……頷くのか? まあいいっす。船を導き進み出すっす。ちなみに、パズルの方は、こう迂回するみたいに行って、それからこの岩礁を壊して、ここまで流されてからこの海流に入ると自動クリアっす」
うんうんとうなずきながら、それでも未練がましくパズルのクリア方法を説明するラッシュ君。
気持ちは分かる。
多分、俺も同じ事をしただろう。
だから、次はもっといい方法を考えて。それでゲームマスターをやってみるといい。
今日のセッションは楽しかった。
それが、今日の全てなのだから。
「君たちは無事に『最果ての島』へと到達した! そういうワケでシナリオ成功っす!」
ほっとした顔で宣言するラッシュ君。初ゲームマスターはやっぱり重圧があったのだろう。
なんにせよ、誰一人欠ける事無く目的は達成して、俺たちは十分に冒険を楽しめた。
だから、今日のセッションは大成功。
皆さんお疲れ様でした。
エルフ師匠のマスタースクリーンのむこうがわ はりせんぼん @hally-sen
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