03話 天然ギャルが脇腹をつついてきた。
カイトが席に戻って、五分ほど経った頃だろうか。
ガタガタ、と隣席に誰かが座ったような音がした。
重いまぶたを薄く開き、確認する。
赤髪の天然ギャル様、赤霧ナコが、こちらをジっとにらみつけていた。
怒っているような
見ると、もじもじ、と何度もスカートを押さえる仕草をして、内ももをすり合わせていた。
「……グゥ、グゥ」
僕は無言で顔を左にそむけ、わざとらしくイビキをかいてみせる。
なに? なんでにらまれてるの僕? ホラーなんだけど。
昨日。友達になれない、と拒絶したことが原因か? いやでも、残念そうではあったけれど、別れ際の彼女は怒っているようには見えなかった。
目をつむったまま、眠気で鈍り始めていた思考をフル回転させる。
すると。突然、窓からの日光がフッと遮られると同時に、嗅ぎ覚えのあるシャンプーの良い匂いが漂ってきた。
気配でわかる。
いま、僕の頭上から、至近距離でナニカが覗き込んできている。
「ミッチー。ちょっといいっスか?」
「……グゥ、グゥ」
「
「……グゥ、グゥ?」
理屈のわからない理論に、思わず疑問符をつけてしまう。
いや、そうか。赤霧ナコは『天然』ギャル様だ。
この突飛な発言はむしろ、天然の彼女にとっては正しい形なのか。
「む。あくまで狸さんを装うんスね。わかったっス」
「グゥ、グゥ……(諦めたか……)」
「すー」
わずかに息を吸う音が聴こえたかと思うと、赤霧さんの気配がさらに近づいた。
「ふー」
「ぐ、グゥグゥ……!?(み、耳に息を……!?)」
「むむ。これでもダメっスか」
「グゥ、グゥ……(この程度ではまだまだ……)」
「じゃあ、はい。これならどうっスか?」
「グ、ググゥ!? グゥ……!!(て、手のひらを僕の左頬に触れる寸前で浮かして、体温だけを伝播させている!? こんなの気になって思わずまぶたを開きかねない……!!)」
「むむむ。これでも起きないとは。意外と強情っスね、ミッチー」
「ぐ、グゥ、グゥ……(いまのは危なかったですよ……)」
「てか、明らかに起きてる寝息じゃないっスか! もう、いいから早く起きるっスよ!
「グゥ?(見せておきたい?)」
「……えいっ」
「ひゃふぅッ!?」
瞬間。
僕は、サーフボードを抱えて真夏の海に駆け出す陽キャのようなテンションと奇声で、机から跳ね起きた。
赤霧さんに、ツン、と脇腹をつつかれたのである。
僕は極度のくすぐったがりなのに!
「な、なにを……えぇ!?」
脇腹を押さえつつ、困惑気味に立ち上がる。
赤霧さんはお腹を抱えて「ふひひ!」と愉快そうに笑っていた。
こんちくしょう。やっぱり笑顔がかわいいな。今日も楽しそうでなにより。
クラスメイトたちは、何事かと奇異の視線をこちらに向けてきていた。
もしかしたら、僕の奇声を聴いて『夏が来た!』と勘違いしたのかもしれない。
申し訳ない。夏はまだ先なんだ。心のサーフボードは納屋に仕舞っておいてほしい。
「やっと起きたっスね。ささ、それじゃあ行くっスよ」
「い、行くって……どこに?」
「来ればわかるっスよー」
僕の問いかけもよそに、赤霧さんはスキップ交じりに教室の外に出ていった。
ここで無視して二度寝を決め込んでも、また同じやり取りを繰り返すだけだ。
こちらを見ていたクラスメイトたちの視線を受けながら、遅れて僕も歩き出す。
その最中。視線の端に見えたカイトが、神と対面したかのごとき驚愕の表情で「天変地異の前触れだ……!」と歯をカチカチと鳴らしていた。
僕が赤霧さんに話しかけられただけではなく、笑顔を向けられたことに対して驚いているのだろう。
まあ。カイトほどではないけれど、僕もかなり驚いている。
その証拠に、先ほどまで沈殿していた眠気は、いつの間にか吹き飛んでいた。
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